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 少年はいつも剣を見上げていた。
銀髪紫眼、まだ幼さの残る顔立ち。
けれど瞳には何より強い意志と憧れを秘めながら、その剣を見上げる。
ウォルヴィスの、百英雄を祭った神殿、その最奥にある太陽の聖剣。
英雄の中の英雄、一の英雄リーンが振るったとされる英雄の剣だ。
 物心ついたときより毎日欠かすことなく。
この剣を見に来るのは彼の日課だった。
剣を見ながら胸に抱くのは一つの誓い。
 騎士になること。
それが、彼の誓い、彼の夢。
騎士になってウォルヴィスの正義を貫く。
そして多くの人を救うのだと、そんな姿を夢想しながら。
 彼の両親はすでになく、天涯孤独の身ではあったが、彼を家族として引き取ってくれた父の友人の女性は剣の達人で、彼の良き師匠だった。
 彼女の稽古は厳しく、彼と同年代のものが一般的に受けている稽古とは比べ物にならなかったが、騎士になるという夢の前に、そんなものは何の苦にもならなかった。
 朝稽古が終わると開いたばかりの神殿を訪れ、剣を見上げる。
明かり取りの窓から入る朝日に煌く剣の姿は何よりも眩しく。
その剣を通して見る、見たこともない英雄の姿はさらに眩しい。
剣を見て彼は自分の夢を、誓いを、新たに胸に刻み込む。
「…よしっ!」
 ぐっと拳を固め、不敵に笑う。
今日は騎士試験の日。
貴族ではない一般市民でも、その試験を通れば騎士に叙勲されることが出来る。
しかしながらその門は狭く、合格該当者なし、などという年もざらだ。
 それでも少年には今日は輝かしい日でしかない。
落ちるという可能性など、頭の片隅にも抱いてはいない。
自分は今日、騎士になり、夢への第一歩を踏み出す――。
 そう信じて疑わず、彼は神殿を意気揚々と後にした。


