こんな話がある。
ある日、疲れ果てた一人の旅人が歩いていた。
疲れ果てたその少年は、道の途中で倒れた。
しかし、彼は助けを呼ばなかった。
あたかも、声が出ないかのように。喋ることを拒んだ。
数時間が、彼は歩いてきた一人の少女に助けられた。
彼女の家は貧しかったが心は優しく、献身的な介護のおかげで、少年は一命を取り留めた。
少年は回復後すぐに出ていってしまったが、最後まで彼女は彼の心配をした。
喋ることを拒んでいた彼は、最後に小声でこれだけ言った。
「ありがとうございました。あなたにこれから、幸多からんことを。」ただ、これだけの話。
それだけの、たわいもない話。
その女性は数日後、運命的な出会いと共に心優しい大資産家と結婚し、幸せな一生を過ごすことになるのだが、
それはまた、別の話。



真実の言葉



季節は、夏。初夏。
スケッチブックを脇に挟んだ少年が歩いている。
町の中。人混みの中。
その青年は、ゆっくりと歩いていく。
小さな露店風のお店が建ち並ぶこの一角は、いつでも人が多い。
それも、普通ここにいる人間は皆一般市民だ。
そんな中、その青年は明らかに浮いていた。
高そうなマントを羽織り、なかなかいい身なりをしていたから。
青年はふと足を止め、向こうの方にある露店を見た。
色鮮やかな果物が山積みにされている。
青年は一つその果物を持ち上げると、スケッチブックにさらさらと、
『これ、一つ下さい。』
と書いて、お店の人に見せた。
お店番をしていた人の良さそうなおばさんははそれを見てにっこりと笑い、
「100ウェル(お金の単位)になりますよ。」
100ウェル硬貨を財布からとりだし、笑い返して青年は歩いていった。
「あの人、しゃべれなかったのかな?」
店番の人は、そう呟いた。

先ほど買った果物を皮ごとかじりながら、青年は歩いていった。
その時、後ろからの大きな声に、思わずスケッチブックを落としてしまった。
「ドロボー!」
・・・いたってシンプルな声の響き。
スケッチブックを拾いながら、後ろを向くと。
先ほど果物を買ったお店のおばさんが、少女の腕を掴んでいた。
「こら!この泥棒猫!盗った果物返しなさい!」
凄い剣幕でおばさんが怒鳴り立てた。
だんだんとギャラリーができてきている。
「す、すいません!盗った物は返しますから!ごめんなさい、みのがしてください!」
少女が半泣きしながらそう叫ぶ。
「そうはいかないよ!きっちり謝って貰って、自警団に突き出してやるからね!」
少女の腕には、紙袋。その中には先ほど自分が買った果物と同じ物が沢山入っていた。
・・・一人で食べきれる量ではない。
「勘弁してください〜!!早く帰らないとあのこたちがお腹空かしてしまいますから!ごめんなさい!もう二度としないですから!」
本当に、泣き始めている。
こんな事で本気泣きする人が、何故万引きなどしたのだろう、と青年は考える。
とりあえず、話が聞きたくなって青年は前に出た。
「あ〜!そこのお兄さん、助けてください〜!!」
藁にもすがるような表情で、少女は青年を見る。
その顔を見て青年は苦笑すると、スケッチブックにすらすらと、
『その子の身柄と、そこの果物、私が買い取っていけませんか?』
と書いて、財布からお金を出した。
「う〜ん、知り合いかい?けどね、盗みは犯罪だよ。しっかり自警団に通報させて貰うよ。」
ギロリと睨まれて、再度青年は苦笑した。少女はこの世の終わり、という顔をしている。
その後少し迷って、青年は口を開いた。
「お願いします。」
小声で、少しだけ。青年は、そう言った。
そうすると、何故かおばさんは態度を豹変させた。
「仕方ないねえ。代金だけ払ってさっさといきな。お兄ちゃんに助けられたね、泥棒猫。」
青年は紙袋に手を伸ばし、掴んだ。
その後財布から5000ウェル紙幣を出し、スケッチブックに
『ありがとうございました。』
と書いて見せ、まだ混乱して状況を把握し切れていない少女の手を引いて歩いていった。


