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そうして、宴の夜はやってきた。
久しぶりの雨に活気を取り戻した小さな村は、炎を柵で囲われたその村の中央に焚き、酒と食べ物が老若男女問わず振舞われていた。
まさに、宴。そして、そんな中に、一人の青年――――――山神が、村を訪れていた。 「そろそろ交代の時間だぞ〜」
「お、そうか。やっと遊びにいけるよ・・・・」
「お勤めご苦労さん。楽しんでこい・・・と。今回の主賓の登場みたいだ」
「お、そうか。俺、初めて見るんだよな・・・・どんな人かなぁ」
この村は山のふもとにあり、三つある出入り口に一つ、山に面した門のみ張り番の会話。
見張りの二人は現在、やぐらの上にいる。高いところから見ていたので、一人の白髪の青年が歩いてきたのが分かったのだった。
高いところから見下ろしていては失礼と、急いで下りてきて、頭を下げる。
「ようこそおいでくださいました、我が村へ。ごゆるりとお過ごしください」
その姿に。
「あー・・・そんなにかしこまらなくていいって。俺はただ酒飲みに来ただけだから・・・・」
と、開けられた門の中に苦笑しながら入っていった。
「・・・・噂どおり、なんか神様って感じじゃないな」
「確かになぁ。でも・・・あの人に村、救われたんだな。感謝しねぇと」
「んじゃ、俺は遊んでくるよ。見張り、がんばってな」
「とか言っても、別に寝てても問題ないほどだけどな〜」
そうして、村の宴は続く。


炎の中心では、女達が大陸より伝わってきた踊りをアレンジした伝統の踊りを舞う。それを魚に酒を飲む物、はたまた踊っている女の中から気になった物を口説き落とそうとする男もいた。
ちなみに男女で踊っているのは、その日に誕生したカップル、ということらしい。つまり踊りは、女が男にアピールする場でもあったようだ。
もちろん全ての女が踊っているわけでも無い。あの姉弟も踊りには参加していなかった。
それを発見し、山神は二人に声をかける。
「あ、ナギハにリョウ。どうも〜」
木の器に入った酒を片手に二人に近づいていくサンロ。姉の名前がナギハ、弟の名前がリョウ。あの時に聞いていたらしい。
「あ、サンロ様・・・・」
ナギハがサンロを見つけにっこりと微笑み返してくれる。そういうナギハの表情は幼く、着飾っていたあのときよりも幼く見えた。
少女、といっても差し支えないほどだ。
それに対し、
「こんにちは、サンロ様。よくお越しになりました」
と、深深と頭を下げる弟のリョウは、随分と大人びて見えた。それでもナギハよりは幼く見えるものの、立派な大人の一人として数えられる日も遠くはないだろう。
「久しぶり。雨、ちゃんと降ってよかったね・・・・」
仲良く並んで歩いていた二人に、サンロは微笑んだ。
「はい。おかげで随分と街にも活気が戻りましたし・・・」
ナギハが嬉しそうに微笑む。どちらかというと、おしとやかなタイプの子らしい。
「そうか。それはあいつに頼んだかいがあったよ」
と、サンロは酒を煽る。果物を醗酵させて作った果実酒で、独特の甘味がある。供えられていた酒はたしか米酒だったな、とサンロは思った。
「あいつ・・・?失礼でなければ、どなたですか?」
リョウが質問を投げかけてくる。それにサンロはあーあー、と思い出したかのように頭を振り、言ってなかったなぁ、と呟いた。
「確かさ、『雨を降らすのは俺じゃできない』っていったろ。だから出来る奴に頼んだんだんだ。川に住む、水竜」
「え・・・?川にも、神様が住んでいらっしゃるんですか?」
驚くナギハ。
「ああ。カセンって言うんだけどな・・・・俺のほうが昔からあの山に住んでるけどな」
「それじゃあ・・・・お礼に、行かないと」
その言葉に苦笑するリョウは、
「あいつ、人嫌いだから。多分無理かな・・・・ん、でも、モノはためしか、な」
と、言った。