「師匠、やったぜ!!!」
 勢いよくドアを開けながら、それでも開くのがもどかしいと、ドアに身体ごとぶつかるように少年が部屋に入ってくる。
 部屋の主はそれに驚くこともなく、そちらを一瞥すると一言。
「……アリューズ。ドア、壊したらちゃんと自分で直しな」
「えぇ!?」
 いきなり冷めた声を投げかけられたアリューズは、慌ててドアを見返し、そしてほっと胸をなでおろす。
「壊れてない……良かったぁ」
 先程彼に師匠と呼ばれた女性―赤茶の髪を豪快に1つにまとめて三つ編みにした、初老の域にありながら豪胆さを感じさせる女性―は、そんな弟子の様子に呆れたようにはぁとため息を漏らす。
「って、ああ、そんなことはどうでもいいんだ。それより師匠、やったぜ!」
「それはさっきも聞いた。何がやったって言うんだい」
「何、って決まってるだろ。今日は合格発表の日じゃないか」
「……」
 女性とて、そんなことは百も承知の上である。
更に言うなら「やったぜ」の内容も聞かずともわかりきっている。
けれどそれをアリューズのように「やった」とは思えないから敢えて冷めた態度を崩さないのだが、喜びに心躍らせているアリューズにはそんな師匠の様子など気にならないらしい。
「結果は当然合格!!御前試合でも勝ったんだぜ!!
さすがグレイシアの弟子だって」
 得意げに言うアリューズだが、その言葉でも彼女―グレイシア―の表情は変わることはない。
 その話題はアリューズたちが合格祝賀会を行っている間にすでに町中に広がっていて、グレイシアの耳にも入ってきていた。
 例年、騎士試験に合格した者達は御前試合、と呼ばれる試合を行う。
文字通り、国王の御前にて先輩騎士相手に試合を行い、その力を見せるのである。
中でも試験で好成績を残した者との試合は軍団長クラスの騎士が相手を務め、御前試合の最終戦として行われていた。
 とはいえ、試験に合格したばかりの者達が先輩騎士たちに歯が立とうはずもなく。
 新人騎士が騎士団の洗礼を受ける半ば儀礼的なものとして、一般にも公開されていた。
 儀礼的なものとはいえ、騎士団の剣技、そして新人騎士の勇姿を見れるとあって会場は常に満席。ウォルヴィスの住人ならば仕事を放り出してでも誰もが見に行くといわれている。
 そこで。その御前試合、しかも最終戦で。
アリューズは見事先輩騎士に勝って見せたのである。
辛勝、ではない。時折あるように、先輩騎士が敢えて花を持たせてくれたのでもない。
 むしろその騎士は新入りであるアリューズに自分の剣がいとも簡単に受け流されることに激昂し、試合用の模擬刀を捨て、真剣を抜いて斬りかかって来たのだ。
だがそれすらもあっさりと受け流してアリューズは相手を気絶させてみせたのである。
 会場が割れんばかりの拍手で溢れたのは、言うまでもない。
新人騎士が、先輩騎士、しかも真剣を抜いて本気になった軍団長をあっさりと倒して見せたのだから。
アリューズが貴族ではなく庶民上がりで試験を受けられる年齢になったばかりの少年であり、倒した相手が自分の身分を鼻にかけた、あまり好かれていなかった軍団長であったことも人気に拍車をかけた。
 期待の新星誕生、百英雄の再来か。
試合での勝利から半日を待たずして、アリューズは一躍ウォルヴィスのヒーローであった。
「……はぁ。お前が騎士、ねぇ」
 相も変わらず冷めた目で見返してくるグレイシアに、さすがのアリューズの表情も曇る。
「師匠は、喜んでくれないのか……?」
「正直に言やあね。それは最初から言ってたはずだよ」
 グレイシアは机に片肘をつき、もう片方の手で安酒の入ったグラスを弄びながら投げやりに答える。
「確かに、それはそうだけどさ……」
 数年前、アリューズが騎士になりたいから稽古をつけて欲しいと頼んだ時、グレイシアは断固反対した。
結局一歩も引かないアリューズの熱意に負けて稽古をつけてくれることとなり、一旦そう決まったからには稽古に容赦などなかったのだけれど。
「自分で決めたからには後悔するな」と、真剣な表情で言われたことだけは今でもはっきりと覚えている。
「どうしてそんなに俺が騎士になることに反対するんだ?」
「その答えも昔と変わりゃしないよ。あんたには向いていない、それだけさ」
「慢心するわけじゃないけど、御前試合でだって勝ったんだ。剣は向いてると思うけどな」
「剣の腕のことを言ってるんじゃあない。
性格の問題さ。あんたは何で騎士になりたい?」
「そんなの決まってるよ。騎士になってウォルヴィスの正義を貫く。
そして多くの人を救うんだ!」
 胸を張って言うアリューズ。予想通りのその返答にグレイシアの顔は更に曇る。
「……だから向いてないんだよ」
「なんでだよ。わかんないよ、師匠……」
 悲しげな顔でアリューズがうつむく。
先程までの喜色溢れる笑顔はどこへ行ったのか。
うつむいて、不満げに口を尖らせている姿が頼りない。
 きっと、誰よりも。
自分に喜んで欲しかったのだろう。
 そんなことが容易に想像できてしまう自分と、これから言おうとする台詞にグレイシアは苦笑する。
(やれやれ。あたしゃこんなに甘い人間じゃなかったはずなんだがね)
 グレイシアは椅子から立ち上がると、アリューズの前に歩を進める。
そしてうつむいたままのアリューズの肩にぽん、と手を置いた。
「師匠……?」
「でも、まぁ。あんたの努力は認めるよ。……よくやったね、アリューズ」
「……ありがとう、師匠!!!」
 顔を上げ、アリューズが満面の笑みを浮かべる。
何をやってるんだか、と自嘲しつつも、グレイシアは素直にその笑顔を心地よく思っていた。




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☆あとがき☆
やっとこ剣更新です。
遅くなってごめんなさいともさんー!(笑)
いや、半分くらいは書いてあったんですけどそこでつまっちゃって。
正直次回も辛いかなぁ(をい)
さて、今回なんか色々かっ飛ばしてますが(おぃ(笑)
ほんとはアリューズ君の少々時代をちゃんと書くつもりだったんですが、あまり長くなってもなんなので、要点のみを。
もし細かい部分描くとしたら外伝で書きます。ま、たいしたもんじゃないですが(笑)
に、してもまた半年以上空いちゃいましたねぇ…ちゃんと終わるんか、これ(笑)

2005/03/11