守るための剣(後編)





  「―――巴。聞こえる?」
 シャルは眼帯をつけながら、そこに宿る女剣士の魂に語りかける。
皮肉な話だが、今の弱りきった自分ならば巴と意思疎通が出来るはずだ。
『…あぁ』
 予想通り。聞きなれた『声』がシャルの脳内に響く。
彼女は眼帯に宿る、魂だけの存在。
しかし、シャルと精神の波長が同調した時、あるいはシャルが弱り、身体への支配力が落ちた時にはこうして意思疎通し、シャルの体を代わりに操ることが出来る。
そして、彼女はシャルなど及びもつかないほどの剣豪なのだ。
「巴なら、すぐにアイツを倒せるよね?」
『…。仮に時間をかけたとしても、私の力に今のお前では耐えられない。
ましてや今すぐなど無理な話だ』
「私は耐えられるかどうかなんか聞いてないよ、巴。
アイツを倒せるかどうか、それだけを聞いてるんだ」
『…』
「できるよね…巴なら」
『無論だ』
「じゃあ、お願い」
 言ってシャルは本当にあっさりと。自身の体を巴に明け渡した。
シャルとは長い付き合いになるが、こんなことは初めてだった。
今までシャルが自分の非力を認めて自分から巴の力を借りようとしたことなどただの一度もない。
「…」
 巴としては、宿主であるシャルが『壊れて』しまうのは得策ではない。
シャルの体ははぐれメイオウとの戦いでボロボロだ。
例え万全の状態だったとしても巴の技に耐えられるかどうかわからないというのに、だ。
シャルはまだまだ未完成だが、宿主としての素質は優秀だ。
自身の目的達成だけを考えるのならば、ここは無理矢理にでも鍵で町に帰り、回復に専念させた方がいい。
 けれど、同じ剣の道を志す者として。
一人の剣士が相手の実力を信じて自分の剣の全てを預けたのだ。
それは決して斬り捨てられる願いではない。
「―――承知」
 シャル…いや、巴が、剣を握りなおし、キノコの陰から姿を現す。
見失っていた獲物の姿を見つけたはぐれメイオウは歓喜の雄たけびを上げると…その動きをピタリと止めた。
 空気が違う。
矮小な獲物を追いかけていた先ほどまでとは違う。
むしろ今は、自身こそが一方的に狩られる獲物になったのだということを、はぐれメイオウはその動物的本能で理解する。
巴の隻眼の鋭き眼光がはぐれメイオウを射抜き、はぐれメイオウは今まで感じたことない「恐怖」という感情に支配されていた。
そんなはぐれメイオウに、巴は静かに『宣告』する。


「来るがいいメイオウ。私は慈悲深い。
お前の脳が痛みを理解するよりも早く。

―――その命、消してやる」


 言葉とともに吹き出す闘気にシャルの全身が軋み、ぶちぶちと嫌な音を立てる。
シャルの体では巴の『本気』を受け入れるにはまだまだ足りないのだ。
(構わない…!今この一瞬、巴の繰り出す一撃にさえ耐えられればそれでいい…ッ!!)
 はぐれメイオウを倒し、牙さえ手に入れれば。
後は時空の鍵で町へ戻れる。そこにいる復活の戦士に牙を渡せばフィオは助かる。
巴の中で、シャルも自身の体の悲鳴を必死でねじ伏せながら戦っていた。
 対するメイオウは自身の中に渦巻く『恐怖』が理解できずに戸惑い、動けない。

「時間がないのでな。こないのならばこちらから行かせてもらう…ッ!!」

 静かな叫びとともに、巴が一瞬ではぐれメイオウへと肉薄する!
メイオウが目前に現れた巴に視線を移すよりも早く。
巴の振るう大剣が紅く閃く!!

剣の閃きは一瞬、しかし斬り付けた刃は五度。

一の太刀で皮膚を裂き。
二の太刀で肉をえぐり。
三の太刀で骨を砕き四の太刀でその内側の心臓を突く。

そして。


五の太刀で全てを断つ…ッ!!!