「ええ・、えと。あ、ありがとうございました!」
少女はあわてながらそう言った。
青年はにっこりと笑うと、
『なんで万引きしたの?これはあげるね。』
と、果物を差し出しながら書いた。
「ああ!すいません!あ、理由ですか・・・う〜んと、話せば長くなるといえば長くなるんですが・・・・」
チラッと、こちらを見る。
青年は苦笑して、
『できれば短くしてね。』
とスケッチブックに書いた。
「あ、はい。えーっと、簡単にいうと、お金がなかったんです。」
『ちょっと簡単すぎるけど・・・・』
青年は、スケッチブックにそう書く。そろそろ1ページが埋まる頃だ。
「あ、そうですか。う〜ん・・・まあ、こう言うのは見せた方が早いですね。付いてきて下さい!」
少女は、嬉しそうに果物が沢山入った紙袋を受け取り、くるりと回った。
金髪の長い髪が、流れるように綺麗だった。
少女の外観は14,5歳で、金髪ブロンド。ちょっと痩せすぎ気味だが、かなり可愛い顔つきだと思う。
今度は少女が少年の手を引いて歩き始めた。
「私、エィルって言います!」
少年が、スケッチブックの隙間を縫うように文字を書いた。
『僕はメト。よろしく。』
それを見て、にっこりと少女は笑った。
その顔は綺麗。びっくりするほど。
メトは笑い返すと、スケッチブックに
『でも盗みは良くないよ』
と、付け加えた。


路地を歩いていくとまもなくして、小さな小さな教会みたいな建物の前に出た。
「はい、目的地はここです♪」
エィルが振り向いて、にっこりと笑った。
動作の一つ一つが狙ったように可愛い、とメトは思う。
「ここはですね。誰もいなくなった教会を安く買い取って作った、孤児院なんです。」
『だから外観が丸ごと教会みたいなんだね。』
メトが新しいページに文字を書く。
「はい、そうです。」
そう言いながら、エィルがドアに手をかけた。カラン、とドアに付いているベルが鳴る。
「ただ今帰りましたー!」
ドアを開けながら、大きな声でエィルが叫ぶ。
「あ、おねぃちゃんだー!」
「おねーちゃん!」
その直後、小さな子供が、わらわらと群がるようにエィルを取り囲んだ。
「お腹すいたー!」
「このお兄ちゃんだーれ?」
そんな声が絶えず聞こえる。
どうやら、5,6人ほどのようだ。
「はいはい。これ!」
エィルが紙袋を突き出して、どうだ!という顔をした。
「わー!くだものだー!」
「わーい!」
ちょっと離れて、メトは優しい顔をして傍観している。
「はい、食べて良いわよ。ちゃんと手を洗ってからね。」
「ハーイ!」
群れるように、小さい子供達は離れていった。
振り返って、エィルが微笑む。
「はい、見ての通り私、世話役なんです。私もここで育ったんですが、一番大きいですから。」
さらさらとスケッチブックに、
『そうみたいだね。』
と書きこまれる。
「あと、同い年の子がもう一人いますけど。その子も食料調達頑張ってます。」
そう言うとエィルは苦笑いした。
「やっぱり二人で約10人を養うのは大変です。
一生懸命日払いの仕事とかしても、一日分の食事代になるかならないかです・・・。
だからあんなコトしちゃったんですね。けど!反省してますよ!絶対やりません!」
肩に力を込めて、力説するエィルにメトは吹き出してしまった。
「な!笑わないで下さいよ!大変なんですよ!」
エィルがふくれる。
メトはそれを見て、
『ゴメンね。いや、ちょっと力説してる姿がかわいかったから、つい。』
と、笑いながら書き込んだ。
それを見て、エィルもクスクス笑い出した。


