守るための剣(前編)
mixi日記で書いたものそのまんまです(笑)
長いので2つにわけてありますが、
長さで分けてあるので特に「引き」とかはないですw





 風を切る轟音がシャルの頭上を通り過ぎる。
「…ッ!!」
 腰を落としてそれをやりすごすと同時に溜めに変え、たった今頭上を通り過ぎた『腕』を潜り抜けて胸元を逆袈裟に斬り上げる!
 続く斬撃は、しかし、再びに振るわれた腕の一撃により吹き飛ばされて止まる。
吹き飛ばされたシャルは空中で石のように固い巨大キノコに剣をつきたて勢いを殺すことによって石壁に叩きつけられることなく着地した。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
 呼吸を整える暇もなく、再び剣を構えて駆ける。
対峙するは黒き狼の王…メイオウ。
いや、正確にはメイオウではない。
ドミニオン界に存在するという冥獣メイオウ、そのエミル界における亜種ともいえるのがこの『はぐれメイオウ』だ。
メイオウのような自己治癒能力こそないが、その能力はメイオウに匹敵する、恐るべき魔物。
それにシャルは無謀にも一人で挑んでいるのだった。



「フィオの容態が悪化してね。…今夜が峠らしい。
悔しいよ。ここでこうしてみていることしかできないなんてね…」
 いつものように、ふらりと立ち寄ったアイアンサウスの少女の家で。
吟遊詩人のブラッドはシャルにそう告げた。
目の前の粗末なベッドでは苦しそうにあえぐフィオの姿。
フィオの母親の姿はそこにはない。
薬を求めて町へ行った彼女の代わりにブラッドがフィオの面倒を見ていたのだ。
「デルタのサーガを覚えてるかい?デルタが、牙を薬にするためはぐれ白狼と戦っただろう?
…東風が教えてくれたんだけどね。ファーイーストの深き森の奥に住む、はぐれメイオウの牙も薬になるらしいんだ。そしてそれならば…今のフィオを救うことが出来る」
「本当に!?」
「うん。風が教えてくれたからね。牙さえあれば調合できるよ。
だけど、はぐれメイオウは「はぐれ」とつくだけあってその存在自体がとても希少なんだ。
ましてやその牙ともなれば…露店で見つかる確率はかなり低いと思う。
あったとしても、どれほど高額なことか…って、シャルレィス!?どこへ行くんだいっ!?」



 そしてシャルは今ここにいる。
飛空庭を飛ばし、ドラゴを走らせ、全力で森の奥へと突き進み、たどり着いたのだ。
すぐに住処が見つかったのは幸運と言っていいだろう。
もしかすると、ブラッドの友達の風が知らず導いてくれたのかもしれない。
「…まずいッ!!」
 はぐれメイオウが詠唱を始めたのを察し、シャルは慌ててはぐれメイオウに背を向けて走る。
暗い森の中、暗黒色の土の上に広がる紫色の魔法陣の輝きから、最後には転げるようにして逃れる。直後、背後ですさまじいまでの闇の力が発動され、その余波でシャルはさらにゴロゴロと転がって行った。
その勢いのまま立ち上がると、腰を低く落とし、向かってくるはぐれメイオウを待ち受ける。
「破ぁッ!!!」
 横薙ぎの一撃からすかさず縦斬りへ、そして最後には再び横薙ぎに払う。
流れるような居合いの連携。
メイオウとともに襲い来る魔狼へのけん制も忘れずにこなしつつ、縦に。袈裟に。水平に。
あらゆる隙を求めてシャルは斬撃を繰り出し続ける。
もう腕も足も、体中が鉛のように重い。
それでもその鉛ごと、シャルは休まず剣を振り続ける。
 誰かのために、強敵と戦う。
自分がずっと夢見てきたシチュエーションだな、と不意に思ってシャルは自嘲する。
守る守るといって、剣を振るいたがった自分。
 だけど、『守る』なんてウソだ。
自分は想像の中で何度も何度も。
『守る』といった仲間や友人達を危機に陥らせ、重傷を負わせた。
そしてそれをサーガの中の英雄のように勇ましく戦い助ける自分の姿だけを望んでいた。
守る相手なんて誰だってどうだっていい。むしろその危機を望み続けてた。
夢見ていたのは、自身の活躍だけ。『守る』なんて何て底の浅い言葉なのか。
「ガルルルルルッ!」
「うわ…っ!?」
 そんな思考を走らせた一瞬の隙をつかれて、魔狼が利き腕に喰らいつく。
「放せぇええええ…ッ!!!」
 喰らいついた魔狼に、左手に持ち替えた剣を突き立てる。
断末魔の悲鳴。それでも突き刺さったままの牙をむりやりに引き抜くと、再び両手で剣を握り、構える。流れ出す血は気にも留めない。
そんな暇など、ない。
魔狼にかかりきりだった今の隙をついてこなかったはぐれメイオウの動向をあわてて探る。
「しま…ッ!?」
 紫色に輝く足元の地面。
慌てて駆け出すも、この超広範囲魔法を抜け出すにはもう間に合わない…!!!
 紫金の閃光、そして衝撃。
メガダークブレイズの直撃を受けたシャルは吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。