しばらくすると、村長が挨拶に来た。ここにいることが、人ずてに伝わったらしい。
「ようこそおいでくださいました、我が村へ」
「ん・・・お邪魔してます」
深深と頭を下げる村長に、頭をあげるよう促すサンロ。
「僭越ながら、このような宴になっておりますが・・・御満足いただけましたか?」
「ああ、いい感じだよ。やっぱ、こういう事があるほうがいいよねぇ」
と、笑いながら言うサンロに、そうですね、と同意するナギハ。
「それでは・・・・何か、御要望などございませんか?」
それにサンロは、
「じゃあ、小さい酒樽を、二つ」
と、頼んだ。
最初に渡されたのは余りにも大きく、もって帰れないだろ、とサンロがツッコミを入れることにより手の平に乗る位のサイズの酒樽を持ち帰ることになった。
「どうするんですか?」
というナギハの問いに、ちょっと付き合ってくれるか?とサンロは山を指差した。


樽を二つもち、ナギハとリョウを連れて山を上っていく。
サンロがいるだけで、暗くて恐ろしいはずの木の生い茂る山道が、普通の道と同じか、それ以上に歩きやすく感じるのは何故だろうか、とナギハは考えた。
途中気づいたリョウが樽を代わりに持つことをサンロに提案したが、サンロは自分が持つから、と笑って断った。
40分くらい歩きつづけて、ついたのは。
「わぁ・・・」
川の、源流付近だった。
「すごいところですね・・・・」
リョウが感嘆の声をあげる。それもそうである。水流は美しく、魚もおり、夜だというのに水面はきらきらと輝き、神秘的である。
「本当に、すごいところですね・・・・」
同様の声をあげた、ナギハ。それに満足したようにサンロが頷くと、
「・・・・カセン、できれば出てきてくれないか?」
と、川に向かって声をかけた。
数秒の、沈黙。ちょろちょろという川の音だけが聞こえる。
やがて、ザパン、と言う音ともに、不服そうな顔のカセンが姿をあらわした。
「あ・・・・」
夜の森と言う神秘性も相まって、カセンの姿は正に神、そのもの。一瞬、姿に見とれ呆けるリョウとナギハ。
「今晩は、カセン。ごめんな・・・・人、連れてきちゃった」
軽く言う、サンロ。けれど内心サンロは汗ダラダラだった。
(やばい怒ってるやばい怒ってるやばい怒ってるやばい怒ってる・・・・・)
「あ、あの!」
汗ダラダラなサンロの内心も知らず、ナギハが声をかけた。
「雨、降らせて下さったんですよね・・・・ありがとう、ございました」
それだけいうと、ナギハはぺこりと頭を下げた。その仕草に毒気を抜かれてしまったか、カセンは一瞬呆、とすると、なんともいえないため息をついた。


そして、その後どうしたのかというと。

「わぁ・・・きれい」
源流近くに、ふもとの村を見晴らすことが出来るところがあることを知っていたサンロは三人をそこに連れて行った。
「わぁ・・・・」
「綺麗だね・・・姉さん」
「・・・・綺麗だな、サンロ」
「そうだなぁ・・・・まさか、これほどとも思ってなかったんだけど・・・・」
岩場の上に立つと、森の割れ目から村が一望できた。
闇に染まった黒い世界に、焚き火から轟々と空へ燃え上がる火の柱。空には満点の星。
闇だと言うのに、朱に染まる村と、星の瞬きがなんともいえぬ幻想的な光景を映し出す。
その様を、二人の人間と二人の神は、それぞれ、別の思考の下に見ていた。
何はともあれ、彼らは今、幸せだった。
思えば、この瞬間が、一番幸せなときだったのかもしれない。

