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「ふぁふぉの?」
 アリューズが口をもごもごさせながら訳の分からない言葉を発した。
といっても本人は訳の分からない言葉を言おうとしたわけではない。
食事中に話し掛けられ、それについて答えようとしたらそうなってしまったのだった。
「きちんと飲み下してから喋れ。みっともない」
 レティがいつものようにクールにつっこむ。
「ふぐぅ…」
 いきなり話し掛けてくる方が悪いんだろ、と言おうと思って、やめた。
口にものを入れたままふがふが言っているのは確かにみっともない。
とりあえずコップを手に取り水で胃に流し込む。
「それで…魔物がどうしたって?」
 アリューズは、話し掛けてきた男に聞き返した。
 魔物というのは、普通の動物よりも遥かに強い力や魔力を持つ凶悪な生き物のことだ。
多くは100英雄の時代、魔王とともにやってきたものたちの末裔だといわれている。
「あ、はい…。あなた方は、冒険者ですよね?この村に出た魔物の退治をお願いしたいのです。」
 言われてアリューズたちは顔を見合わせた。
「どうする?」
 リーシャがアリューズに問う。
厳密に言えば冒険者なのはリーシャ一人だけだ。
冒険者ではないアリューズたちが、冒険者としての依頼を引き受けるかどうか、自分一人で決めてしまうわけにはいかない。
「俺はかまわない。困っている人放ってはおけないし、魔物退治ならいい修行になる」
「レティちゃんは?」
「…このバカがやる気になっているのを止めるなんて、そんな無駄な労力を使う気はない」
 レティはチキンソテーをナイフで切り分けながら、顔も上げずにそう答えた。
「なんか引っかかる言い方だな…」
「気にするな。あまり悩むとはげるぞ?」
「えっ?!」
 アリューズがあせって自分の頭に手をやる。
そんなアリューズをちらりとみやってレティは心底呆れたようにため息をついた。
「あ、あの〜。依頼は、引き受けていただけるのでしょうか…?」
 2人のやり取りを見ながら男が戸惑ったように尋ねてきた。
「ああ、ごめんなさい。引き受けるわ。…それから、この二人のことは気にしなくていいから。いつものことなのよ。」
「ぐ…。す、すまない。詳しい事情を聞かせてもらえるか?そいつはどんな怪物なんだ?」
 さらりと言ってのけるリーシャに憮然としながらもアリューズが話の場に戻る。
そして村人に空いた椅子を勧め、男は椅子に座った。
「あ、はい。退治して欲しいのは年のころなら16,7の少女で…」
「ちょっと待った!魔物退治じゃなかったのか?」
「そうです。その魔物は少女の姿をしているんですよ…」

 男の話によると、その少女が現れたのは1週間前。
ふらふらと倒れそうになりながら彼女はやってきた。
ボロボロの服装に、真っ青な顔色。
見かねた村人の一人が彼女に声をかけた。
そして手を貸そうと少女の腕を取ったとき、異変が起こった。
 今にも倒れそうだった少女は急に元気を取り戻し、真っ青だったその顔には赤みすらさしはじめたのだ。
そして対照的に、手を貸した村人の顔は蒼白となり、その場に倒れふしてしまった。
何事かと慌てて駆け寄るほかの村人たち。
呆然としている少女に事情を聞こうと彼女の肩に手をかけた村人もまた、顔面を蒼白にして倒れふした。
 そして少女は逃げ出したのだ。
追手もかけたが、森の中で見失ってしまったらしい。

