21

「わかりました。…とはいえ、私も明確な理由はないのですが」
 苦笑しながらルードヴィヒが立ち上がり服の汚れを払う。
「はぁ!?」
 唖然。アリューズは訳がわからずぽかんと口を開ける。
「そうですね…強いて言うなら…私と同じく騎士団を辞めた貴方と剣を合わせてみたかっただけかもしれません。それで、自分の道に対する是非を知りたかったのかもしれない」
「よくわからないけど…それでアンタはなんか満足できたのか?正直俺の剣も誉められたものじゃない」
「そうでしょうね…マナスイの剣が使えるのだから。ですが、まぁ私は私なりに満足できましたよ」
 穏やかな微笑を浮かべるルードヴィヒ。
ついさっきまで死闘を繰り広げた相手に対する表情とは思えない和らいだ表情にアリューズをはじめ、その場にいた面々は毒気を抜かれる。
「あー。疲れたしもうどうでもいいや」
 アリューズはマナスイの剣を投げ出してどっかりとその場に座り込んだ。
なんとなく気が抜けた雰囲気が漂いほっとしたのもつかの間。
「よくないわよっ!とにかく一度整理しなきゃ気がすまない。説明しなさいよ!」
 納得できないのが約一名、びしっと指を前に突き出して抗議したのだった。



「ふーん。なるほど、ね」
 リーシャは腕組みをしながら軽くうなずく。
アリューズたちは屋敷を出て、森の中になった河原の側に腰を落ち着けていた。
さすがに大勢の兵士が倒れ、キメラの死体が散乱しているの魔導師の屋敷ではゆっくり話し込む気にはなれなかったのだ。
 アルトとは屋敷で別れた。なんでも、屋敷で調べたいことがあるらしい。
 そしてやっとードヴィヒが騎士団を出ることになった顛末、そしてその後各地を旅しながら剣を振るってきたこと、マナスイの剣の特徴などを簡単に説明されたところである。
で、貴方は?と目で催促されてアリューズが苦笑しながら口を開く。
「俺も似たようなものだよ。騎士団に愛想が尽きて剣を盗んで逃走中。 騎士団の名誉を地に落としてやろうと思ってね。追っ手が来たときには宣伝代わりに派手に倒すことにしてる」
「…」
 アリューズの説明にリーシャがさらに無言の圧力をかける。
「な、なんだよ?」
「…別に。事情はわかったわ」
 ふ、と視線をそらしながら不機嫌に答える。
正直、不満はある。何故アリューズがマナスイの剣を使えるのか、愛想をつかすのはわかるが何故わざわざ騎士団の名誉を貶めるなどという遠回りな行動をとるのか。
聞きたいことは山ほどある。
 けれど。本人が語りたがらないことを無理に聞き出すほど自分は悪趣味ではない。
そもそも他人のことを無駄に追及するのは自分の趣味じゃないのだ。
だから不満はあるけれど、もう一つの質問のほうを聞くことにした。
「最後にもう一つ聞きたいことがあるわ。これはレティちゃんに、なんだけど…」
「…私が太陽の精霊か、ということだろう?」
 言いよどむリーシャにいつもと変わらない平然とした口調でレティが逆に聞き返してくる。
「!!」
「人前で力を使ったのだから、気づかれたことくらいわかっている。…そう、私は太陽の精霊だ」
「やっぱり…。でもまさか…そんなはず」
 自分で聞いたこととはいえ、やはり信じられない。
精霊ではないかと以前から思ってはいた。ガルドに捕まった時、詠唱なしで魔法発動させたのを見ていたからだ。
だが、太陽の精霊力の希薄なこの世界で太陽の精霊が生まれるなど、ありえるはずがない。
「まぁ、とはいっても偽者だがな」
 驚愕覚めやらぬリーシャに、レティはこともなげにそんな言葉を投げかけた。
「え…!?」
「私はこの世でただ一人の『作られた精霊』。純粋な太陽の精霊ではないのだ」
 レティは言う。
自分は吸魔石という魔導具の力によって生まれた偽りの精霊だ、と。
吸魔石。
これはレティも知らない話だが、遥か古代、一人の魔導具技師がいた。
彼はその才覚と、そしてほんの少しの偶然の力を持って『吸魔石』という魔導具を作り出した。それは本来溜めておくことなどできない精霊力を吸収し、蓄積できる石だった。
 彼は自身の発明に喜んだが、彼の周囲の反応は冷たかった。
何故ならその石は世界に希薄な太陽の精霊力しか吸収できず、吸収スピードもそう速くはない。加えて偶然の力を借りたがゆえに複製することも出来なかったからだ。
石が力を持ち、実用に耐えるようになるまで早くても300年。
そんな気の遠い話を誰が利用しようと考えるだろう?
 だが彼は自分の発明をそう簡単には捨てられなかった。
 彼は魔力の通りの良い魔鉱石を使い、自身の精魂を込めた一振りの剣を作り上げた。
そしてそこに吸魔石をつけ、日の光の当たる祭壇へと収めた。
 いつか、自分の死後、この剣が最高の名剣として称えられることを夢に見ながら――。
 精霊力の増大により精霊が生まれる可能性も考慮して、鞘には制約(ギアス)の魔法もかけておいた。
この地上に存在しないはずの太陽の精霊が自分の力によって生まれるかもしれない。その可能性に心躍らせながらも、魔導具技師として、道具が道具本来の意思を持つのは許せなかったからだ。
 かくして。その剣も、魔導具技師の存在すら忘れ去られた後、密かに吸魔石は力を持つに至る。蓄積された太陽の精霊力は地上のどこよりも強く濃縮され――世界で初めて、この地上に太陽の精霊が、生まれた。
「吸魔石がどういう経緯で生まれたのかは知らない。だが、私はその剣についている吸魔石の力によって人工的に生まれた太陽の精霊ということだ。無論、剣の力もその吸魔石に依存する」
 レティはアリューズの持つ太陽の聖剣を指差しながらこともなげに言う。
「え、え!?それじゃあもしかしてレティさんって百英雄の時代から…!?」
 フローラが声を上げる。レティの命も、剣の力も聖剣についた吸魔石にあるというのなら、剣が力を振るっていた百英雄の時代からレティはいることになる。
「正確にはそのもっと前からだ。もっとも、封印されていた期間のほうが長いからな、実際に生活していた期間でいえばお前たちとそうかけ離れてはいない」
 そうは言われてもリーシャとフローラはあまりの驚きに声も出ない。
「なるほど。マナスイの剣のことを知っていたのもうなずけます。貴方は私のように知識でマナスイの剣の事を知ったのではなく、百英雄の一人、マナスイ自身を知っていたんですね」
 一人冷静なルードヴィヒがこくこくとうなずきながら呟く。
が、リーシャにしてみればとても冷静ではいられない。
今まで年下だと思っていた少女はずっと年上で、なおかつ百英雄とともにあった伝説の剣そのもの、剣の精霊といってもいい存在なのだ。
それだけでもすごいというのにレティは全くいつもどおりだし、正直どう接していいのかわからない。
「…なぁ。なんでそんなに困ってるんだよ?」
 それまでずっと、少し離れたところで成り行きを見守っていたアリューズが不思議そうに尋ねる。
 …その言葉に、切れた。
「そんなのあったり前でしょ〜〜〜〜〜!?」
 リーシャは神速をもってアリューズに詰め寄ると、首元をつかんでガクガクとゆする。
混乱して混沌とした感情をひとまとめにしてとりあえず手近にいるアリューズにぶつける、という感じ。
「そりゃ貴方はずっと旅してたわけだし最初から知ってたんだろうけれど、最初はびっくりしたでしょ?とんでもなくすごいことじゃないの、これ!」
 一息にまくし立て力任せに腕をゆする。
アリューズは返事をしない。さすがに反論の余地もないのだろう。
「だって、あの百英雄の時代からよ?太陽の精霊よ?驚くなっていう方がどうかしてるわ」
 正論だ。絶対反論なんて出来まい、と思う。
が、さらに詰め寄ろうとしたところを、何故かフローラに止められた。
「あ、あの、リーシャさん落ち着いてください。アリューズさん、それじゃ息ができません…!」
「あ」
 言われて、気づく。
首元を思いっきり(しかもリーシャの怪力で)しめられたアリューズの顔は青いを通り越してもはや土気色の領域に達しつつある。
どうやら、理論的に反論できないというより、物理的に反論できなかったらしい。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ、ぜーはー、ぜーはー、リーシャ、俺を殺す気かっ!?」
「で、でもいってること自体は間違ってないでしょう?」
「…なんでだよ。レティは、レティだろ。そりゃちょっとはビックリするだろうけど、困ることなんて何もない」
 リーシャの反応がさも不満だというように口を尖らせながら答えるアリューズ。
それは、間違いなく、アリューズの本心なのだろう。
それが絶対の真実であるかとでも言うように、その言葉には一欠片の疑念もない。
 それで、あたふたと浮ついていた心が落ち着いた。
取り乱していたのが馬鹿らしいとさえ思えてしまう。
「…それもそうね。どうかしてたわ、私」
「うむ。対応を今更変えられても、こちらとしても少し困るところだった」
 真面目なのかふざけているのかわからない顔でそんなことを言うレティに、リーシャは柔らかな笑みを返すのだった。



