王を失ったアルグレーン軍は脆かった。
まさかの王の急死、そして王が私の力を後ろ盾にしてほとんど独裁に近い形で全てを進めていたために、まともな後継者が決まっていなかったことも混乱をいっそう助長した。
 眼前のカルメリアの脅威を理解せずに、アルグレーンの実力者たちは我こそは王の後継者だと内部争いをはじめたのだ。
 今まで大勝を続けてきたがために小国カルメリアなど相手にするまでもないと考えたのかもしれない。
「ほんとアルグレーンが馬鹿ばっかりで助かるわね。私たちが負け続けてきたのはアルグレーンにあなたの存在があったからこそ。今までつらい戦いを戦い抜いてきたカルメリアの精鋭と、魔女に頼ってろくな訓練もしてこなかった兵と、どちらが強いかわかりきっているでしょうに」
 シャルレイスが心底あきれたと言った感じで肩をすくめる。
カルメリアは快勝を続け、領地に入り込んだアルグレーン軍を退却させるどころか逆にアルグレーン領内へと攻め入っていた。
 アルグレーンの上層部が勢力争いを止め、団結して国を守らなければ国自体がなくなってしまうと気が付いたときにはもうすでにカルメリアの軍勢は王都に迫っていた。
「さて、どう攻める?さすがに今回は敵も必死だ。今までのようにはいかない。私の力を使うときではないのか?」
「はぁ…、全くこの子は…。あなたの力は使わないって言ったでしょ?」
 芝居がかったため息をつくと、シャルレィスは人差し指で私の額をピンと弾く。
「…何をする」
「でこピン」
「いや、そうではなくてだな…」
 私はため息をつく。もっともいい加減こいつのノリにもなれてきたが。
「お仕置きよ、お仕置き。どうしてあなたはそんなに自分の力を使いたがるの。『道具』が自分から使ってくれってせがむなんておかしいじゃない?」
「それは…」
 私は言葉に詰まる。
…何故だ?
思えば今までは休む間もなく出される主の命令に従っていれば良かった。
 あの軍を倒せ。
 あいつを殺せ。
 あの街を破壊しろ。
私は全てその通りにしてきた。
そして、役目が終わったら鞘によって封印される…。
それが道具である私の役目だし、疑問に思うこともなかった。
いや、疑問などという概念すら道具である私にはあるはずがないのに…。
 なのに、こいつときたら。
 力は使うな。
 この食べ物の感想を言え。
 好きな服を選べ。
 一緒に踊れ。
全く持って理解不能な命令ばかり。
疑問という概念が芽生えても無理ないかもしれない。
「…ま、いいわ。わかってるから♪」
「何?」
 どういうことだ、と聞こうとした時、不意に背後から声が響いた。
「これはこれはシャルレィス将軍、お久しぶりです」
 振り返ればそこにはクルセイドと中年の男がいた。
案内してきたのであろうクルセイドは憮然としたまま、中年の男は笑みを浮かべている。
「ラタール卿…何故ここに?」
「いや、何。アルグレーンとの雌雄を決する大事な戦い。今まであなたばかりに苦労をかけましたからね。この辺で選手交代というわけですよ」
 ラタールと呼ばれた男は笑みを絶やさずに穏やかに答える。
しかしながらその笑顔はまるで変化がなくさながら仮面の如くだ。
「…つまりは、私の代わりに総大将としてこの戦いに参加されると?」
「そういうことです。カルメリアのため、私も死力を尽くして戦わせていただきますよ。あなたは総大将の重責から解放されるというわけです。王も貴女のことをたいそう心配しておられました。一足先に本国へ帰ってゆっくりお休みください」
「なるほど…お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えまして部下たちには帰国の準備をさせましょう。…ですが、卿もいわれた通りこの戦いはカルメリアにとって重要な戦い。私一人のんびりと休んでいるわけにはまいりません。微力ではありますが、一兵士として軍にお加えください」
「…ふむ。そこまで言われるのなら…。ですが、くれぐれもご無理はなさらぬよう。それでは軍議がありますので」
 そういうとラタールは一礼してその場を去った。
そして、ラタールが遠く離れると、待ちきれないというようにクルセイドが口を開いた。
「何がお休みください、だ!!ふざけるにもほどがありますよ!!王都攻略の手柄を横取りしようって魂胆が見え見えじゃないですかッ!」
 叩きつけるように言葉を吐くと、力任せに近くの木を殴りつける。
「そうね。でも彼の方が身分は上、逆らえないわ。さりげに王の名を出す辺り、王の任命状も貰っていることでしょうし」
 激昂するクルセイドとは対照的に、シャルレィスはおどけた調子で肩をすくめて見せた。
「ですが…!」
「まぁ、いいじゃないの。別に私たちは手柄のためだけに戦っているわけじゃないはずよ。ここは言うとおりに国に戻って激戦の疲れを癒しなさいな」
「しかし、将軍が残られるなら自分も…!」
「ラタールは私が一兵士として残る、といったから許可したのよ。手柄の欲しい彼としては私が部隊を率いて活躍したら困るでしょ?ただ気がかりは、ラタール卿の動向ね。馬鹿ばっかりなアルグレーンもさすがにここまで追い詰められて団結してる。今までの快勝からアルグレーンを甘く見ていないといいんだけど…ま、一兵士としてなんとか見張らせて貰うわ」
 シャルレィスが珍しく真面目な顔でアルグレーン王都の方を見つめる。
王都は嵐の前のように不気味に静まり返っていた…。


 



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☆あとがき☆
久しぶりすぎる更新です。しかも外伝を(爆)
最近何事にも気力がなくて…こんなことじゃいけないんですけどね(^^;
外伝2は次回(もしかしたら別にエピローグはつくかもですが)で最終回です。


2003/07/04