カラン。
ドアのベルの音がした。
「ただいま〜。」
かなり長い、銀髪ポニーテールの女性が入ってくる。
その男性は入ってくるなりメトを見て、硬直した。
「・・・・・・誰?」
「あ、彼はメト。ちょっと・・・・まあ、色々あって、助けて貰ったんです。」
エィルがフォローをすかさず入れる。
どうやらエィルの雰囲気から事件のことは触れて欲しくないことを察しながら、メトは
『メトです。おじゃましてます。』
と、スケッチブックに書き込んだ。
しばし硬直していた女性は、ポン、と手を叩いた。
「あ、私はテイル。ああ〜、よろしく。」
メトに向かってそれを言ったあと、
「あんた、しゃべれないの?」
と、ズバリ聞いてきた。エィルが少しオロオロする。
メトは苦笑すると、
『ええ、そう言うことにしておいて下さい。』
と書きこんだ。
「へ〜。まぁ、変わってるケド、いい男を連れ込んだじゃん。ま、頑張りな。」
ポン、とエィルの方に手を置き、そんなことをさらりと口にする。
「え・?え?あ!あぇ!?」
エィルが顔を真っ赤にして困っているのを見てメトは苦笑し、テイルは意地悪に笑った。


とりあえず、その日の夕食をご馳走して貰えることになり、床も用意してくれることになった。
メトはその感謝の意を、スケッチブックに書き記した。
ちょっとだけ豪華な・・・孤児院にしてはかなり豪華だと思われる、大皿に乗った食事が運ばれてくる。
メニューは、鶏肉を焼いた物。
ちびっこいの達が、嬉しい悲鳴を上げる。
「わー!ごちそうだー!!」
「やったー!」
「はい、手、洗った?それなら席に座りなさいね。」
優しい口調で、エィルがたしなめる。
一同、声をそろえて返事をする。
「はーい!」
それを微笑ましいと思いながら、メトは見ていた。
全員同時に、「いただきまーす!」と言う。
その後は、あたかも戦場のようなおかず争奪戦が幕開けした。
メトは少しの間あきれてほうけていたが、エィルに
「頑張らないと食べれませんよ。」
とアドバイスされてから、争奪戦に参加した。
結果、なんとかかんとかありついた鶏肉は、かなり美味しかった。
顔が自然に笑っていたらしい。
「喜んでいただけたみたいで何よりです♪」
エィルにそう言われ、メトは笑い返した。


一人分の質素な個室に、エィルとメトがいる。
二人ともすでに寝間着になっており、すぐに寝るばかりである。
『寝床まで用意してもらてしまって、すいません。』
スケッチブックに文字が並ぶ。
それはベットと呼ぶにはあまりにも粗末な物だったが、普通に寝る分には全く問題ない物だった。
「いえいえ。粗末なところで申し訳ありませんが。」
エィルが照れたように言った。
隣の部屋からは、ちびっ子達のじゃれあいの音が、どたんばたんと響いてくる。
『にぎやかで、良いところですね。』
メトが書き込む。
「ええ。私もここが大好きです。みんな暖かくて、みんな家族です。みんなみんな、大切です。」
にっこりと笑ってエィルが言った。
それを聞いたメトは安心したようにふっと笑うと、
『大切にして下さいね。それでは、お休みなさい。』
とさらさらと書いた。
「はい。ずっと、ずっと、大切にします。お休みなさい。」
力を込めて、エィルが力説する。
その後手を振ってエィルは部屋から出ていった。
それを見おくった後、メトはフウッ、とため息を付いた。
色々あって疲れたらしい。メトはすぐに眠ることにした。


