「まったく滅茶苦茶にも程があるわッ!」
 疾風のように馬を走らせ敵陣を駆け抜けながら、シャルレィスが叫ぶ。
味方の軍は浮き足立ち、すでに総崩れの相を呈している。
ラタール卿の戦い方は全く持ってお粗末なものだった。
 篭城せず、王都の前に布陣したアルグレーン軍を見て、好機とばかりに正面突撃したのだ。そこへ密かに両翼へと展開していた伏兵に挟撃され、今に至る。
 士気は最低。
一度退却し陣を立て直せばまだ勝機はあるのだが、ラタールは突撃を命じるばかりで混乱は最高潮、もはや戦う以前の問題だ。
「シャルレィス、やはりここは私が…」
「…確かに、それしかないのかもね…。でもそれは最後の手段にさせてもらうわ。こうなったらやれるところまでやらせてもらうッ!」
 そういうとシャルレィスは声の限りに味方に退却を呼びかけながら、ラタールの元へと向かう。
「ラタール卿!撤退してください!」
「なんだと!?アルグレーンを前に逃げろというのか!こんな奴らここで一気に…!」
「状況を把握してください!このまま無駄に自軍を壊滅させる気ですか?!」
「壊滅などするものか!ここで奴らを倒して私は…!」
 なおも逆らうラタールの首筋に、シャルレィスは剣を突き当てた。
「…な、何を…!?」
「ご無礼お許しを。だけどね…!あなたのくだらない功名心のためにカルメリアの勇士たちを無駄死にさせるわけに行かないのよ!総大将であるあなたが先頭に立って逃げてこそ整然たる撤退が行われるのです。…ただちに退きなさい!!」
「わ、わかった…。全軍に通達!退却だ!余計なことは考えず、全速で馬を走らせろ!」
 乱戦で統制を失いつつも、なんとか退却が始まる。
 シャルレィスはそれを見届けると自身は馬を駆り、剣を振り上げ敵陣の一番厚い所へと突き進んでいった。
「我が名はシャルレィス!カルメリアの赤き風である!その身を血風に変えたくなくば道をあけよ!」
 シャルレィスの名乗りにあるものはたじろぎ、あるものは功名心に駆られて群がってくる。仲間の仇だと憎しみに目を染めるものすらいる。
「おい、わざわざ目立って何を考えてる!?」
 私は群がる敵兵に剣を振るいながらシャルレィスに馬を寄せ、問いかける。
力を使うなというシャルレィスの命があるため普通の剣だが、それでも多少の心得はあった。
「仕方ないでしょ、私一人じゃたいした効果はないかもしれないけど、誰かが敵をひきつけないことには…!」
「だからといって…死ぬ気か!?」
「あら、心配してくれるんだ?」
 休むことなく剣を振るいながらも例のおどけた調子で返事が返ってくる。
「ふざけている場合ではないだろう!」
「大丈夫よ。頃合をみはからったら私も退くから。伊達に二つ名なんて持ってないってところ、みせてあげるわ!」
 言いながらもシャルレィスの剣は次々と敵兵を屠っていく。
彼女が駆ける度に新たな死体の山が築かれ、辺りを包む血の臭いが増していく。
 返り血で赤く染まった馬とシャルレィスが駆ける姿はまさしく赤き風。
群がるアルグレーン軍の中に恐怖が走り始める。
「そろそろ、頃合かもね…」
 そうつぶやくと、シャルレィスは馬を返した。
「退くわよ、魔女さん」
「…ああ」
 私も馬を返し、シャルレィスの後を追う。
カルメリアの本隊はもうほとんどが退却を終えたようだ。
シャルレィスが敵をひきつけたことと、そして…今までの敗戦の恨みとばかりにアルグレーン軍が追撃よりも逃げ送れた兵士の殺戮に走ったのが本隊の退却に幸運したのだろう。
「?なんだ?」
 前方を駆けるシャルレィスのさらに前方に、残っている一隊がいた。
服からしてカルメリア軍なのは間違いないが…
「!!しまった!?」
 シャルレィスが叫ぶ。
それとともに銀の雨が降り注ぎ…
シャルレィスが、馬から落ちた。
沢山の矢をその身に突き刺したまま。
「シャルレイス!!」
 私は馬を捨て、シャルレィスの元へ走った。
矢に気をつけながらその身を抱き起こす。
「やられたわ…。あれ…ラタール卿の差し金、ね…」
 かすれた声でシャルレィスがつぶやく。
自分の失態で部隊を敗走させ、なおかつ部隊の退却に貢献したシャルレィスが戻ってきてしまっては、彼の面目は丸つぶれだ。
敵陣で死ねばそれで良し、戻ってくるようなら射ろとでも命じたのだろう。
「ごめんね、魔女さん。もう少ししたら…名前、つけてあげるつもりだったのにな…」
 弱々しく微笑みながらシャルレィスが私の頬に手を伸ばす。
血まみれの手が私の頬をぬらす。
 私はその手をそっと握った。
「道具に、名前など…」
「まだ、気づかないの?貴女は道具じゃない…心が、ちゃんとあるから。だから…主なんて、関係…ない。あなたの人生を…生きなさい」
 シャルレィスの首がことりと落ちる。
つかんでいた手から力が抜ける。
動かない体。流れ続ける血。
無言の静寂と、遠くの喧騒。
気が狂いそうな、静と動。
「おい、シャルレィス…?」
 シャルレィスは答えない。動かない。血は、流れ続ける。
死んだ…?シャルレィスが、死んだ…。
だからどうした。主の死など今までいくらでも見てきた。
前の主など自分の手で殺したじゃないか。
 なのになんだ、これは。
この胸を支配する思いはなんだ?
わからない。気持ち悪い。悲しい。…カナシイ?
「うわぁぁぁあああああああああ!!!!」
 私は叫んでいた。
自分で自分がわからない。
もはや、自分を抑えることが出来なかった。力が吹き出す。

 ――その日、アルグレーン王都とその一帯は地図の上からその姿を消した。
 


 



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2003/07/04