18

 白銀の光が部屋の中を支配する。
アリューズたちは、そのあまりのまぶしさに思わず目を閉じた。
光に包まれながら、フローラは激しい力をその身に受け、たまらずその場にうずくまった。
 このまま自分は消えるのだろうか…?
でも、このまま”人ならざるもの”として生きるくらいなら消えてしまった方が…きっと、楽になれる。
このまま生きるには私はもう疲れすぎてしまったから。
 だが、思いもかけずその考えを否定する感情が心の奥底から湧き出てくる。
 楽になんかなれなくていい。
自分がどんな存在でも。どんなにつらくても。
アリューズ、リーシャ、レティ、そしてバウル。
こんな自分を受け入れてくれた人たち。
2度と会えなくなるなんて嫌。
それはきっと死ぬよりつらい。
――そう。
私は、死にたくない!!!
 心の中の絶叫。はじける光。
 やがて、魔法は終わり、白銀の光が薄れていく。
そして、光が消えた時、フローラは…
「う…」
 フローラは、うめきながら身を起こした。
閉じていた目を開き、自分の手のひらをみつめる。
 消えていない。
ゆっくりと、手のひらを握り、そしてまたひらく。
確かな感触。
その感触に勇気付けられるように視線を移し、自身の体を見る。
床の上に座る細い体が見える。
  フローラの存在は消えることなく、確かにそこにあった。
「私…」
「良かったな、フローラ!!君は消えなかったんだ!」
 そういってアリューズはフローラに手を差し出した。
フローラは微笑んでその手をとろうとして…すぐにためらいの表情をみせた。
「?フローラ?」
「駄目、です。私には、触れません。私は消えなかったけど、”力”も消えていないかもしれませんから…だから、怖い」
 フローラはアリューズから視線を外し、目を伏せた。
「…だが、フローラ。お前から手を取る勇気を出さない限り、今までと何も変わらないぞ。例え治っていても、触らないのでは意味がない」
 言い放つレティにフローラはうつむく。
「大丈夫だよ、フローラ。レティの魔法を信じよう。それに、異変を感じたら俺もすぐ手を離すから」
「…」
 フローラは恐る恐るアリューズの手を握った。
久しく感じたことのなかった暖かなぬくもり。
けれど、その感触を喜ぶよりも先に、よく知る感覚が彼女の体を走る。
「!?」
 あまりにも知りすぎた感覚だった。
知りたくはないのに知ってしまった感覚。
相手の生命が、自分の体の中に流れ込んでくる、熱く嫌な感覚。
生命を吸い取られ、苦痛にうめく暇もなくアリューズの顔から生気が消えていく。
暖かかった手は温度を失い、干からび、アリューズのミイラだけがその場に残った。
「嫌ぁぁぁっ!!!」
 脳裏に浮かんだそんな一瞬の光景に、フローラは声を上げた。
その途端、あの嫌な感覚は嘘のように消えうせた。
「え…?」
「な、なんだ、今の?」
 アリューズは軽いめまいを覚えながらもしっかりとフローラの手を握り、そのまま彼女を立ち上がらせてやった。
「ど、どうして?今確かに…」
 あの忌まわしい力を感じたのに。
なのに、何故…?
フローラはまじまじと自分の手を見つめる。
「すまないな、フローラ。実は、嘘をついた」
 そんなフローラにレティはしれっとした顔で言った。
「う、嘘ですか…?」
「いくら本人の頼みでも、消えてしまうかもしれない魔法なんてかけられるわけがないだろう?」
 レティが苦笑する。
「じゃ、じゃあ、一体…」
「破邪の魔法は、確かにかけた。だが力は最小限に抑えさせてもらった。魔法をかけ始めたとき、お前は苦しみだしただろう?だから、それで正解だったと思う。フルパワーでかけていたら…きっとお前は消えていた。そして、私は同時にもうひとつ、魔法をかけたんだ」
「もうひとつの、魔法?」
 不安げに黙り込んでしまったフローラの代わりにリーシャが問いかける。
