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「全く…誰の仕業か知らんがなんてことを…」
 神経質そうな初老の男がいらだたしそうにペンで机を叩きながら吐き捨てる。
無意識のその行動に、ペン先からにじみ出たインクが書類を黒く汚していく。
書類は男の仕事上の取引相手に送る大切なもので、汚れてしまっては用を成さない。
ふと視線を落としてそれに気づいた男は忌々しそうに書類を丸めて投げ捨てた。
「ええい、くそっ!また最初から書き直しだ!」
「随分と荒れてらっしゃるんですね。まぁ落ち着いて落ち着いて」
「!?」
 いつの間にか、部屋の中に男がいた。
いや…男、というよりは少年といった方が正しいか。
年のころなら16、7。緑がかった金髪で人懐っこそうな顔をしている。
 少年は男が投げ捨てた書類を拾い上げると、そのままの位置からひょいっ、と机の脇にあるゴミ箱へ投げ入れた。
「貴様…誰だ!?いつの間に!?」
「いつの間に…って、ノックしたんすけどねー?
オイラはアルト。しがない旅の商人です♪」
 全く悪びれることなく、邪気のない笑顔でいうアルト。
しかしノックなど聞いた覚えはないし、そもそも誰ともわからない旅の商人などを執事が部屋に通すはずがない。
 どうやって入り込んだのかは知らないが、大方この家の財産に目をつけて何か売り込もうという魂胆なのだろう。
「何のつもりかしらんが…帰ってもらおうか。ワシはお前などに用はない」
 それだけ言い放つと男は机の上にあった鐘に手を伸ばす。
これを鳴らせばすぐに誰かが飛んできて、こいつを追い出してくれるだろう。
「まぁまぁ。そう仰らずに。オイラ、ちょっと話を聞きたいだけっすから。
…キメラ売買についての話を、ね」
「何…?!」
 アルトの言葉に、鐘に手を伸ばしかけた男の動きが止まる。
キメラ売買。
 非合法なその商売は、男の裏の仕事。
今ある財は、表の仕事ではなく、こちらの仕事でなしたものともいえる。
友人はもちろん、家族にも秘密のその仕事を、何故こんな少年が知っているのか…?
「貴様、ワシを脅すつもりか?」
 殺気に満ちた目を男は少年に向ける。
どうやって知ったのかはともかく、わざわざそんな話を持ち出す理由はそうとしか考えられない。
「やだなぁ、そんなことこれっぽっちも考えてないっすよ♪
ただ手を組めないかと思ったものっすから」
 あくまで笑みを絶やさずアルトが答える。
「貴方が支援していたキメラ製造者、殺されたらしいじゃないですか?
お困りでしょう?オイラ、キメラ製造にかけてはちょっと腕の効くヤツ知ってるんすよ。でも残念なことにそれを売りさばくルートや買ってくれるお得意様を知らない。
…ルートも相手も知っているけれどキメラが手に入らない貴方と、キメラは手に入るけれど売る手段がないオイラ…ほら、ぴったりじゃないっすか♪」
 ぽん、と手を打ち合わせていうアルトを、疑わしい目で男が見つめる。
「信用できないっすか?ま、無理もないっすけど…。
よっし、わかりました!オイラは『信用』を第一の売りにしている商人です。 紹介料として前金で…これを」
 アルトはそういうと机の前まで歩を進め、コトリ、と何かを机の上に置いた。
「これは…」
 男は息を飲んだ。
大きさとしてはそれほどでもない小さな真紅の宝石。
だが、表の仕事を宝石商としている彼にはそれが高純度のかなり高価なものであるとわかる。
 男の頭の中でめまぐるしく計算が始まる。
これは、チャンスかもしれない。
今のままでは自分に裏の仕事を続けていくことは難しい。
その方面での収入はゼロ、ということだ。
 だが、この少年の話が本当だとするなら…これからも。少なくとも、この宝石分の得にはなる。
もし少年がおかしな行動をするなら、始末してしまえばいいだけのことだ。
 そう考えて男はちらり、と脇にある彫像に視線を送る。
「…いいだろう。だが報酬がこれで終わり、という事はないだろうな?