「最初に声をかけた男は、まだ10代の若者だったにもかかわらずすっかり白髪となり、数日後には死亡しました。もう一人の村人は、現在も昏睡状態で眠っています…」
「その少女がやったって訳か…?その後、被害は?」
「いえ、その後彼女の姿を見たものはいません。ただ、まだ森にいるのかもわからず、狩りへ行こうにも怖くて森へは立ち入れないのです。それに、もしまたやってきたら…。」
「なるほど。と、いうことは正確には依頼は森にまだその少女の姿をした魔物がいるかどうかの調査というわけね?そして、もしいるのなら退治する」
 リーシャの問いに男は真剣な顔でうなずいた。
「そのとおりです。お願いできますか?」
「ああ。引き受けるよ。安心してくれ」
 胸をはって言うアリューズ。だが、間髪いれずにリーシャが言った。
「それで、報酬は?」
「おい、困ってるのに、いきなりそんな…」
「あのね。依頼してくる人はみんな困ってるの。それくらいはわかってる。でもそれとコレとは別。私たちだって霞を食べて生きていくわけには行かないのよ?ホントそんなんで今までよくやってこられたわね…」
 哀れみさえ感じられる視線で見つめられてアリューズは言葉に詰まった。
「うう。レティ、何か言ってやってくれよ」
「…事実だろう?なのに一体、何を言えばいいんだ?」
 いつの間に食べ終えたのか、食後の紅茶を楽しみながらレティが言った。
「………。」
「別に無理な金額をとろうって訳じゃないんだから。あなただって、依頼してきた以上タダ働きさせようなんて思ってないわよね?」
「あ、はい。それはもちろん。報酬は、村から出ます。ただ、後払いになりますが…」
「全額後払い?こちらも危険を冒す以上少しは支度金を貰わないと…」
 着々と交渉を進めるリーシャを横目で見ながらアリューズは感心したように言った。
「さすが冒険者だよな。俺だったら後払いで納得しちゃうけど」
「…それで依頼を片付けてきたら一体何のことだととぼけられたりしてな。しかも言いがかりをつけて金を奪う気だろうと役人まで呼ばれそうになったこともあったな」
「う…」
「ひどいときは依頼を片付けてまずはお礼にお食事を、とか言われて睡眠薬を盛られて身ぐるみはがされそうになったこともあったな。少しは学習能力というものはないのか?」
「うう…。わ、悪かったな!」
「…何もめてるの?」
 どうやら交渉は終わったらしく、いつの間にか男の姿はなかった。
そしてリーシャがきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「実はな…」
「言うな〜〜〜!!」
 話し始めようとしたレティをアリューズが慌てて止める。
こんな話、リーシャにしたらまたどつかれるに決まっている。
レティはそれがわかっていて話そうとしたのだろうが。
「まぁ、いいわ。とにかく準備をはじめましょう」
「え?まだ食事終わってないだろ?」
「終わってるじゃない」
「へ?」
 アリューズはテーブルの上を見る。
レティの皿、空。
リーシャの皿、空。
話しを聞きながらもちゃっかり食べていたらしい。
そして、手付かずだったはずのアリューズのチキンソテーの皿…空。
「な!?俺のチキンソテー!!」
「熱いうちに食べてやらなくては食材も可哀相というものだからな」
 しれっとした顔のレティ。
「まさか…」
「うむ。中々美味だった」
「そんな…メインデッシュとして楽しみにしてたのに…」
 ガックリと肩を落とすアリューズ。
そして、依頼を終えたら絶対腹いっぱいチキンソテーを食ってやる!
そう密かに心に決めるのだった。




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☆あとがき☆
前回から1ヶ月近くもたってますね(汗)。
しかも実質的には一ヶ月半以上あいてます。これの1個前の話、日付が9月7日となってると思いますが、実際HPから読めるようになったのはこの回と同じ日です。サーバにUPしてあったんだけど、他のページからリンク貼るの忘れてたんです(爆)。今回続き書き始めるまでそれに気づかなかった…。あほや…(汗)。まぁ更新しても気付く人ってほとんどいないんだろうけど…。 とりあえず読んでくれる人がいるので(大感謝です!)、続けます。まだレティが実は○○で、リーシャも○○○だったとか書いてないし(何)。そんでもって100英雄の話が○○だとか(だから、何)。思いっきりスローペースだとは思いますが、どうかお付き合いくださいです(迷惑)。 に、しても…情けない主人公だよなぁ〜(笑)。

2002/10/02