「人質か。あんたの主人があんたを騎士に推薦しない理由がよくわかるよ」
「ふん。そんなことを言ってる余裕があるのか?こいつがどうなっても…」
「…風よ!」
 ガルドの言葉をレティの小さな呟きが遮る。
途端、ガルドの周囲を不自然な風の流れが包み込む。
「なっ!?貴様、風使い!?」
 風の刃がガルドの頬を切り鮮血が飛び散る。
ガルドが思わず手を離した隙にレティは悠々とアリューズの元へと戻ってきた。
「ドジ」
「うるさい」
 からかい口調で笑うアリューズに、むくれるレティ。
完全に無視された形のガルドは、顔を真っ赤にして怒りだした。
「くそっ!バカにしやがって!ガキと思って油断した。大体、いつの間に詠唱を…」
「どうでもいいけど、まだやるのか?人質はもういないぞ」
 熱くなるガルドとは対照的に、完全に興味なしといった感じのアリューズ。
自分と相手の力の差は明白。どうやっても負ける要素がない。
それに、アリューズにとってはこれは”宣伝”に過ぎないのだから。
「人質は…いるさ。ここにな!」
 そう言うとガルドは少し離れたところでボーッと事態を見物していた少年の手をつかみ自分のもとへと引き寄せた。
「…なんの真似だ?その子は私たちには何の関係もない。人質になどならないぞ?」
 冷静にレティが言う。
だがガルドは自信たっぷりに胸を張った。
「わざわざ宿から出てきたり、敵である兵士達を殺さなかったんだ。お前らがお人よしなのはわかってるよ。お人よしなお前らなら、いくら無関係でも見殺しには出来ないだろう?」
「卑怯な手を…!」
 アリューズが吐き捨てる。
「どうとでもいえ!聖剣さえ手に入れれば俺は騎士という名誉を手に入れることができるんだ!」
 その途端…”名誉”という言葉を聞いてアリューズの顔つきが変わった。
夜の闇から染み出すような冷たい殺気…。先ほどまでとは打って変わったアリューズの持つ空気に、ガルドは不意に当りの気温が下がったような気さえした。
「”名誉”か…ふざけやがって…。いくら俺がお人よしでも、お前みたいな外道にまで情けをかけてやるほど心は広くないぜ。その子を離せ!さもなくば…お前がその子に傷一つつける前にその首叩き落してやる…!」
 そういってアリューズは鞘についた剣の留め金を外して柄に手をかけると、腰を落とした。紫紺の両眼が冷たい輝きを放つ。
「バカな…そんなことができるわけが…」
 言いながらもガルドの声は震える。
ありえない。ありえるはずがない。脅しに決まっているではないか!
ガルドは心の中で必死で自分にそう言い聞かせるが、震えは止まらない。
「そう思うなら、賭けてみるか?自分の命をかける度胸があるならな…!」
「…!」
 ガルドが息を飲んで硬直する。それは、ほんの刹那の一瞬。
だが、ガルドには永遠に続くかと思えるほど長く感じられた。
なんとかしなければ、自分の命の灯火は確実に消える。その直感に全てを支配されていた。
「…賭ける必要はないわ」
 硬直を解いたのは若い女の声だった。
「…リーシャ」
 拍子抜けしたようなアリューズの声。それとともにあたりを支配していた冷たい空気が四散していく。ガルドはこわばった全身の筋肉がほぐれていくのを感じていた。
今度はナイフをその喉元に突きつけられてはいたが、先程よりよほどマシだと思った。
 そう、リーシャにガルドに短剣を突きつけていた。喉に感じる冷たい輝きに、仕方なくガルドは子供から手を離した。
「どうして…?関わるなって言ったろ?」
「そうしようと思ったんだけどね。こんな卑怯なやり口いくらなんでも許せないじゃない?」
 そう言ってリーシャは肩をすくめてみせた。
「く…。貴様、ウォルヴィス騎士団に逆らうのか?罪人をかばえば貴様も…!」
 アリューズからの殺気がなくなり幾分余裕を取り戻したガルドが吼える。
だが、ガルドの言葉に怯えるどころか、リーシャは逆にあきれたようなため息を漏らした。
「ここはウォルヴィスじゃないわ。罪人を追っているんだかなんだか知らないけど、他国の領内でこれだけの騒ぎを起こし、しかも一般市民に向かって刃物をつきつけたのよ?この国の法に照らし合わせればあなたも立派に”罪人”ね。そろそろ役人も到着するんじゃない?」
「…!」
 みるみるガルドの顔が青くなる。
手柄を立てるどころか他国で罪人になったとあれば、騎士になどもう絶対になれないだろう。
「…わかった。今日のところは引く」
「OK。武器は全部ここにおいていってね。また人質騒ぎ起こされても面倒だから」
 これ以上の抵抗は本当に諦めたらしく、ガルドは素直に剣を捨てた。
リーシャが他に武器を持っていないか軽くチェックする。
どうやら他には何も持っていないようだ。
「…行っていいわよ」
 リーシャの言葉に悔しげな舌打ちをもらしてガルドが駆けてゆく。
その姿を見送ってから、リーシャはアリューズに微笑みかけた。
「さて、と。じゃ、行きましょうか!」




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☆あとがき☆

なんか久々に更新。やはり逃避エネルギーがなくなると速度落ちるな〜。
てっちゃんへのSSも終わってないし。む〜。やらねば!
それはともかく。予告どおりのガルドの3流っぷり炸裂です!
次からどうしようかな…。全然考えてなかったり(爆)

2002/08/11