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山のむこうの村へと送った使者が、帰ってきた。憤慨しながら。
その使者曰く、向こうの村の長が提示してきた条件はこうだったという。
若い女三人で、村人一人の一年分の食料、と。
こんな願いをしたことがなかったこの村の人間にはその条件が多い物か少ない物か分からなかったが、少なくともこの村の人間達はみな怒った。

そして、その結果。
他の村を侵略し、食料を奪う意見が、有力になった。
その頃になると、サンロは余り村に顔を出さなくなった。
ナギハに言った一言が、現実の物となってきたのであった。

この村にあるのは、元々あった三本の青銅剣、それから村を襲った男達が落としていった7本の青銅剣と、2本の鉄の剣。
村長が鉄の剣を持ち、村の力自慢たちが青銅剣を持つ。それ以外は皆、木製の桑や、床までつかえるかわからない骨器に黒曜石で作った武器類。
槍のように細長い先端に鏃をつけ、また端々に黒曜石の欠片を埋め込んだ細石器と呼ばれる投機(掠るだけで敵にダメージを与える)や、黒曜石の石斧など。
ずっと昔の先祖達の装備だが、下手をすれば・・・・少なくとも、骨器や木の鍬よりは威力があるだろう、という目算の下、作られた。

そして、村長は戦いの前に、山神の住む祠を訪れていた。
「サンロ様。すいませぬが、出てきてくださりませんか」
サンロが中から、出てくる。
「・・・村長さんか。悪いけど・・・」
「人間の戦争にまで付き合ってはいられない、ですか?」
村長の先を読んだ発現に顔を顰めながら、そうだよ、といった。思えば、この時から会話の主導権を握られてしまったいたのだが。
「しかし我々では、あの鉄という装備の前に太刀打ちできるかどうかすら・・・・」
「・・・じゃあ、戦わなければいいだろ」
苛立ち紛れに、半分怒鳴りながらいう。サンロもまた、村に未練が無いわけではない。
しかしそれとこれとは、話は別だ・・・否、別にしようとサンロは決めていた。
「人数でも、足りません」
「そうなのか・・けど、それがどうした」
サンロが村長の顔を、睨む。村長は、ずっとサンロのほうを凝視していた。
「よって、次の戦闘には・・・女子供も、参加していただく予定なのです」
「!?」
サンロも、これには驚いた。普通戦争に出て行くのは男で、もちろん死ぬのも男だ。しかしこの男は、人数が足りないからといって、女子供まで戦争に参加させようとしている。
「次の強奪は、完全に全力戦となるでしょう。殲滅戦にも。負ければ我々には、命はない。もとよりあとがないのです」
「・・・・・」
しかし村長のそんな演説も、サンロの頭の中には入っていなかった。重い至るのは一点のみ。そして、そこから導き出される結論は。
「・・・・お前、山神とはいえ、神を愚弄する気か」
「仕方がないのです」
「貴様というやつは・・・・目的は、ナギハとリョウだな!」
「違います、目的は、あなた様ですよ」
村長は、サンロに近しいナギハとリョウを戦線に立たせることにより、サンロをおびき出そうと考えたのだった。
サンロの目が、激しい怒気に染まった。・・・・サンロが、怒っている。山が、軋む。
しばらくの、沈黙の後。
怒気の染まった瞳を悲しみに変え、サンロはくるりと踵を返した。
「貴様は・・・ただでは、死ねないと思え」
それを了解の言葉ととり、村長は。
「・・・・村のためならば、この老いぼれの命、差し上げましょう・・・・」
と、呟いた。


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戦争が起こった。
女子供すら戦線に立たせ、『この村』は『川の向こうの村』に攻め込んだ。
川の向こうの村には、多くの鉄剣があった。当然、青銅の剣、ましてや骨器や石器では到底敵わない。しかしこの村の武器の数といい、近々こちらの村にも攻め入ってくる予定があったのは明白でもあった。
「・・・敵うはずのない相手ではある・・・・しかし」
村長の言葉どおり。

「・・・きゃあっ!」
ナギハの悲鳴が聞こえるのを、遠くリョウは聞いた。
リョウは最初から、戦闘員の一人として数えられていたため、ナギハとともにいられるはずもなく、それを悔しく思っていた。
そして、ナギハの隣の女性が、飛んできた石の弓矢を刺さったのを見て、ナギハは半分錯乱しかけた。
何で、こんなことに。
そう思いながらも、隣の女性を介抱しようと座り込むナギハの傍らに。
「・・・・もう、この戦は終わる・・・この俺の、せいで」
白髪の山神が、現れた。


白髪の山神は、女子供の組とともにいた村長に、どうすればいい、と聞いた。
村長は深々と頭を下げると、戦意が無くなるまで破壊し尽くしていただきたい、と答えた。

そうして、青年は戦線へ歩いていった。
酷くゆっくりに見えるのに、何故か、凄い速さで離れていく人影。
その人影がふっとブレると、近くにいた敵と思しき人間が体ごと吹き飛んだ。
そうしてどんどん前線に進んでいく。
ある程度前線に行ききると、跳躍した。
敵地の真ん中に降り立つ。腕を振る。それだけで辺りが血に染まり、人が肉塊と化す。
敵がどよめく。勝てる戦に唐突に舞い降りた、最悪の敵。正体は分からない、見慣れない白銀の髪を躍らせ、魂を肉に変える。
鉄の剣でさえ、ただの腕に弾かれた。傷一つ無く、片手で折られる。
恐ろしくなり、一人二人、村の中へ逃げ帰る。最強のはずの鉄の剣が、この化け物には通用しない、その事実が拍車をかけた。それに続くようにして、どんどん敵は村の中へ逃げ帰っていく。
しかし、そこからも戦争は続く。
石の矢や細石器が、門の向こうに投げ込まれる。この村では柵というよりは立派な壁があった。
それをサンロは殴って破壊する。
勝てるはずのない相手の圧倒的な登場に、村人は恐れおののいた。
そこで、サンロが。
『降参してくれ・・・・それで、終わるから』
と、言った。
既にこの村の意思は、降参で固まっていた。




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