「…もう一度問おう。我が使命は、なんだ?」
 無機質とも思える平坦な声で魔女が僕に問う。
瞳をじっと見つめても、そこに感情らしきものは見えない。
「…。その前に、僕も一つだけ問う」
 そこで一旦言葉を切り、息を継ぎ直す。
「古き文献によれば黒き魔女は暴走して破壊衝動のままにアルグレーン一帯を吹き飛ばし、主であるシャルレィスをも殺害したとある。…それは、本当か?」
「…!?」
 僕の問いに魔女の目がわずかに見開かれる。
 今から200年前、ウォルヴィス建国の起源となった戦い。
小国カルメリアが大国アルグレーンを併合できたのは、アルグレーンが使っていた”魔女”が暴走し、自滅したからだと公の歴史ではなっている。
そしてその際魔女自身も自滅したと。
 だが、実際には魔女はウォルヴィス王城の地下に眠り、封印されていた。
それは事の顛末が書かれた一冊の書物とともに、ウォルヴィス王家の最大の秘密として王家の者にのみ、代々受け継がれてきたのだ。
 その書物は、その事件の際唯一生き残ったシャルレィスの部隊の者、その中でも事情を知るごく一部の者たちの証言によってかかれたものだ。そこには実際にはその戦いの前にシャルレィス将軍が魔女を奪っており、今僕が問いかけたようなことがあったのだと書かれていた。
 そして、魔女の力は強大だが主に忠実ではなく危険なもの。
だから絶対に封印を解いてはならない、とも。
「私が…シャルレィスを、殺した…?」
 虚を突かれたかのように呆然とした声が漏れる。
そして、沈黙。先ほどまでの能面さが嘘のように様々な感情が魔女の顔に浮かんでは、消えた。
「…あぁ、そうだとも…。シャルレィスは、私が殺した」
 やがて、笑いをかみ殺すような声でそんな答えが漏れた。
「く、やはり…!」
「待ってくれ、兄さん」
 背後で兄さんが剣を構えようとするのを片手で制する。
だが、制するまでもなく兄はその動きを止めていた。
…魔女の変貌を、その目にして。
「殺した、殺した、あぁ私が殺した!!主を守るのも道具としての私の役目。だが、私は守れなかった…!あんな馬鹿な主でも守らねばならなかったのに…!…守りたかったのに…」
 笑っているのか怒っているのか泣いているのか。
おそらくは自分でもわかっていないのだろう。爆発的な感情の発露によってその目には涙すら浮かんでいた。
 それで、確信した。文献に残された真実を。
絶対に封印を解いてはならない、と魔女の危険を説いたその書物の一番最後。
クルセイドという名の騎士が残した一言。