 刃の残光が消えたその時にはすでに、はぐれメイオウはその場に両断されていた。
リーダーを失った魔狼たちは、巴の放つ闘気にしっぽを丸め逃げ出して行く。
「…フン」
 巴はメイオウの口へ再度刃を一閃させ、落ちた牙を拾い上げると体をシャルへと返す。
シャルは最早スクラップ寸前の体を無理矢理に動かし、鍵でアイアンサウスへと飛んだ。



「そ…んな…」
 鍵で戻ったアイアンサウスの町には誰もいなかった。
いつもなら必ずいるはずの復活の戦士が、いない。
タイミング悪く誰かを救助に行ってしまったところなのかもしれない。
復活の戦士に牙を渡せば、と思って意識をつなぎとめていたシャルにそれは絶望的だった。
人のいる街中まで行けば…そう思うも体はとうに限界を超えている。
「…そこにいるのはシャルではないですか?…その傷は一体…!?」
 不意に聞こえた聞き覚えのある声。
倒れかけたシャルに駆け寄り、抱きとめてくれたのは凛々しい表情をした金髪の少女だった。
凛々しくも、ぴょこんと頭上に突き出たくせ毛がどこか愛らしいブレイドマスター。
「これを…!これを今すぐ下層階のフィオに…っ」
 シャルは彼女を認めると、最後の気力を振り絞って牙を渡す。
「お願い…!早く…早くフィオに…っ!!!」
 そこまで言うと、シャルの全身から全ての力が抜け、支える少女の腕が急な重みに幾分下がる。
「牙…?しかし、この傷は…」
 意見を求めて振り返ると、連れの少女がすでにリザレクションの詠唱を開始していることに気付く。
ヒーリングではなく最初からリザレクションであることからも、癒しは専門外の彼女にもシャルの容態がひどいものだと分かる。
 一瞬の逡巡。
シャルを病院に連れて行くべきか。
それとも彼女の願いを聞き入れて牙を届けにいくべきなのか。
「…行って下さいです。シャルさんは私が必ずもたせますから」
「わかりました。途中で人を呼びます。どうかそれまで…!」
「はいです!」
 金髪のブレイドマスターはそっとシャルを地に横たえると、牙を持って滑るように走り出す。その後姿はみるみるうちに小さくなっていった。





 1週間後。
フィオははぐれメイオウの牙から調合された薬によって峠を越し、以前に近い状態にまで回復していた。
 そして、シャルも。
奇跡的にその命を取り留めていた。
病院に運ばれるまでかけ続けられたリザレクションが、彼女の命をつなぎとめたのだ。
フィオに牙を届けたブレイドマスター、そしてリザレクションをかけてくれたドルイドの少女は急ぎの旅の途中だからと、シャルの意識が戻る前にアイアンサウスを発っていた。
 意識を取り戻し、病院のベッドの上でそれをフィオの母から聞かされたシャルは、いつかお礼を言わないとな、とつぶやいていた。
 そんなシャルの様子を温かくみつめながら、フィオの母は側に控える医師に問いかけた。
「先生、シャルレィスはもう大丈夫なんですね…?」
「えぇ、驚くほどの回復力ですよ」
 それを聞いて安心したようにうなずくと、彼女は笑顔で手を振り上げた。


パンッ!!!


 乾いた音が病室の中に響く。
「あ…」
「無茶ばかりするんじゃないよ、この子は…ッ!!!
あんたにだって親はいるだろう!?親を泣かすような子は承知しないよッ!
いいかい?
自分の実力を把握し行動するのが一人前の冒険者だ。それをよく覚えておきな」
「……はい」
 紅くなった頬を押さえながら、真面目にシャルはうなずく。
自分に『巴』という存在がなかったら。
そして運よくあの場にあの2人が通りがかってくれなかったら。
間違いなく、自分は死んでいたのだから。
「でも、ね。アンタの無茶のおかげでフィオは助かった。
…フィオの親として、お礼を言わせて貰うよ。ありがとう、シャルレィス」
 打って変わって、優しい表情を見せられて、不覚にもシャルの涙腺が緩む。
「…ぁ、ぅ」
 人前で泣くことを何より恥ずかしいと思っているシャルは、誤魔化すため視線をそらそうとして…

「おねえちゃ〜〜〜〜〜〜んっ♪」
「シャルさんが入院しているのはここですの!?」

ばふっ!!

