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「自分を殺してくれなんて、穏やかじゃないな。
…やっぱり君は魔物なのか?でもだったら、なんで…」
 とりあえず、小屋へ、というバウルのすすめに従い小屋の中のテーブルにつくと、アリューズは改めて少女に聞いた。
「私は、フローラといいます。信じてもらえないかもしれませんが、人間です。いえ…人間だったというのが正しいのかもしれませんが」

 彼女の話はこうだった。
彼女はある寒村の生まれだった。
稼ぎは少ないが兄弟は多く、フローラの家の生活は苦しかった。
彼女は生まれつき他のものよりも高い魔力を持っていたが、魔法を習いに行く経済的余裕などあるわけもなく、他に取り立てて取り柄のない彼女は親からも疎まれていた。
 そんなある日のこと、村に一人の若い魔術師がやってきた。
彼はフローラの高い魔力を認めると、彼女の両親に彼女を弟子として迎えたいと申し出た。
 もしフローラを弟子として渡してくれるなら支度金も渡す用意があると。
彼女の両親は1も2もなくその話に飛びついた。
 大して役に立たない彼女を口減らしできる上に支度金まで入るのだ。
こんなに上手い話はない。
突然ふらりと村へやってきた身元も知れない男が本当に魔術師なのか、本当に娘を弟子にするのが目的なのかどうか、疑わなかったわけではないだろう。
 だが、目の前の支度金を見て彼女の両親はその疑問に目をつぶった。
もちろんフローラはそのことがも悲しくはあったが、自分が行くことで家族みんなが幸せになるのだと自らを納得させ、男へついていった。
 果たして男の目的は、弟子を育てることではなかった。
彼の目的は……不老不死。
魔術を用いて彼は自らを不老不死にするための研究をすすめていた。
最初は動物を実験体に使っていたが、それでは研究は遅々としてすすまなかった。
必要なのは人間の実験体…しかも魔力が高くなくてはダメだ。
 そこで彼は各地で『実験体』を集めた。
いなくなっても不自然ではない孤児、犯罪者をつれてきたり、人買いから買うこともあった。あるいは弟子に取ると偽ることも。
もちろん連れてこられた人は皆抵抗した。しかし類まれなる魔術の力を持つ彼にはかなわなかった。
 だが、人を実験体としても研究は遅々として進まなかった。
バランスが上手くいかず、精神に異常をきたすもの、死にはしないが永遠に苦痛を感じつづけるもの、異形へとその姿を変えるもの…。ほとんどの実験体たちは次々に命を落としていった。
 その中で、フローラは。
彼女にも数々の魔法がかけられ、儀式や実験が繰り返された。
 だが、彼女は死ななかった。
精神に異常をきたすこともなく、彼女のまま。
そして、彼女はある『能力』を持つようになっていた。それは―――。

「私は、私に触れたものから強制的に生命エネルギーを吸い取るようになりました。自分の意志とは、関係無しに…。その生命エネルギーをもって若さを保ち、永遠に生き続けるのです」
 辛そうに、彼女はそう告げた。
「魔術師は狂喜しました。長年追いつづけた不老不死が手に入るかもしれないのですから。そしてさらに詳しいデータを取るため、私に数多くの人間の命を『吸わせ』ました。そんな生活が何年も続いて…。でもある日偶然、逃げるチャンスがあって…私はそこから逃げてきたんです」
「それじゃあ、村の人が急に白髪になって倒れたって言うのは…」
「私に、触ったからです。私があの人たちのエネルギーを『吸った』んです。あの時の私は弱っていたから、そのスピードも速かった。そう。乾いた砂に、水がしみ込むように」
 言ってから、フローラは恐る恐るアリューズに問い掛けた。
「…私を助けようとしてくれたあの人は、どうなりました?」
「それは…」
 アリューズは言葉に詰まる。
彼女の話が本当なら。自分の意思とは関係なく人の命を吸ってしまうのなら、自分のせいで人が死んだという事実は重いだろう。だが、今いわなくともいずれはわかる。アリューズは思い切って本当のことを言った。
「…一人は死んだよ。もう一人も意識不明だ」
「…そう、ですか。やっぱり…私が村になんか行かなければ…!わかっていたのに。もう私は人の中では生きられないって…。わかっていたのに…弱いから…私はまだこんなところにいる。バウルさんの優しさに甘えてしまっている…」
 最後の方はほとんど呟きに近かった。
フローラはテーブルにひじをつき、祈るかのような体勢でうつむいている。
表情は良くわからないが、多分泣いているのだろう。肩が小刻みに震えていた。
「フローラ…」
 見かねたバウルが横に座るフローラの肩に手をかけようとする。
それに気づいたフローラは慌てて椅子から立ち上がってとびすさった。
「触らないで!!…お願いだから、触らないで…」
 悲しげな瞳でバウルを見つめる。
バウルは差し出しかけた手を戻しながらも、目だけはしっかりとフローラを見つめて言う。
「おまえさんのせいじゃない。悪いのは全てその魔術師だろう?」
「でも、私が村へ行かなければあの人は死ななかったんです。それに原因がどうあれ私の体はもう元には戻らない。私はもう『人』じゃない!!ここまで逃げてくる間、何度も死のうと思いました。でも自分では出来なかった。だから…アリューズさん。私を、殺してください。私がかつて人だったことだけは、伝えることが出来たから。もう、思い残すことはありません」
「…わかった」
 悲しげな微笑を浮かべるフローラに、アリューズは力強くうなずいた。




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☆あとがき☆
はい、これが少女の正体です。
あっと驚くようなものでなくてごめんなさい(汗)。
なんか期待されてるみたいでちょっとプレッシャーだったんですが当初どおりの設定でいきました。
しかもいまだ彼女の性格つかめてな…(殴!)
一挙2話とかしようと思いましたがやめました(笑)。
半分くらいはかけてるから次の更新は早いかな?遅くなるかもしれないけど(殴!)  

2002/11/02