「制御の魔法だ。一時的に感覚を鋭敏にし、精霊力の変化を敏感に感じることができるようになる、な。本来は魔術師としての訓練を始めるときに精霊力の制御の不慣れな新米に使う魔法だ」
 レティは語る。
フローラの”不死”の力はあくまで数々の魔道実験から生まれてきたもの。
すなわち、その力はなんらかの精霊力の変化から生まれたものなのだ。
 ならば、制御は出来るはず。
複雑な魔道儀式の結果生まれた力だけに他の人間にはどうしようもないかもしれない。
 だが、フローラ本人なら。無意識にとはいえその力を自分の体の機能として使っているフローラならできるかもしれない。
もともとフローラは魔力が強い。
破邪の魔法で多少なりとも異常な力を払ってやり、制御の魔法で精霊力の流れを感じる手助けをしてやれば成功する確率はかなり高いはず。
 だが、最初から治っていないといえばフローラは誰にも触れようとしないかもしれない。
だから、嘘をついたのだ、と。
「よく制御したな、フローラ。制御の魔法はじきに切れてしまうが…今の感覚を覚えておけばいい」
「私…治ったわけじゃ、ないんですね…」
「そういうことになるな。それに、完全に制御するにももっと魔法について学び、訓練する必要がある。…どうした?やはり今のままでは生きていたくないのか?」
「私は…」
 フローラは、何かを思い出すように目を閉じた。
胸を去来するのは消えるかもしれないと思ったときに感じた『死にたくない』という激しい感情。
今は、あの感情が突然湧き出した刹那の感情ではなく、自分の心に確かにある想いであると感じることが出来る。
 だから。
閉じていた瞳を開いて。まっすぐに前を見て。
「私は、この体と共に生きていきます。頑張って魔法の勉強をして、制御して見せます。本当に、ありがとうございました」
 笑顔で、そう言った。
花もほころぶような満面の笑顔。
アリューズたちがはじめて見た、フローラの心からの笑顔だった。
 その笑顔を見てリーシャもまた微笑む。
結局”人ならざるもの”のままになってしまったフローラ。
それでも彼女は人と生きていくことを選んだ。
リーシャは自分が探し続けている問いへの答えを一つ、見ることができた気がした。
「ん?ちょっと待てよ?もしフローラが制御できなかったら俺はどうなってたんだ?」
 不意に、思い出したようにアリューズがつぶやいた。
「ミイラになってめでたしめでたし、だな」
 あっさり答えるレティ。
「あ、あのな〜〜!!!どこがめでたいんだよ、この鬼、悪魔!!!」
「なんだと!?」
 怒りの声を上げながら、レティは聖剣をかまえる。
実は万が一のためにいつでもアリューズに『保護』の魔法をかける用意をしていたのだが、この馬鹿には絶対に言ってやるまいと決めた。今決めた。
「わ、ば、馬鹿。そんな物騒なもの構えるな〜!!」
 慌てふためくアリューズ。内心本気で怒っているわけではないのだが、アリューズの反応が面白いので真顔で詰め寄るレティ。二人を止めようとオロオロするフローラに、笑ってみているリーシャ。
『リィ…ン』
 そんな和やかな空気の流れる室内に、突然澄んだ鈴の音が鳴り響いた。




次へ進む。

隠しTOPへ


☆あとがき☆
う〜ん、フローラが力を制御できるようになった説明、自分でもなんか無理があるなぁって気がします(苦笑)
消えるか、治るか、二つに一つでスパッとしちゃった方がすっきり来ますよね(^^;
ま、私は究極の優柔不断人間ゆえ許してやってください(おぃ)。
そして次回は彼が出てきます。
って、いちいち三人称で言わなくてもバレバレだと思いますが(笑)
ホントは今回一挙2話にしようと思ったんですが、間に合いませんでした(苦笑)
次の話のほうを先に書き始めたんで少しは書けてるんですけどね(笑)
でももうすぐ魔のGWだし次回の更新も遅いかもです(苦笑)
ではまた次回♪  

2003/04/23