聞こえてきた二つの声。
そして声すら追い越すほどの勢いで飛んできた小さな何かは一足飛びにシャルのベッドの上に乗りシャルに飛びついた。
「うぐぁああだだだだだだだだだだだだだだだだだッ!!痛い!!!痛いよ、フィオっ!!」
「あ。ご、ごめんなさい。けほっこほっ」
「こらフィオ。そんな無茶して。また寝込んだらどうするんだい。 今日はまだうちで待ってなさいって言ったろ?」
「ごめんなさい…」
 部屋に入ってきたのはフィオだった。
そして、フィオに少し遅れて、沙都子。
シャルが入院した知らせを受けてアクロポリスから飛んできてくれたらしい。
沙都子は涙目のシャルをジト目で見つめてつぶやいた。
「まったく情けないですわねぇ。泣くほど痛いんですの?」
「ち、違!!!これは…あ、いや、その…あぅ」
 思わず本当のことを言いそうになり、それも結局は恥ずかしくて言えないことに気付いてシャルが情けなく口ごもる。
そんなシャルの様子を見てフィオの母が吹き出す。
それにつられるようにして、フィオも、沙都子も。
「あ、あははははははは」
 シャルは皆に笑われて苦笑を浮かべ…やがてそれは本物の笑顔となる。 初めて守ることが出来た笑顔を見ながら、そして皆に助けられた命を実感しながら。
シャルは『守る』ことの意味をもう一度考え始めていた。
―――いつか、きっと本当の意味での『大切な誰かを守れる剣』になるために。





〜おまけ〜
シャル「やった…!!はじめて!はじめて私メインのシリアスなSSが…っ!!」
沙都子「…え。夢オチとかシャルさんの妄想オチではないんですの!?」
シャル「…あぅ。そんな真顔で驚かなくても…(涙)本当だよ!ね、勇希?」
勇希「あー、うん。でもほら。シャルはやられただけだしー?
シリアスって言ってもカッコよく活躍したのって巴だけじゃない?(ニッコリ)」
シャル「…orz。いいんだ、どうせどうせ…(地面にのの字を書き始める)」
勇希(うーん、やっぱりシャルってからかうと楽しいなぁ♪)
沙都子「と、いうか。どうして勇希さんがここにいるんですの?
SS日記には今まで登場しておりませんですわよね?」
勇希「最初はこのSS、私とシャルでメイオウと戦ってたの。
でも2人だと描写がめんどいからって切り捨てられたんだ」
沙都子「…それは…ご愁傷様ですわね…(汗)」
シャル「ううううう。いいんだ。今は無理でもいつか一人でメイオウ倒してやるからっ!!」
勇希「あ。立ち直った」
シャル「ぽーちまんぎるどの掟その3っ!!
右の頬を張られたら…3往復ビンタにしてやり返せっ!!見てろ、メイオウーー!!」
沙都子「また適当に勝手な掟を作ってらっしゃいますわね…」
シャル「(←聞いてない)そのためにはやっぱり彼女みたいな必殺技が欲しいところだよね!」
沙都子「彼女って…最後にちょこっと出てきた金髪のブレマスさんですの?」
シャル「そうそう!んー。なにがいいかなぁ。約束されし勝利のポーチ!!!とか?」
勇希「それじゃ彼女の2番煎じじゃない?」
金髪のブレイドマスター「…それ以前にそれは一体どんな技なのですか…(呆れ」


おわりw




はい、こんな長いもの読んでくださった方、ありがとうございました!
どーでもいいのですが、私コレ書き始めた時点ではメイオウの森行ったことありませんでした(笑)
なのでコレのために一人でインスDのメイオウと戦ってきたんですが(ちなみに一人でも勝てましたw)
ある程度書いてから「やっぱり普通の方も見ておかないと設定がわからないしなぁ」とイベントこなして行ってみたら。
どうもメイオウは監獄から抜け出した一匹だけっぽい?
なので慌てて設定捏造。
はぐれメイオウなるものを生み出してしまいましたw
別に妄想だからゲームと違ったって構わないんですが(実際違うしw)、その辺は微妙なこだわりですw
巴の攻撃もキャスト・ディレイなしの無拍子→高速百鬼哭のイメージで(笑)
サイトの他のSS見ると分かりますが、私普段基本的にほのぼのものばかり書いていて、バトルシーンがあっても適当にごまかしていたんですが。
今回は少し頑張ってみよう!と挑戦してみました。戦闘シーンをこんなに書いたの初めてかもしれません(笑)
こんなんでいいのかなー?どきどき。
書いてたとき聞いてたイメージBGMは全部ひぐらしでした(笑)
最初からメガダークブレイズを受けるまでが「彷徨いの言葉は天に導かれ」で、倒れてからが「Birth&death」、でもって巴が「承知」という辺りからが「you−Destructive」です(どーでもいい(笑)

ちなみにラストの方で出てきた二人組は知り合いのキャラさんですw
登場許可を頂いたので出しちゃいました(笑)
巴とこの二人を書いてみたくて書き始めた話だったので、ラストの締めがかなり微妙です…(汗)
もうちょっとうまくまとめられれば良かったのですが・・・orz


2007/04/18