魔族。
その脅威に世界はさらされている。
魔界と言う異世界から来た、という以外はほとんどが謎に包まれている、異形の生物たち。
突如現れた魔族はその恐るべき力で世界を蹂躙し、人はその力になすすべもない。
立ち上がった勇士たちも魔族の軍勢に一人、また一人と倒れ、希望は失われていく。
 そんな絶望の世界で。
俺もまた、絶望の最中にいた――。

 赤かった。
何もかもが赤かった。
空が赤い。土が赤い。
この身も手も、そして…腕に抱えた妻も。
べっとりと、無理矢理に塗りたくったような赤に染め抜かれている。
「畜生…ッ」
 動かぬ妻を右腕に抱えながら、残った左手で剣を振る。
振るたび群がる下っ端魔族どもが面白いように切り刻まれていく。
 家に伝わる黒剣。
今までは鉛のように重く、ナマクラ程度の切れ味しか持たなかったはずのその剣は、いまや羽根のように軽く、何よりも鋭利だ。
最初からこの剣がこれほどの切れ味を持っていてくれたなら、こんなことにはならなかったはずなのに。
 いや、せめて。
普通の剣さえあってくれたなら、どうにかなっていただろうか。
 もとより剣の腕に覚えはあった。
剣一本を頼りに各地を渡り歩く冒険者。それが、自分だったのだから。
伴侶となるべき女性と出会い、この地に骨をうずめる覚悟をしたとき、俺は剣を捨てた。
 彼女と過ごす平穏な人生に、無骨な剣はいらない。
代々受け継がれてきた黒剣だけを残し、私は武器となるものは全て売り払った。
 それが裏目に出てしまった。家が街の郊外にあったことも不運だったと言うべきなのだろう。
 突然の魔族の襲撃に、何の備えも出来ぬままさらされ…その凶刃から最愛の人を守ることすら出来ずに。
「畜生…ッ」
 屍の山の中、剣を振り続ける。
体も心も重く打ちひしがれていく。
だが、皮肉なことにそうなればなるほど剣はその切れ味を増していく。
「畜生…ッ!!!」
 こいつがもっと早くこれほどの切れ味を持っていれば?
――違う。
「畜生…ッ!!!」
 あの時武器を捨てていなければ?
――違う。
「ちくしょぉぉぉぉッ!!!」
 もっと町の中心に居を構えていれば準備も出来たのに?
――違う…ッ!

『ねぇ、あなた。私ね、赤ちゃんが出来たの』

 そう恥ずかしそうに、けれど何より幸せそうに笑ったあの愛しき人を。
今はただ腕の中、物言わぬ重りと成り果てた彼女を。
―――守れなかった自分の無力が、カナシイ―――。

 …気づけば回りに動くものはなかった。
夢中で動き続けていたせいか、家からも随分とはなれている。
魔族は皆、死んだのだろうか。
それとも、俺に恐れをなして逃げたのか。
 だが、そんなことを考える気力すらなく。
俺はガックリと、その場に膝をついた。
それでも、抱えた妻だけは地に落とさぬようにと必死で抱える。
 その妻の姿に、影がさした。
「…!?」
 ゆっくりと、上を見上げる。
目に入ったのは黒い翼。
黒い翼と真紅の瞳を持った、異形の怪物。
上空からその黒い悪魔がゆっくりと降りてくる。
こいつが、さっきの魔族どもの、親玉。全ての元凶。
 けれど、不思議なことに憎悪の気持ちはわいてこなかった。
今更何になる?
胸を満たすのは悲しみだけ。この身を支配するのは無力感だけ。
 このままでいれば、そんなことも感じずにすむ。
悪魔の手に炎が宿る。
炎はみるみる膨れ上がり、巨大な火球となっていく。
 俺は妻を抱きしめ、ゆっくりとその目を、閉じた――。




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☆あとがき☆
前回の能天気さはどこへ行きましたか(聞くな(笑)
外伝3はリーンたちの戦いを一から追っては行きません。
ほとんど状況文だけでさくっと終わります。
ところどころ、ちょこちょこっと書くだけで。
なので細切れで唐突な印象を受けるかもしれませんが…ま、外伝ですから♪(おぃ(笑)
でもこれ前編的で次回も彼の一人称で同じシーンで続きます(^^;

2004/07/23