私は彼女が次に目覚める時は平穏な時代であって欲しいと切に願う

 魔女は危険だ、封印を解くなという内容からは矛盾したその一言。
それこそが、彼が本当に残したかった一言だとしたら…?
魔女がアルグレーンを滅ぼしたのは事実で、その力は恐るべきものだ。
悪用を避けるためには危険だと強調するしかなかったのかもしれない。
だけど最後の最後、偽りの危険性を語った後の最後の良心があの言葉だったとしたら。
 …魔女の変貌はひと時のことだった。
震える体を抑え、ゆっくりとうつむいた顔を上げる。
そして再び最初の能面に戻ると魔女はあの無機質な声で言った。
「質問は、終わりか。それで我が使命は?」
 それが、カチンと来た。
最初の変貌で僕の心は決まっていたけれど、今ので完全に決まった。
「…決めた。君の力を借りる」
「封印を解いたのだからそれはわかっている。私は何をすればいいんだ」
 あくまで事務的に聞いてくる目の前の少女に心底腹が立ってくる。
それで誤魔化せたつもりなんだろうか。
そんな平静を装って、道具を演じて。
僕でさえ誤魔化せてないって言うのにそんなんで自分を誤魔化せるわけがないじゃないか…!
「力を借りるのは、仲間としてだよ。主として命令するんじゃない。君には、僕の仲間になってもらいたいんだ」
 きっぱりと、そう断言する。
口調が怒鳴るように少しきつくなってしまったのは勘弁して欲しい。
だってあんな態度、あんまりにも頭にくるだろう?
「な…」
 魔女と兄さんが揃いも揃って口をぽかんと開けている。
…そんなにおかしいことを言ってるつもりはないんだけどな。
「…おい」
 先に硬直から脱した兄が僕の横まで歩いてきて肩をぽんと叩いた。
「兄さんは、やっぱり封印しろって言うのかい?」
僕よりも頭一つ分背が高い兄の顔を見上げながら尋ねる。
「…いや。どうせお前は言って聞くようなヤツでもないしな。 それに…私も少々彼女をこのまま眠らせるのには…あ、いや」
 慌てたようにごほごほと咳払いをし、苦笑を浮かべながら続ける。
「事態が事態だ。危険がないのなら魔女の力は貴重な戦力だ。仲間にするのに依存はない。…もっとも、色々とごまかしが大変になるだろうがな」
「その辺は兄さんの政治手腕に期待してるよ」
 ニッコリと笑って言うと、こつん、と頭を小突かれた。
「得な性格してるよ、お前は」
「へへ」
「…仲間、だと?私は道具だぞ。人間扱いされるいわれはない」
 そんな僕たちを冷たい目で眺める魔女。
まったく頭が固いというか強情というか…いー加減切れるぞ、僕も。
「それ、禁止。二度と道具とか言ったら承知しないからな」
「事実を述べただけだ」
「そう思ってるのは君だけだって。いや、君だって本当は気づいてると思う」
「気づくも何も事実は、事実だ」
「嘘つき」
「嘘などつかない」
「強情者」
「何を言おうが返答は変わらない」
 あーなんか子供のケンカじみてきたなぁ。
そうは思いつつもここで退く訳にはいかない。
「〜〜〜ッ!…わかった。じゃあ…シャルレィスは君に何て言った・・・・・・・・・・・・・・?」
「…!!」
 沈黙。
この発言はある意味賭けだった。
僕はシャルレィスを知らない。なにしろ200年も昔の人物だ。
けれど、さっきの魔女の反応、そして文献に残された言葉。
そこから考えれば、シャルレィスが彼女をどう扱っていたかは想像に難くない。
「君はさっき守れなかったといった。だったら、シャルレィスの言葉くらい、守ってあげてもいいんじゃないかな?」
「…それは、主としての命令か?」
「そうとってもらっても構わない。主としてって言うのは道具扱いするみたいで嫌だけど」
「…わかった、命ならば聞こう」
 はぁ、とため息とともに答える魔女。
命ならば、というのが気に入らないけれど、まぁ今は仕方がないだろう。
まったく。本当に道具だったらため息なんかつかないってこと、どうしてわからないんだろう?
「うん、それじゃあ、よろしく。あ、そうだ、名前は?」
「…ど…。名前などない」
 あ、今また『道具に名前などない』とか言おうとしたな。
まぁ、いいなおした辺り律儀と言うかなんと言うか。
自然、笑みがこぼれた。
まったく、魔女だなんてよくいったものだ。
…よし。
名前をつけよう。彼女にふさわしい名前を。
彼女がその力から魔女と呼ばれたのならば、それは違う可能性をも示している。
力は使うもの次第。魔女と、悪魔と呼ばれるべきは本来主の名の下に彼女を使役してきた者たちなのだ。
とはいえ僕も彼女の力を借りようとしている。クルセイドの願いに反して僕は戦乱の世に彼女を目覚めさせてしまった。
 でも僕は彼女に自分の力の意味を知って欲しいと思う。
彼女の生きる平和な世界を僕ら自身の手で勝ち取るのだ。
魔女になれるのなら、彼女はきっと救い主にだってなれるのだから――。

「じゃあ君に名前を。…僕はリーンだ。よろしく、レッター・・・・
 僕は、僕らの救い主である少女にそう笑って右手を差し出した。




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☆あとがき☆
はい、外伝3です。
うわーとうとう黒き魔女の正体ばれたー!
…って、最初からバレバレ?(汗(笑)
黒髪に緑の瞳だし口調あんまり変わってないし(笑)
それでも一応ネタバレ考慮で本編で明かすのと同時にこっちを公開しました。
ただほんとは本編で明かすのもずっと後で、この外伝は本編の最終回後かラスト付近で書くつもりだったんですが。
ちなみに文章中太字のところは本当は太字じゃなくて文字の上にルビで・をつけて強調したかったんですが、やり方がわからずあーなってます(涙)
に、しても長い…今回更新の本編同様異様に長いです(汗)
久々ってことでとりあえずご勘弁を〜(滝汗)

2004/02/16