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「みんな、ひどいよ」
 街の人たちが出て行ったばかりの扉に思いっきりあっかんベーをしながら私は言った。
私は街の人たちが大嫌いだった。大人はみんな冷たいし、子供は私のことをいじめてくるから。
 私は”普通”じゃないからただいじめられてばかりではないけれど。大抵は返り討ちだ。冒険者だったお母さん譲りの武術は大人にだってきっと負けない。
 でも、街の大人たちはお父さんとお母さんのこともいじめてくる。それが、私には一番嫌で、許せないことだった。
「仕方がないさ。今は大変な時だからね」
 そんな私に困ったような笑顔でおとうさんがが答える。
「でもおとうさんのせいじゃないじゃない!!どうしてなにもかもおとうさんのせいにするの? 何も悪いことなんかしていないのに…!」
「…おとうさんは、みんなとは違うからな」
 そう言ったお父さんの顔はちょっぴり淋しげで。
だから私は叫んでいた。
「違わないよ!全然違うところなんてない!…ううん。やっぱり違う。お父さんは、あんな人たちとは同じじゃない!!」
「そんな言い方はよしなさい!!」
 父の厳しい声が飛ぶ。
「どうして!!あたしはあの人たちが嫌い。みんなと違うというのはそんなに悪いことなの?それだけで責められなきゃいけないの!?」
「悪いことなんかじゃないさ…。確かに今はみんなにわかってはもらえてないけど…。お父さんはいつかみんなにもわかってもらえると信じてる。だから、お前にも信じて欲しい。お互いに憎みあい続けるなんて、それはきっとすごく悲しいことだから」
「そうよ。それに…そうしてわかりあえたからこそ、あなたは今、ここにいる。お父さんとお母さんの子としてね」
「…うん。」


あの時の私は素直にうなずいてしまったけれど…。
人とそうでない存在は、本当に分かり合えるのだろうか?
父と母の方こそ例外だったのではないだろうか?
私の父は、人ではなかった。
 土の精霊―――。それが、父だ。
世の中には『精霊』という存在がいる。
世界には『精霊力』という力が満ちている。
火、水、風、土など―――。
自分の魔力を用いてそれらのエネルギーを操ることで魔術師は魔法を使う。
 その『精霊力』が、非常に強く、また長い間その状態が続いた場所に、まれに『精霊石』という結晶が誕生することがある。
 そして同時にその『精霊石』を命の源とした『精霊』が生まれる。
精霊は、基本的な部分は人と何ら変わらない。
普通に生き、食べ、眠り、石の力が尽きれば(人でいえば寿命がくれば)、死ぬ―――。
二つの種族の間には子供を作ることさえ出来る。
違うところといえば、命の源が『精霊石』であること、人よりも魔力が強いこと、魔法を使う際に詠唱を必要としないこと、そして、属性によって特殊な力を一つ持っていること、である。
 そういう意味で言えば人より優れた種族であるが、その誕生条件の厳しさから、世界に『精霊』はほとんど存在しない。
 そして、少数派であるがゆえに、いや、人と違う能力を持つが故なのか、『精霊』は大抵人に迫害されることとなる。
まれに人と精霊で心を通じ、子供ができることもあるが、その子供、『半精霊』は人にも精霊にも受け入れられずに精霊以上に迫害されることとなる。

 私の父は冒険者だった母と結ばれ、とある鉱山街に暮らすこととなった。
土の精霊の特殊能力は、怪力。
鉱山において父の力は非常に役立ち、頼りにされていた。
そのため私たち一家はたいした迫害を受けることもなく平穏に暮らしていた。
 けれど――――。
それは、素晴らしい鉱脈を見つけみんなが浮かれていた時のこと。
父は強硬にこれ以上の採掘に反対した。
土の精霊である父は付近の精霊力の乱れから、地震の危機を感じていたのだ。そして新たに鉱脈が見つかったところの地盤ではそれに耐えられないことも。
 だがもちろん、皆がそれに耳を貸すはずもない。せっかくみつけた鉱脈を何故放棄しなければならないのか。地震など起こるはずがないではないかと。街の人間は父を疎ましく思うようになっていた。
 そして、地震は起こった。
鉱脈は埋もれ、多くの鉱夫が生き埋めになって死んだ。
それで街の人間が父を信じるようになったかというと、事態は全く逆だった。
無視された腹いせに父が地震を起こしたのだろう。そう噂したのだ。
尋常ではない怪力を持つ、人ではないバケモノならそれくらいやりかねないと。
 そして始まる迫害と嫌がらせ。
それでも父も母も決して人を憎むことをしなかった。
だが、ある日。町の人に会議に呼ばれ、父が出かけていった。
 そして、帰ってこなかった。
父は、殺されたのだ。鉱山を滅茶苦茶にした『バケモノ』として。
話し合いに出かけていったまま帰ってこない父を心配して、迎えに行った時に見たあの惨状を、私はきっと一生忘れない。
 そして母と私は街を離れた。
逃げたわけではない。私たちに非はないのだから。
ただ、父という稼ぎ手を失った母がまた冒険者稼業をはじめたため、旅から旅への暮らしへと変わっただけだ。
 私は人を憎んだ。父を殺した人間を。
私たち家族を苦しめた人間を。憎んで憎んで憎んで憎んで…。
 だけど大好きな母もまた人間で。
旅で出会った人たちも悪い人ばかりではなくて。
それに何より、私の中にも間違いなく人の血が流れている。
人を否定すると言う事は自らを否定することに等しい。
 私はわからなくなってしまった。
人を憎んでいいのかそれとも愛するべきなのか。
 だから、私も冒険者の道を選んだのだ。
知識も技術も可能な限り学び、私は母と同じ冒険者になった。
人と人以外の存在が分かり合うことが出来るのかどうか。
世界を回ってその答えを見つけるために。
 そう。
自分の存在が間違いだったのかどうか、その答えを――――。




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☆あとがき☆
はい、今回はリーシャの過去話です。
なんか前に絵板でリーシャ描いたとき、人並みはずれた怪力ってことは筋肉すごいのか?って聞かれたことあるんですけど(笑)、そうではなくて、土の精霊だった父の力を受け継いでいるんです。
 設定絵でリーシャの剣に茶色の宝玉がついてると思いますけど、アレは力を失った『土の精霊石』で、リーシャの父の命だったものです。もう何の力もないですが、言わば形見なんですよ。  

2002/11/06