その後、この光景を見ながら酒を飲み交わした。
思わぬほどの速さで酒は進み、あっという間に一樽空いた。その頃にはカセンとナギハは随分打ち解けており、
「・・・人間は嫌いだが、この女子は中々の人物だ」
というようにはなっていたという。そうして瞬く間に時は過ぎ、しばらくすると姉弟は酔いも手伝って眠ってしまっていた。
「・・・・寝たか」
カセンが、空を見上げて呟く。
「・・・今日は、悪かったよ」
その言葉に、しかしカセンは笑いながら、
「悪いと思っておるのか?本当に」
と、意地悪に聞き返した。それに、全然、と返すサンロ。
「まぁ・・・何はともあれ。しばらくここで待っててくれるか?すぐに二人を村に届けてくるから」
「分かった。われはここで待っていよう」
と、再度空を見上げた。
「ん・・・・」
サンロは体に力を入れると、力強く跳躍した。空中で一回転し、地上に降り立つときには白銀の毛並みを持つ大きな狼となっていた。
「・・・・じゃ、行ってくるわ」
「分かった」
サンロは二人を背中に乗せ、里へと走っていった。

数分後、サンロはまた、景色の見える場所へと戻ってきていた。
場に着くとすぐに、人の姿へと戻る。
「・・・・楽しかったよ、今日は」
「そうか」
そんな会話をしたあと。
「まだ少し酒も残ってるし・・・二人で飲むか?」
と、聞いた。その質問に、少女の姿をした竜神は、
「ほう、朴念仁がわれを口説くつもりか?」
と、笑って応じたという。

そして、村では。
門の付近に、仲良く並んで眠る姉弟発見されたり。


/4


宴から数ヶ月・・・季節は秋となり、実りの季節となった。
生き残っていた作物は雨で奇跡的なまでの回復を見せ、今年は豊作とはいかないまでも、十分来年まで村人を養っていけるだけの作物が取れた。
そんなこともあり、村と山神の間では交流が断たれることは無く、秋には収穫祭という物が行われる運びとなる。
しかし、収穫祭準備中に、それは起こった。


村の門のところにある、見張り台やぐらの上にいた男が集団の知らせた。
やぐらの上から叫んだ男は、しかし、数秒後にぐらりと傾き、下に墜落した。
後頭部には、矢が刺さっている。
「!!?」
余りに唐突なこと。誰もが慌てふためいた。
この村は低い柵で囲われているのみ。あっという間に攻め込まれてしまう。
誰かが大急ぎで村長を呼んできた。村長の家には、青銅の剣があった。しかし、この村には村長の家にある三本の青銅の剣ぐらいしか目だった武器がない。後は農具用の、木製の鍬や鋤、石包丁。
まともに戦えるとは、思えなかった。

やってきた集団は、10人ほどの鉄か青銅の剣で武装した男ばかりの集団。鉄のほうが数は少ない。弓には石の矢。彼らは一直線に倉庫へと向かった。邪魔をした村の男が、数人斬って捨てられた。
この村ではまず、鉄という物が未知だった。あんなによく切れる、白く光る金属は、始めてみた物だった。それだけで村人は竦み上がった。

しかし、この村には、一つだけ、絶対の勝因があった。
山神。その存在だった。

その集団は倉庫から持てるだけの食料を奪うと、倉庫に火をつけ、去っていこうとした。
しかし火が回って数秒しか経っていないというのに、目の前に、いつのまにか、驚くべき化け物が現れた。

巨大な、白銀の狼。

人の頭と狼の頭が同じ位置にくるほど、大きなその狼は、
『おまえたち・・・なにがしたいんだ』
と、人語を解した。
驚き慌てふためいた男達はしかし、狼に向かって斬りかかった。まず、鉄剣を持った大柄の男が、叫び声をあげながらの突進。
しかし狼は振り下ろされた鉄剣をいとも簡単に噛み砕き、前足で男を踏み潰した。ベキョ、と潰れる音とともに一人目が圧死した。白銀の毛並みに、返り血が飛び散る。
それから狼は男の集団に飛び込み、反撃するまもなく二人の男を噛み殺した。狼の顔が、返り血で真っ赤になり、頭のない死体とはらわたを食いちぎられた死体がそれぞれ一つずつ転がる。
「ひっ」
恐怖に引きつる生き残った集団に、
『食料と、武器を置いていく・・・そうすれば、逃がしてやるよ』
とサンロがいうと、すぐに全てを置いて逃げていった。


