バルドル戦記



死を恐れるもの。
死を恐れぬもの。
戦う意味を持つものと、戦う意味を持たぬもの。
本来深き関わりを持たぬ白神と若さの女神。
二人の出会いは未来に何をもたらすのか――?


バルドル戦記第3話、

『Baldr and Izunn
      −出会い−    』




 前方に、巨大な戦闘艦が見える。
「見つけた、バルドル…」
 ティーリスは呟く。確かにあの艦の中から、バルドルの存在を感じる。
ティーリスは回線を開いた。
「…前方の艦、責任者の方、聞こえますか?」
「…こちらは統合軍戦闘艦スキーズブラズニル。そちらの名前と所属は?見たところ、データにない機体のようだけれど」
 穏やかな、女性の声で通信が帰ってきた。
ティーリスは少し驚く。
あれほどの艦の艦長ともなればいかつい男性なのだろうとばかり思っていた。
「こちらはイズン、そして私はティーリスと申します。…所属は、申し訳ありませんが、明かせません。今回は、お願いがあって参りました」
 目的はただ一つ。
だが、ティーリスはその要求が受け入れてもらえる可能性が低いことを承知もしていた。
「…何かしら?」
「そちらの艦に、バルドルが乗っていますね?それを、渡していただきたいのです」
 そう、自分はそのためにこそやってきたのだから。
自分の目的はガルナと違ってバルドルを倒すことではない。
戦わずにバルドルを得ることが出来るのならそれに越したことはないのだ。
「…バルドルなど知らない、といっても信じてはもらえないのかしら?」
 とぼけたような声が返ってくる。
「ええ、残念ながら。バルドルは確かに、その艦に乗っています」
「…それなら、仕方ないわね。返答は、ノーです」
 先程のまでの口調とはうってかわった、凛とした声での返答。
予想していた答えに、ティーリスの顔が曇る。
「バルドルは、本来あなたたちの元にあるべきものではありません。
バルドルを少しでも調べたのなら、それがわかっていただけていると思いますが…?」
「それでも。軍人として、こんな兵器を所属も明かせない相手に渡すことは出来ません」
 それは正論なのだろう。
軍として、バルドルほどの強力な兵器をそう簡単に手放せるわけがない。
ましてや相手が正体もわからない、得体の知れない相手ならばなおさらだ。
「仕方が、ありませんね…。不本意ですが、無理矢理にでも、奪わせていただきます…!」
 ティーリスは戦艦へと突撃を開始する。
戦艦からの砲撃が始まるが、戦艦からイズンを狙うという行為は人間が蚊を落とそうとする行為に等しい。
自然、砲撃は無差別な、多方面に向けたものになるが、その程度ならばイズンの機動力の方が勝る。
イズンは戦艦への距離を見る見るうちに詰めていく。
「…させるかッ」
 突如ひらめく銀色の疾風。
イズンは進撃をやめた。
 現れたのは、戦闘機型機動兵器…統合軍でFW(ファイター・ウェポン)と呼ばれている類のものだろう。
 迎撃のために戦艦から出撃して来たに違いない。
「それなら…」
 ティーリスはつれてきていた3機の無人機を戦闘モードに入らせ、そのすべてを戦闘機の迎撃に当たらせる。
 無人機と有人機…ましてや相手が歴戦のパイロットならば、圧倒的に無人機の方が不利である。
 だが、3対1。
集団戦闘における数の差は、単純な掛算では終わらない戦力差を生む…!
「…く」
 戦闘機はまずは無人機、と狙いを変えたのだろう。
イズンの追撃を断念し、無人機たちと交戦し始めた。
 戦闘機の追撃もなくなり、味方を撃たない為に戦艦からの砲撃も緩やかになっている今。
イズンは今度こそ、戦艦への距離を縮めていた。



タスケテ、タスケテバルドル…!

 ナンナの悲痛な叫びが響く。
ここはリフェルの部屋。
リフェルは部屋から出ておらず、バルドルなど見えはしない。
にもかかわらず、声はリフェルの脳裏に響き続ける。
 戦闘が始まったのは、部屋にいてもわかった。
声が聞こえてきたのは、それからしばらくたってから。
もしもバルドルが自身の危機を感じているのだとしたら、外の状況はそんなにも悪いものなのだろうか…?
 だが、そんなことを不安に思う暇もなく。

コワイコワイコワイ…シニタクナイ!

 自身の危機を感じているのであろう、ナンナの悲痛な叫びはとどまるところを知らない。
 最初にバルドルが襲われた時にも声は聞こえたが、これほど悲痛ではなかった。
スカジやヘルに傷つけられたことで、バルドルも痛みと恐怖を知ったとでもいうのだろうか?
「私は、バルドルじゃない…!助けを求めるのなら、他の人に頼んだらどうなの…!?」
 リフェルは思わず叫んでいた。
 死にたくないのは自分も同じ。戦いになどでたくはない。
一般市民として当然の恐怖がリフェルをバルドルから遠ざける。
 だが、自分は。
必死に助けを求めてくる相手を見殺しに出来るほど、鋼の心を持っていないのだ。
 例え相手が目に見えずとも、その正体が命無き機械だったとしても、こんな声を聞かされたのならば同じこと。
 ましてや耳をふさごうと目をふさごうと、声は脳裏に響き続けるのだ。
これはもはや拷問である。
「お願いだから…黙ってよ…!」
 漏らした叫びも、もはや懇願。
だが、それでも声はやまない。
「く…」
 リフェルは片手で頭を押さえながら、ふらつく足取りで部屋を出て行った。




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