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「ウォルヴィスに、行こうと思う」
 ある日の休憩中、銀髪の青年は、唐突にそんなことを切り出した。
「…え?」
 リーシャも、フローラも。
アリューズのその発言にしばし呆け、絶句した。


 ――あれから1週間。
魔術師の家を後にしたアリューズたちは、一度バウルの家に戻った。
バウルは喜び、再び戻ったフローラを歓迎してくれた。
フローラはレティの助けも借り、このときはじめて彼と握手を交わす。
そして、そのぬくもりを胸に、フローラは旅立ちを決意したのだった。
精霊力の制御のため、彼女は魔法を修行しなければならない。
しかしその特異な体質では普通の魔術師に師事することは出来なかった。
下手をすれば、また実験材料にされてしまいかねないからだ。
そこで彼女はアリューズたちの旅についていきながらレティから魔法を習うことに決め、アリューズたちはそれを快く受け入れた。
 リーシャが「私の時とは随分違うじゃない?」とジト目で見ていたような気がするが、アリューズは気にしないことにした…怖いから。
 そして彼らは旅立った。
バウルは「いつまでも帰りを待っている。ここはもうおまえさんの家だから」といってくれた。その言葉は、フローラにとってどれだけの励みになっただろうか。
 旅の仲間といえば、もう一人。
黒衣の剣士、ルードヴィヒである。
彼もまた何故か、「しばらくついていきたいのですが」と申し出てきたので、受け入れた。
 思えば最初はレティと二人だけだった逃避行の旅が、今では5人もの大所帯。
人生って不思議なものだな、などとガラにもないことをアリューズは思ったものだった。