その日の会議には、サンロも出席することになった。
サンロは嫌がって逃げようとしたが村長が人を使ってナギハを連れてきてしまい、懇願されたことからしぶしぶ出る運びとなったのだった。

村長宅で男何人かが集まり、円を囲んで座っている。その中には、サンロもいた。
「なんだ、この剣は・・・」
「当然木じゃない、骨でも無い、でも青銅じゃない・・・・」
鉄の剣が、会議の場に出された。数人の男達が興味津々と手に取り、眺め回す。
「これで、うちの男が四人斬られたが・・・みな、すぐに死んだ」
「・・・・凄く強い武器なんだな」
そこに、サンロが口を挟む。
「それ、鉄って言う、大陸から伝わった金属だと思うよ・・・」
おお、という感嘆の声があがる。大陸。文化の発生源にして、ありえないほどの技術力を持った理想郷。
「聞いたことがあるんだけど・・・鉄は青銅よりずっと硬くて、強いらしいから・・・俺も実物は初めて見たんだけどな・・・・」
サンロはだるそうに言う。今だに会議に強制参加させられたことを根に持っているのだろう。
ついでに村長が、口をはさんだ。
「おぬしら。あんまりその道具に意識を傾けておるな・・・一番重要なのは、これからのことだぞ」
そうだった。今回襲われたことで、村にはもう食料が残っていなかった。奪われそうになった分は微々たる、とはいかなくてもそこまで多くもなかった。しかし、倉庫は燃やされてしまったのだ。
残ったのは男達が置いて逃げた分の食料だけ。
「この食料では・・・一月が、限界だろうて」
村長の言葉に、場の空気は暗澹とした。
「何であいつら、この村襲ったんだろうな・・・」
サンロの疑問に。
「あやつらは恐らく、川の向こうの平野の村の人間だろうと思われ、今年の作物が日照りで不作だったため、略奪行為に走ったのではないかと・・・・」
と、村長が答えた。
「じゃあ、何で燃やすんだ?」
「反撃されないため、ではないでしょうか」
と、サンロの隣に座っていた男。
「全く。武器を持たずこれば、話ぐらい聞いてやったというのに・・・愚かな」
村長の呟きは、村人の心の代弁でもあった。
「愚痴てもしょうがないだろう、村長。これからどうするか、だ」
男の一人が、声をあげる。
「こちらはケンクウ、カクレン、ソンハロハ、クラマが殺されたんだ。落とし前もつけたい」
別の男が、復讐を提示する。
「食料調達が先だろう。生きているものを飢えさせる訳にはいかない」
さらに別の男が、食料の重要性を唱える。
「ならば川の向こうの村に押し入るか?あいつらのように!」
「それは・・・・・」
「しかし・・・」
議論が続く。サンロはあくびをして、話を聞いていた。

話の流れとしては、山の向こうの村に食料を分けてくれと助力をたのみ、今年を何とか凌ぐという方向だった。
復讐に関しては完全に意見が分断したため、またの機会に、ということになった。

村長宅からサンロが出てくると、出入り口でナギハが待っていた。
「あ、ナギハ。・・・もしかしなくても、ずっと待ってた?」
「あ・・・はい、まぁ・・・」
何故かばつが悪そうに下を向くナギハにサンロは、ありがと、と呟いた。

ナギハを家まで送っていくときに、少し会話をした。
「今日の話さ・・・・実は、あんまり聞きたくなかったんだ」
「そう・・・なんですか」
「だってさ。言っちゃ悪いけど、人間の復讐がどうだとか、あんまり気持ちよくないじゃん・・・」
「・・・・」
「今日はたまたま、贔屓してる村の人々が襲われてたから、助けちゃった。けどさ・・・これからどんどんいがみあいが続くなら、僕はきっとこの村を見捨てる」
「・・・・そんな」
悲しそうな顔をするナギハに。
「そんな顔しないの・・・・うん、きっと大丈夫だから」
と、ナギハの頭をなでるのだった。




5へ。