その時、軽く地面が揺れた。
「あ、地震。」
メトに貸した部屋から出てきたエィルが呟く。
「うーん、そこまで大きくないわね。」
テイルが、子供達が沢山いる部屋から出てくる。
「地震ね。全く、びっくりしたわよ。」
ポリポリと結んだ頭をかきながら、そう言った。
ポニーテールがぐしゃぐしゃになっているところを見ると、じゃれあいに参加していたらしい。
エィルが苦笑した。
「で、あんたの方の首尾はどうなのよ?あの男・・・メトだっけ?は?どうしたの?」
「ああ、寝ちゃいましたよ。」
エィルの答えに、テイルはええ!と体をのけ反らす。
そのリアクションに、エィルは首を傾げた。
「えええ!?あんたみたいな可愛い子をほっておいて寝ちゃったの!!?全く、ゆるせんヤツだ!!」
ぷんぷん、という擬音語がぴったりな起こり方をテイルはしている、
ボ、とエィルの顔が赤くなった。
「ちょっと待って。なにそ           」
言葉は、さえぎられた。
ドーン、という音。
体中を揺さぶる振動。バリバリという大地の悲鳴。上下する体。
地面が、激しく揺れている。それは、巨大で強大な、地震。
屋根がメリメリという怖い音を立てている。
足が動かなくなり、テイルとエィルはぺたりとへたり込む。
「に・・・逃げなきゃ!!」
混乱する頭でエィルが叫ぶ。
「それよりも、あいつら!!」
テイルが悲鳴を上げるようにヒステリックに叫び返し、はいずっていく。その先は、子供部屋。
その時、エィルの悲鳴が響き渡った。
「危ない!!」
その言葉は、テイルにあてられた物だった。
テイルに向かって、大きな屋根の切れ端が落ちてきた。
「きゃぁぁぁぁあああああ!!!」
駄目だ、ぶつかる。
テイルは死を覚悟した。
地面はまだ揺れていて、とっさに反応して避けることもできない。
その時、メトのいた部屋のドアが開いた。
壁に手をかけて、メトが出てくる。
出てくるなり、唐突に、
「大丈夫っ!!!」
と、意味不明な断定の言葉を発した。
何が大丈夫なんだろう。テイルがすぐ側で死のうとしているのに・・・・・
エィルがそう思い、何故か腹立たしく感じた瞬間。
同時に、テイルの命が失われようと言う瞬間。


突風が、吹いた。
室内だとかそういうことも忘れて、突風が吹いた。
場違いな突風は、ひらぺったい屋根の欠片をさらっていく。
まるで、テイルを助けるかのように。
テイルのすぐ横に、木製の塊が落ちてくる。
数秒前までは人を殺す予定だった木片は、こうして、テイルの命を奪うことはなかった。
その奇跡は、また一つ。
「大丈夫です。少なくとも、この孤児院に被害はありません。」
メトはそういった。
その瞬間、世界の振動は終わる。
ぴたりと、通り雨が過ぎ去った後のような静けさ。
地震が、止まった。
子供部屋から、泣きじゃくりながら小さいのがわらわらと出てくる。
あの揺れは、完全に人を殺すレベルの物であったのに、誰一人として大きな怪我はしていなかった。
「怖かったね。大丈夫。みんな生きてるし、怪我もしてない。良かった・・・・」
テイルはこの奇跡を自分でも信じられない。それを自分に言い聞かせるようにちっこいのを抱いた。
エィルは、きょとんとした顔でメトを見た。
「・・・いい声ですね。」
混乱した頭から、やっと絞り出した言葉はそれだった。
メトは苦笑すると、あわてて部屋の中に入っていき、スケッチブックを持ってきた。
『一応、しゃべれることはしゃべれるんだ。ただね、ちょっとしゃべれない理由があるだけで、ね。』
スケッチブックにさらさらと書く。
「・・・・先ほどの、突風は・・・・?」
一番気になっていたことを、エィルが聞く。
『偶然じゃないのかな?テイルさん、悪運強いね。』
そんなことを、メトは書いた。その筆が重かったことを、エィルは何となく看破した。
「・・・・ありがとうございます。」
自然と、エィルはそう口にした。
ドサッ。
小さいのが、エィルに嬉しそうに抱きついてきて、一緒に倒れた。




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