カルメリア軍陣営には何事もなく到着した。
だが…。
「どういうことですか、シャルレィス将軍!!」
 司令部の天幕に怒声が響く。
シャルレィスが今夜の首尾を配下の部隊長たちに告げた直後のことだった。
「どういうことって…言ったままだけど?」
 怒声になど全く動じることなくシャルレィスがさらっと答える。
「言ったまま、じゃありませんよ!魔女を手に入れたらその力をもってアルグレーン軍も壊滅させてくるんじゃなかったんですか!?」
「そんなことするなんて私は一言も言っていかなかったはずよ。私は魔女をこの戦争に利用するつもりはありません」
 毅然として言い放つシャルレィス。
これにはさすがに私も驚いた。
私を…使わない?いままでそんなことを言った主はただ一人としていなかった。
「どういうことですか!?魔女の力があれば、戦いは圧倒的に有利になるんですよ?」
「そんなことはわかってる。でも、それで勝利を手に入れてなんになるの?
アルグレーン王がなんて呼ばれてるかあなたも知ってるでしょう。
『悪魔に魂を売った王』よ。だからこそ、アルグレーンと戦うカルメリアに表向きにではないにしろ援助してくれている国は多いのよ。私たちが魔女を使えばカルメリアも同じように呼ばれることになる。たとえ勝利しても周囲の国々の反応は冷たいでしょうね」
「そ、それは…。ですが、魔女の力さえあれば他国とてそうそうわが国を無視はできないはず…」
「黙りなさい、クルセイド!!異を唱える国をすべて力で抑える気!?それこそアルグレーンと同じになるつもりなの!?」
 普段のつかみ所のない調子とは打って変わった厳しい声が飛ぶ。
クルセイドと呼ばれた若き騎士はうなだれ、黙り込んでしまった。
そんなクルセイドの肩を隣の騎士が優しく叩き、口を開く。
「将軍…クルセイドはただ、魔女を使って戦いを早く収めれば兵や民への犠牲が少なく済むと、そう思って言ったのだと思います。あまり責められませぬよう…」
 その言葉にシャルレィスはため息をついた。
「あのね、それくらいはわかってるわよ。責めるつもりなんかないわ。
でもわかって欲しい。戦いを早く収めるためにこそ、私たちがいるのよ。
そのための方法を考えるのが私たちの仕事。魔女の仕事じゃないわ」
「はい…そう、ですね」
 うなだれていたクルセイドも顔を上げ、弱弱しくうなずく。
「はい、じゃあちゃっちゃと作戦会議といくわよ〜!アルグレーン軍は王を失って混乱しているはず。叩くなら今!もたもたしてはいられないんだからね!」


 作戦会議が終わったのは明け方近かった。
作戦開始までのほんの少しの仮眠をとりに自分の天幕へ戻るシャルレィスに伴いながら、私は思わず問いかけていた。
「私を使わないというのは、本当なのか…?」
「ええ」
 前を向いたまま迷うことなくきっぱりとシャルレィスは言い放つ。
「ならば私をどうするつもりだ?私は…どうすればいい」
「そうね…今はアルグレーンとの戦いが最優先だからあなたの処分は後回しだけど…いつかはあなたを処刑するか封印するかしなくてはいけないでしょうね。あなたに殺された我が軍の兵士たちの家族や友人が黙っていないでしょうし。それに、たとえ使わなくともあなたの力を持っているというだけで他国には脅威になり、余計な疑惑や反感を生むでしょうから」
「…そうか」
 処刑…すなわち、『死』。
ほぼ無限の命をもつ私には今まで考えたこともなかった言葉。
だがその言葉に私は不思議なほどの安心感を覚えていた。
 …安心?
道具である、私が?何故?
だが、確かに。私の心は安らぎを覚えていた。
「こらこら、何納得しちゃってるのよ?」
 気が付けば、シャルレィスが私の顔を覗き込んでいた。
「??」
「言っておくけど、私はあなたを殺す気はないわよ」
「…何?」
「正直言えば最初は殺す気だったけど。可愛い部下たちをあなたには何人も殺されたし、主のためならどんな殺戮でもこなす心のない冷酷な魔女、そう聞いていたからね」
「…そのとおりだろう。殺せばいい。主であるお前が死ねと言うなら私は抵抗はしない」
「人を殺した、ということなら私だってあなたに負けないくらい殺してるわ。自分の剣で、そして将軍という名のもとにね。
それに本当に心がない道具なら、使うものに問題があるんであって、道具自体に罪はないでしょう?例えばこの剣」
 そういうとシャルレィスは腰の剣を抜き放った。
昇り始めた朝日に照らされて剣は白銀の輝きを辺りに放つ。
「剣は人を殺すために作られ、何人もの血を吸ってる。でも誰も剣を罪に問おうなんて考えないでしょう?それでも殺そうと思ったのは、あなたの力はあまりにも大きすぎたから。道具だからと放っておくには、あまりにも危険すぎる」
「それも、そのとおりだろう。なのに、何故殺さない」
「…知りたい?」
 剣を再び鞘に収めながら、シャルレィスがいたずらっぽく微笑む。
「あ、ああ…」
 その笑みになんとなく気負されながらも、私はうなずいた。
「今はまだ秘密〜♪とりあえずあなたには私の一部下として、わたしと行動を共にしてもらいます。その際魔女としての一切の力を使うことを禁じます。これが、主としての私の命令。いい?」
 まったくもって理解不能な命令だった。
しかも言っていることが矛盾している。
「だ、だが、さっきのお前の話では『黒き魔女』である私がカルメリア将軍であるお前と一緒にいるだけで問題があるのではないのか?」
「その辺は大丈夫よ。あなたを奪ってきたことはまださっきの作戦会議にいた部隊長たちしか知らないし、『黒き魔女』の話を知らないものはいなくても、あなたの顔まで知っている人はほとんどいないんだから。あなたに会った兵士たちは全滅しているからね…。
ま、とりあえずその黒い服着替えちゃえばわかんないわよ、きっと♪」
 そ、そんないい加減な…、と思わず叫びたくなる。
真面目なのかいい加減なのか、どうにもこいつはつかみ所がない。
「あら、どうしたの?主の命令が聞けないなんていわないわよね〜?『道具』なんでしょう?」
「い、いや、わかった。お前の言うとおりにする」
「よしよし♪んじゃさっさと寝るわよ〜!作戦開始まで少しでも体休めなきゃいけないんだから」
 よしよし、と頭をなでられたかと思うと、襟元をつかまれて天幕へ引きずられる。
こ、こいつは本当に、どういうやつなんだ??
私は生まれてはじめて、これからのことに『不安』を感じていた…。




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☆あとがき☆
また本編そっちのけで外伝更新(おぃ)
なんか最近外伝かいてて楽しくて…そのうちさきちゃんに刺されそうだ(笑)
今回は外伝にしては少し明るめ、かな?
シャルレィスさんのキャラ絵も描こうと思ったんですが、挫折(早!)
誰かかいてくれないかなぁ…(無茶言うな(笑))

2003/04/10