 それはさておき。
「ウォルヴィスって…どういうこと?」
 一瞬の後、リーシャが怪訝さを隠そうともせずに問いかけてきた。
騎士の国、ウォルヴィス。
世界でも屈指の騎士団を抱え、王自身も代々騎士である、騎士の国。
ウォルヴィス王家はかの100英雄の子孫でもあることから英雄の国、世界の正義とも呼ばれている。
アリューズの故郷ではあるものの、現在は太陽の聖剣を奪った罪で追われているのだ。一体どんなつもりでわざわざその国へ向かおうと言うのか。
「危険なのはわかってるさ。だから、皆も一緒に、とは言わない。
でも、行くのはやめる気はない。俺なりに、考えた結果だから…」
「ふむ。その無い頭でか」
「真面目に語ってるのに茶化すなよ…」
 真顔でツッコミを入れてくるレティにアリューズが顔をしかめる。
「いや、私も本気で言ってるつもりだが?」
「…」
 さらなるレティの言葉に滂沱の涙を流すアリューズ。
そんな二人に「はぁ」とリーシャは大きくため息をついた。
「…って、これじゃ結局いつものノリじゃないの。考えたって…一体どういうつもりなの?」
「あ、ああ…」
 リーシャの問いに、アリューズが涙を拭いて向き直る。
毎度のことながら立ち直りは早いらしい。
「もう、逃げるのはやめにしようと思ったんだ。
フローラが自分の力と向き合い、逃げずに生きる姿を見て、さ」
「え…わ、私ですか!?」
 思いがけず優しげな瞳で見つめられて、フローラがほんの少し頬を染めながら慌てたように問い返す。
「ああ。それと、ルードヴィヒと剣をあわせてさ。それでやっと、自分を見つめられたような気がする。あれからずっと考えてた。そして、決めたんだ。逃げるのはやめよう、ウォルヴィスに帰ろう、ってね」
「逃げるって、追っ手からという意味じゃないですよね?一体何から逃げていたって言うんですか?」
 フローラの問いに、アリューズが苦笑する。
アリューズが今まで見せたことのない、自嘲の笑み。
リーシャの胸にふつり、と小さな怒りがわきあがる。
「自分から、かな?俺が剣を盗んだのは、実はさ…復讐のため、なんだ」
「復讐、ですか。貴方がマナスイの剣を使える理由と関係がありそうですね」
 うなずきながら呟くルードヴィヒ。
「で、その復讐の背景を語る気はないわけ?」
「人に話せるような話じゃないんだ。あまりに情けなさ過ぎてさ。
ただ…自分の無力を思い知らされて、唯一できた情けない抵抗が剣を盗むことだった。ただ、それだけのことだよ」
 そういって痛々しそうに笑うアリューズをリーシャはジト目で見つめて言った。
「ふ〜ん…。それで、その情けない抵抗を終わりにしようって言うわけね」
「そうなるかな。で、本国へ行くとなれば色々問題も起きてくると思う。今までのようには行かない。リーシャだって、本気で仲間とみなされてお尋ねものにされかねないだろ?ウォルヴィスは大都市だからフローラにはまだ辛いだろうし。だから…」
「だから、何?」
 アリューズの言葉はリーシャの言葉にさえぎられた。
大声ではない、抑えた声。けれどその声に確かな怒りを感じ取ってアリューズは冷や汗をかく。
「何って…だから、パーティは、ここで解散したほうがいいんじゃないかな〜とか…」
 言葉を発するたびにリーシャの怒気が増していくような気がしてアリューズの言葉は尻すぼみに小さくなっていく。
 そんなアリューズに、リーシャはキッパリと言い切った。
「私は自分の意思で貴方たちについていくって決めたの。今更貴方に行動を指図されるいわれは無いわ」
 あまりに迷いのないその態度にアリューズはぽかんと大きく口を開けた。
「私も、一緒に行きますよ。確かにまだ精霊力の制御は不慣れだし、迷惑をかけてしまうかもしれませんが…。アリューズさんの決意が私の姿を見たせいだというなら、責任取らないといけないですよね」
 穏やかな優しい笑みを浮かべながらフローラも言う。
「それでいいのか、二人とも?これは俺個人の問題だし」
「貴方個人の問題に私たちが首を突っ込むのが納得いかないというんだったら依頼でもする?ウォルヴィスに行くのを援護してくれ、って。冒険者として断らないわよ、私。でもね…」
 そこまで言うとリーシャは一旦言葉を切り、びしっとアリューズの鼻先に指を突きつけた。
「私たち、仮にもパーティ組んだのよ?仲間として『一緒に来てくれ』の一言もいえないわけ?」
 そう、それこそがリーシャの怒りの原因。
確かにパーティを組んだのは自分が半ば無理矢理押しかけたせいだし、まだそれほど長い時間を一緒に過ごしたわけではない。
 それでも。リーシャは今の仲間が好きだった。好きになりかけていた。
アリューズもレティも、そして本当に出会ったばかりのフローラも。
一緒に旅をして。背中を預けて同じ敵と戦って。
 それなのに目の前のこの男と来たらいまだ自分たちを『お客様』扱い。
間の抜けた発言やレティとのやりとりに今まで気付かなかったけれど、アリューズは一度だって自分たちに弱さを見せてくれたことも自分自身に関する何かを相談してくれたことも無いのだ。
 自分やフローラのことはあっさりと受け入れたくせに、片や自分自身のこととなると人に語ろうとしない。
(そりゃ確かに私だって昔の事を話してないけど…でも)
 気に入らない。
理不尽かもしれないが、リーシャの今の心情はそれに尽きる。
他人のことを深く追求する趣味はない。かつて自分は彼にそういった。
 それは事実。けれど。
それが『仲間』なら話は別。仲間に心を開いて欲しいと思うのはそんなに悪いことだろうか?
「そうですよ、アリューズさん。私たち、『仲間』なんですよね?
自分の問題だから、なんて水臭いです。確かに人には自分でしか解決出来ないこともあるし、そうしなければいけないこともあります。でも、そのお手伝いならできるはず。
それに…アリューズさんだって『私個人の問題』を一生懸命解決しようとしてくれたじゃないですか」
 怒りに燃えるリーシャの心を代弁するかのような言葉をこぼし、フローラが笑う。
 アリューズはその言葉にきまり悪そうに頭をかくと、ポツリと呟いた。
「…あー。それで、いいのか?」
「いいも何も。私たちが自分で決めたことだって、そういったでしょう?」
「…そっか。ありがとう、二人とも♪」
 言って、ニッと笑う。
その笑みに、ようやくリーシャの顔も緩む。
「…単純なやつ」
 和やかになった途端、すかさず入るレティのツッコミ。
「だーっ、お前なぁ!いいシーンを壊すなよ!」
「で、ルードヴィヒはいいのか?」
 抗議するアリューズをさらっと流してレティがルードヴィヒに問う。
「私はすでにお尋ねものですから。今更何も変わりませんよ」
 いつもと変わらぬ笑みでさわやかに言うルードヴィヒ。
「…そーいえば、レティちゃんには聞かないの?」
 そんな様子を眺めながら、不意にリーシャが呟く。
「え?なんで??」
 心底不思議そうなアリューズ。
どうやらレティを置いていくことは全く考えていなかったらしい。
(全く…)
 リーシャは苦笑する。
さすがのアリューズにとっても、レティはしっかりと『仲間』の位置にいるらしい。
それが少し悔しくもあるが、微笑ましいと思う。
「さて、それじゃあ行きましょうか?」
 言って、リーシャは立ち上がる。
「英雄の国、ウォルヴィスへ!!」




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☆あとがき☆
いきなり飛んでます(爆)
いつのまにやらゴタゴタ終結して5人パーティに(笑)
そしてとうとう主人公であるアリューズ君メインの話になってきた…と、思いきや主人公らしいかっこよさとは無縁の模様(おぃ)
これから彼の情けなさ、かっこ悪さが明らかになっていきます♪(おぃこら)
ま、それはともかく。
ここもとうとう2周年。
なんとか続いてきたのはともさんとさきちゃんのおかげ!
本当にどうもありがとうございました〜!!

2004/07/23