取引はあくまでワシを通してもらう。仲介料は貰うぞ」
「それは、もちろん。オイラたちの共同事業ってことで♪」
「微々たる金額では納得いかんぞ?」
「文句なんか絶対出ないって自信ありますよ♪」
 自信に満ちた調子で言うアルトに、「いいだろう」と男はにやりと笑った。
そして、手招きをしてそっと耳打ちをする。
「ウォルヴィスの…それは、驚いたっす。キメラだから魔法王国ラルディースあたりの貴族かと思ってたっす」
「ふん。それが素人の浅はかさというものよ。ラルディースは魔法王国というだけに影でのキメラ製造も盛んだ。その点ウォルヴィスは騎士の国。そういったものが欲しければ他国から手に入れるしかない」
「なるほど…。じゃあオイラ、早速準備に取り掛かるんで、これで…」
 そういうとアルトはスタスタと入り口の扉に向かって歩を進める。
「待て!報酬の話がまだ終わっていないだろう!」
 アルトを追うように椅子から立ち上がり、咎めるように叫ぶ男。
アルトはきょとんとして…一瞬の後、またあの人懐っこい笑顔を浮かべた。
「あぁ…すいません。忘れるとこだったっす。それじゃあ…これが報酬ってことで」
 すとん。
「!?ヒュ…ぁ…!?」
「ほら、ね?文句なんか出ないでしょう?」
 声にならない声をあげる男に、アルトが『笑顔で』言う。
男の喉には、ナイフ。大事な血管を切ることなくその喉を貫いている。
アルトが目にも止まらぬ早さで投げたものだった。
「ぅ、ぁ…ぃ…ッ!!!」
 薄れゆく意識と消えゆく命を感じながら、断末魔の叫びを上げることすら出来ずに男が憎悪の目をアルトに向ける。
 それをアルトが、先ほどまでの人懐っこい笑みとはうってかわった冷めた目で見返す。冷めていながらも、そこに男以上の憎悪を込めながら。
 迂闊だった。飛び道具とは…男は自分の愚かさを呪う。
部屋の隅にたたずむ彫像。それは、男が魔導師から買ったキメラだった。
普段はただの彫像にしか過ぎないそれは、男が一言唱えるだけで主に害なす輩にその凶暴さを発揮する。
 もしもアルトが少しでもおかしな行動をすればその言葉を唱えればいい。
そんな油断が、男に判断を誤らせた。
 せめて声が、たった一言でも声が出ればヤツを…そう思うが喉はひゅうひゅうと音を立てるばかりで声にならない。
 アルトは、そんな男にさらにナイフを閃かせる。
ずっ…という鈍い音とともにいくつものナイフが急所を外して突き刺さっていく。
「ふん。簡単に死ねると思うな。キメラの実験材料にされた人間の痛みに比べればそれでも生ぬるすぎる」
 ずっ、ずっ、ずっ。男の体がまるで針の山のようになっていく。
男にもう意識はない。
アルトはそこで、ナイフを投げる手を止めた。
「…これ以上はナイフの無駄、か。回収と言う手もあるが…こんなヤツの血に汚れたものは使いたくないな」
 呟いてアルトは男の側に歩を進める。
そして喉に刺さったナイフの柄に靴底を当てるとぐいっ、と踏み抜いた。
 それが、最後。
「そうそう。これだけは返してもらうぞ」
 言ってアルトは先ほどの宝石を手にとり、懐にしまう。
そして
「ウォルヴィス、か…」
 呟いて、男の死体ににはもう一瞥をくれることもなく。
アルトはその場を後にした。




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☆あとがき☆
アリューズの過去話に行くんじゃなかったんですか(笑)
いや、本来本編の続きにアルト君メインの部分が入るはずだったのに(掲示板で言ってるので確認してみよう(笑)、流れ的に入れられないでいたのでこの辺で入れとこうと(笑)
やっと設定にあるイラスト通りの彼がかけました。
って、怖すぎだよアルトくんーーーーーっ(自分で言うな(笑)
お母様がたや教育委員から苦情が来ちゃうよ!(汗(笑)
彼はアリューズたちと屋敷で別れた後、屋敷の資料を調べて魔導師の実験を支援していた富豪の一人を突き止めた、というわけです。
ちなみにアルト君のモデルにはほんの一部のみ「三匹が斬る!」のタコが入って…(えぇ!?(笑)
いや、あくまでほんの一部(商人って設定とか)なので、タコは全く怖くないですよ?(笑)
ああいうキャラ好きなんですよねー味があって(笑)
時代劇なんで多分知らないとは思いますが(笑)


2004/07/25