王の天幕に来ると私は一度立ち止まり、声をかけた。
「呼び出しに応じ、ただいま参りました」
 いつもなら即座に中に入るのだが、先ほど礼をとるように命令されたのだから仕方ない。
「うむ、待ちかねたぞ。入るがいい」
 王の返答を聞き、私は天幕に入った。
数ある天幕の中でもひときわ大きな王の天幕の中、急ごしらえの、しかしながら野営地でのものとは思えないほどのベッドに王が腰掛けていた。
「…ただいま参りました。次の命をお言いつけください」
 なれない敬語で私がそういうと、王はおもむろに立ち上がり、私のほうへ近づいてきた。
「…?」
 いぶかる私を気にせず、王は私の背後に回ると抱きついてきた。
「今回の命令は、な。…わかっておるだろう?」
 にやついた顔でそういうと、王は私の胸に手を伸ばしてくる。
(…またか)
 私は内心ため息をついた。
今までの主の中にもこういう行動に出るものがいた。
と、いってもほとんどが男の主だったが…人間の男というのはこういった一時的接触を好むものなのか?
 私にはよくわからなかった。
どっちにしろ今までの経験からしてすぐに怒り出すのだろうが…
そんなことを考えていると、思いもかけず天幕の中に女の声が響いた。
「…前線の陣営でオタノシミとはずいぶん余裕なのね」
「…誰だ!?」
 苛立った声で王が叫ぶ。
声にこたえてか、天幕の奥から若い女が姿をあらわした。
長い赤い髪を後ろで一つに束ね、軽鎧にマントを羽織った気の強そうな女だった。
「カルメリアの赤き風…といえばわかってもらえるかしら?」
 言葉としては疑問系でありながらも、さも「わかって当然」といった余裕の表情で女が答える。
 カルメリア、とは今いるこの国のことだ。
現在カルメリアを侵攻中の王――アルグレーン国王にとっては敵国に当たる。
私が今日全滅させてきた部隊もカルメリアのものだ。
そしてカルメリアの赤き風といえば、カルメリアの中でも屈指の実力を誇るという女将軍、シャルレィスの事を指す。
「フン…将軍が単身敵陣に乗り込んでくるとはな。そちらこそずいぶんと余裕ではないか? ここでお前が死ねば戦局は一気にこちらに傾くぞ?いまでさえ十分にこちらが有利だというのにな」
 余裕たっぷりの女将軍に対し、王の方も余裕の笑みを浮かべながら言う。
「そうそう。残念ながらこっちが絶対的に不利だっていうことは認めるわ。
ま、だからこそこうして私が来たんだけど。私じゃなく、あなたが死ねば戦局はこっちに有利になっちゃったりするのよね〜」
 冗談とも本気ともつかない口調でシャルレィスが言う。
敵陣でこれほどの余裕とはたいした人間だ。
「貴様の下らんしゃべりに付き合う気はない。死ぬのは貴様だよ、シャルレィス。さぁ、魔女よ。やつを殺せ!」
 王が私に命じる。
だが、私は動かない。
「…?聞こえなかったのか?やつを殺せ!!」
 もう一度、王が怒鳴る。
だが、私はそんな王を冷ややかに一瞥したのみで動く気はなかった。
「無駄よ。あんたみたいなボンクラ王なら一人でも十分殺して帰れる自信あるけど、”黒き魔女”まで相手にするのはつらいからね。調べさせてもらったの」
 楽しげに言うシャルレィスに王が青ざめる。
「…まさか…」
「これ、な〜んだ♪」
 そういってシャルレィスが取り出したのは、豪華な装飾の施された剣の鞘だった。
それを見た王の顔は青いを通り越してもはや土気色になっていた。
「だ…誰か…!」
 ここに及んでようやく王が兵を呼ぼうとする。
だがその声はかすれ、天幕のすぐ外にすら届いていないだろう。
「…魔女よ、アルグレーン国王を倒しなさい!!」
 シャルレィスが私に命じる。
「…わかった」
 一声答えると、私は腰に下げていた剣で王を貫いた。
正確に、心臓を一突き。
悲鳴を上げるまもなく王は息絶えた。
絶命したのを確認して剣を抜く。
剣を抜いたことによって吹き出した血が頬をぬらす。
少し、気持ちが悪かった。
「これで、いいか?」
「…。命じておいてなんだけど、何のためらいもないのね。今まで仕えていたんでしょ?」
「確かに、前の主はこの男だった。だが、今の主はお前だ。私はこの剣の鞘を持った人間に従うよう定められた道具に過ぎない。特別な感傷はない」
「…そう」
 私の返答に、シャルレィスの顔から先ほどまでの笑みが完全に消える。
完全なる無表情。何を考えているのか読めない。
…もっとも、何を考えていようと私には関係のないことだが。
「…とにかく、カルメリアの陣営に戻るわよ」
「わかった」
 王の死体を天幕に残し、私たちは密やかに軍営を抜け出した。
夜の闇に、まぎれて。




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☆あとがき☆
久々の更新です〜。しかも本編じゃなくて外伝を(おぃ)
今回は友龍にしてはちょっぴりアダルティックなシーンも(何(笑))
シャルレィスさんは名前もないほんのちょい役予定だったのが、話しを考えていくうちどんどん重要になっちゃってるキャラです(笑)
書いててちょっと楽しいかも(笑)
とりあえずまだ本編のネタバレには全然なってないので当分本編より外伝の方が進行状況早いかもです。
本編も、更新しようとは思ってるんですけどね(汗)
それでは♪

2003/03/31