 ―――力が入らない。
地面に叩きつけられて、痛いはずなのにその感覚すらない。
ぼやける視界の先で、はぐれメイオウが眷属である魔狼たちを新たに召喚していた。
先ほど最後の一匹に止めを刺してしまったためだろう。
メイオウは、常に眷属を周囲に連れて行動する習性があるのだ。
だからこそ一匹だけは残しておいたのだが…これでまた振り出しに戻ってしまった。
唯一の幸運があるとすれば、吹き飛ばされた際にちょうど巨大キノコの陰に隠れてはぐれメイオウがこちらの姿を見失ったことだろうか。
どうやら嗅覚等はそれほど優れているわけではないらしい。
 だが、それも時間の問題。こちらからは見えているのだ。
やがてはぐれメイオウもこちらを見つけるだろう。
(早く起きなきゃ…あいつを倒さなきゃ…)
 そう思っても体は一向に動かない。
わかっている。この状態では多数の魔狼をひきつれたはぐれメイオウに再び挑むことなど出来ない。時空の鍵で町へと帰り、体勢を整えてから再挑戦するのが冒険者としての正しい選択だろう。しかし。
(もう時間がないのに…っ)
 アイアンサウスを出てから、もう数時間以上が経過している。
ブラッドは今夜が峠だといった。例えはぐれメイオウを倒せても、時間切れではなんの意味もないのだ。
(もう無理なのかな…)
 現実は夢想していたようにうまくはいかない。
こんな危機、訪れない方がずっと幸せだったのに、望み続けた罰なのだろうか。
どうせ、こんな底の浅い自分ではこの程度。だけど。

―――だけど、今度だけは本当に。
守りたいと思ったんだ。強く、強く!!

倒れたまま、シャルは力の入らない拳を必死で握り締める。

『フィオもかならずげんきになるから……。
そしたらいっしょに「ぼうけん」しようね!』

 走馬灯、というのだろうか。
かつての約束が脳裏をよぎる。

『おねえちゃんはブレイドマスターなんだよね?』
『そうだよ』
『じゃあ、フィオはウァテスになる!そしておねえちゃんのけがをなおしてあげるの!
あ…でもおねえちゃんがけがをしないように、いっしょにたたかえたほうがいいのかなぁ?』
『病気が治ってからゆっくり考えれば良いよ。私はちゃんと待ってるから』
『うんっ♪やくそくだよっ!!』

 向けてくれる笑顔がまぶしかった。
兄弟のいない自分にとっては「おねえちゃん」と呼んでくれる事がものすごくくすぐったくて、けれどとても温かった。
 絵を喜んでくれた。
自分のどんな小さな冒険譚でも瞳を輝かせて聞いてくれた。
デルタのサーガに胸を躍らせながらも、主人公のデルタの境遇にまで思いを馳せる、そんな心優しい少女だった。
―――彼女にもう一度笑ってほしい。
 そこに。
英雄のように凛々しく戦う自分の姿などなくていい。
どんなにみっともなくて情けなくても。
彼女の笑顔に至る道さえあれば、それで…!!


 そうして、シャルは。
巨大キノコにもたれかかるように立ち上がり、血にまみれた手でウェストポーチにしまいこんでいた古びた眼帯をとりだした。






後編へ続く