カツン、カツン…
硬い石段を硬い靴底が踏みしめる音がする。
小さな明かり取りの窓からほんの一条だけ光が差し込む薄暗い室内。
足音は、その入り口、重い鉄扉の向こうで止まった。
ガチャガチャと金属の絡み合う音がしたあと、ギィと軋んだ音がして扉が開く。
開いた扉から、窓から差し込むのとは違う光が差し込む。
「ここか…」
誰かが呟く声が聞こえた。
おそらくは扉を開いた主だろう。
正確にはこの光景を”見て”いるわけではない私には、その姿まではよくわからない。
もっとも、見ようとも思っていない。
私の中はただうつろだった。
音も、声も、はるか遠い世界のもののように、ただ響く。
だから、その音が自分のすぐ近くに来て立ち止まっても、なんの興味もわかなかった。
「やめろ…!」
その時、先ほどの声とはまた違う声が響いた。
鋭いその声すら追い越すかのようなせわしない足音が響き、部屋の中に入ってくる。
その時、私の意識は本来ある場所へと引き戻された。
真っ暗な闇。
目を閉じているわけではない。開けていても何一つ見えることのない闇の中に私はいた。
「……」
うつろなままの私にはすぐに状況が把握できない。
みじろぎもせず、ただそのままじっとしていた。
状況を把握していたとしても何もしなかっただろうが。
「抜いて、しまったのか…!」
愕然とした声がする。
「心配性だな、兄さんは。大丈夫だよ。さぁ、御伽噺の”黒き魔女”のお目覚めだ」
闇が消える。
私の入った石棺を覗きこむ顔を見て、うつろだった私に一瞬の驚愕が走る。
「シャル…レィス!?」
呟いてからすぐに、別人だと気づいた。
目の前に見えるのは少年の顔だったし、顔つきも全然違う。
ただ、燃えるような赤い髪と、少年の持つ雰囲気が、私に錯覚させたのだろう。
「へぇ。僕と”カルメリアの赤き風”は似ているのかい?」
ニッコリと笑う。
その笑いは、やはりどこかシャルレィスに似ていた。
「…さぁな。それより封印を解いたからには用事があるのだろう?新たな主よ」
石棺から身を起こし、少年を見据えて問う。
道具として自分のやるべきことはただ一つ。主の命に従うことだけだ。
「用事などない。貴様はすぐに封印する!」
少年の後ろから怒声が響く。
声は少年の後ろに立っている青年からのものだった。
少年より3つか4つ年上であろうその青年は、少年と同じ赤い髪を長く伸ばし、黒いマントに黒い服という黒ずくめの服装をしている。
その声が震えているのは怒りから、というよりは怯えからくるものだろうか。
「…もう一度問おう。我が使命は、なんだ?」
私は自分に怯えの混じった敵意をぶつけてくる青年を無視して目の前の少年に問うた。
当然だ。私の主は剣の鞘を持つ者。
主のみの命令を聞くのが私に定められた道具としての役割。
命を与えられたらそれをこなす。
ただ、それだけのこと。
少年はそんな私を無言でじっとみつめている。
「…。その前に、僕も一つだけ問う」
しばしの後、じっと瞳を見つめて少年はそう、口にした。
次へ進む。
隠しTOPへ
2004/02/16
|