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☆あとがき☆
久しぶりすぎる更新です。
何しろ半年以上ぶり(爆)
前回までの展開を覚えてる人がいたら拍手!!!いや、もうなんでもリク聞いちゃいますよ(笑)
さて今回ですが、なんか説明的な台詞ばっかりで無駄に長くなっちゃいました。
他の回と比べるとホント異様に長いです(汗。
どっかで半分に分けた方が良かったかな?
 さて、正直に告白します。今回もう続けられないかなーとか思ってました。
実を言うと、レティの正体はもっと後で明かすつもりだったので(とはいえ全然隠してなかったけど)、フローラのためにレティが力を使う辺りからどんどん最初の思惑と違っていってたんですよね。
ルードヴィヒなんてそもそも最初は出す予定なかったのになんとなく対決シーンが書きたいなーって理由だけで出したりしたもんだから自分で収拾がつかなくなっていって(馬鹿)
最初から深く考えずに勢いだけで連載してきたツケがここで一気にまわってきた、って感じだったんですよ。だから続けようがなくなっちゃったんです。
今回は何とかつなげた、って感じで。一応ラストまでは書くつもりだけど強引な展開になるんだろうなー。
まぁ、なんとなくで始めた連載だし、最終回までいけたら拍手ってことで(おぃ!(笑)

2004/02/16