ハッチを開ける。シートに身を沈める。
リフェルは声に負けて、バルドルの元へやってきていた。
リフェルが来た事で声はやみ、不思議なことにリフェル自身、コクピットに入った途端心が落ち着いていくのを感じていた。
 まるで、リフェル本来の居場所がここであるかとでもいうように。
「冗談じゃ、無いわよ…」
 呟きながらも、安堵する。あんな状態がずっと続いていたとしたら、自分はきっと狂ってしまっていただろう。
 だが、完全に安心することは出来なかった。
外ではまだ戦闘が続いているのだろうし、ナンナからもまだかすかに不安が伝わってくる。
 リフェルは意を決した。
「…バルドル、リフェル・セルフィード、出るわ」
 射出口に足をかけ、ブリッジに通信を入れる。
「リフェルちゃん!?」
 モニターの隅に、驚いたような榛名の顔が小さく表示される。
恐らくはバルドル内部のリフェルもブリッジのモニターに表示されていることだろう。
「あなたに戦ってもらう必要はありません。それは、あなたも望んだことだったはず」
「私だって出たくないけど…出なきゃ気が狂うのよ!」
 リフェルの叫びに榛名が息を飲む。
止める言葉を探しているのだろう、しばしの沈黙。
 だが、もし止めたとしてもリフェルはハッチを壊してでも出て行ってしまうだろう。
思いつめたようなリフェルの様子から、榛名はそう判断した。
「…わかりました。出撃を、許可します。でも、無理はしないように」
「わかっています。私だって死にたくないですから」
 ハッチが開く。リフェルがまだ知らない、宇宙空間というものが広がる。
そう、自分は死にたくなんかないのだ。
戦いにだって、出たくなんかない。けれどあの声がそれを許してくれない。
それに、例え自分が戦いに出なくとも、この艦が落ちれば結局は自分は死ぬことになるのだ。
 何もしないで死ぬくらいなら、できることをやった方が後悔は少ない。
本来なら兵士であるカリスやスキーズブラズニルの性能を信じて待つべきだろう。
だが、それを信じられるほど自分は彼らの実力を知らない。
 臆病さゆえの出撃。
カリスの言葉を思い出す。
『死を怖いと思う、その気持ちこそが生き残ろうという意思になる。
生き残ろうと思うからこそ必死で策をめぐらし死力を尽くし、戦い抜く。』
と。
「死にたくないから…死力を尽くすしかないじゃない…!」
 叫びと共に。
リフェルは暗き戦場へと飛び出していた。



 無重力空間。
地上とはまったく違う環境。
それにもかかわらず、リフェルは自分でも信じられないことに宇宙空間での操縦を難なくこなしていた。
 ゆえに、混乱することもなく状況の把握に努める。
だが、その必要もなく。
青き天使が一機(ひとり)、バルドルの前に舞い降りていた。
天使というのは、比喩。
本当の天使でもなければ、翼すらも生えてはいない。
それでも天使と感じてしまったのは、その雰囲気ゆえなのか。
「はじめまして、バルドル。私はイズンのパイロット、ティーリス・ウェリンデールと申します」
 相手から通信が入る。
穏やかで、優しそうな声。
戦場で耳にするにはあまりにも場違いな声だ。
「この間のラミュリスとかって子もそうだったけど、妙に礼儀正しいのね。普通敵に自己紹介する?」
「…う〜ん、いけない、かな?」
 不思議そうな、困ったような声。
恐らくは本気で悩んでいるのだろう。
「別に…」
そっけなく答えながら、
(この子、天然かしら…?)
などと思ってしまうリフェルであった。
「それで、貴女のお名前は?」
 再び、声。
どうにも気がぬけて和んでしまいそうになる。
もしこれが敵の策略であるのなら、ある意味恐ろしい敵だ。
リフェルは出来るだけ相手に流されないように気をつけながら、いつもの調子で答える。
「答える必要、ないと思うけど?」
「そうですけど…なんだか、寂しいじゃないですか」
「あのね…これから殺し合いをする相手の名前を聞く方が、やりにくいんじゃないの?」
 言いながら、『殺し合い』という自分の言葉に顔をしかめる。
「…そう、ですね」
 今度こそ、相手からも沈んだ声が返ってくる。
それが、戦いの始まりとなった――。



「いいの?飛鳥ちゃん」
 リフェルの出撃を知ってブリッジにやってきた飛鳥に、榛名が声をかける。
「…」
「リフェルちゃん、大切なんでしょう?」
「…ああ」
「大切な人を守れるように、私は貴方を育てたつもりなんだけど」
 視線はモニターをまっすぐ見据えながら、榛名は言葉を続ける。
「無理だよ。俺には戦えないんだから…」
 飛鳥もまた、モニターの中のリフェルを見つめたまま答えた。
その瞳は、いつもの飛鳥からは信じられないほどの憂いに満ちている。
「…そう」
 榛名は会話を打ち切った。
「…そう育てたからこそ、いけなかったのかも、ね…」
 隣いる飛鳥にさえ聞こえない、声にならない声で最後に一言だけ呟いて…。



 対峙するバルドルとイズン。
先に仕掛けたのはバルドルだった。
リフェルはビームソードを引き抜くと、イズンへと斬りかかる。
遅れてイズンも攻撃態勢に入るが、バルドルのほうが速い…!
「!?」
 リフェルは驚愕した。
イズンはバルドルの攻撃を避けようとすらしない。
ただ直線的に、なんのひねりもなくバルドルに向かってくる。
「ふざけないでっ!」
 リフェルはビームソードをイズンに向かって振りかぶる。
そして…少しだけためらってイズンの右肩に光の刃を振り下ろした。
刃は違うことなく命中し、イズンの肩を切り裂く。
「…ッ!?」
 退いたのは、バルドルの方だった。
剣を伝わる異様な感触に、退かざるをえなかった。
そこへイズンが小型のビームソード―いや、ビームナイフか―で切りつけてくる。
リフェルは咄嗟に腕で防ぎ、本体への直撃を避ける。
 受けた傷は、軽微。
互いに与えた損傷でいうならば、圧倒的にバルドルが上、イズンが打ち負けたといって言い。だが。
 リフェルは言葉を無くす。
 機動力で避けられたのでもない、硬い装甲で阻まれたのでもない。
確かに与えた傷が、目の前でみるみる直っていくという馬鹿げた現象を目の前にして。
「イズンは死なない。衰えない。若さの女神、それゆえに。
…本当は"不死"はバルドルの専売特許なんですけどね」
 ティーリスが、静かに告げる。
死なない…それが本当なら、これほど恐ろしい敵がいるだろうか?
「…くっ」
 リフェルは再び剣を構え、攻撃を再開する。
パイロットがいる機体に攻撃することに躊躇いはあるものの、それでも十分に早く鋭い一撃。それを何度も何度も繰り返す。
 イズンは恐れることなくそのことごとくを避けずに受け、バルドルにビームナイフで斬りつけてくる。その威力は強くなく、微弱なもの。
 だが、弱き一撃も数を重ねればそれはやがて多大なる損傷となる…!
リフェルの心に焦燥が生まれる。そして、決断。
リフェルはティーリスに向かって回線を開き、語りかける。
「死を恐れない戦士、か…。私ある人からこんな話を聞いたばかりだったりするんだけど。
『死を恐れない兵士は強いだろうがすぐ死ぬだろう』ってね」
「…そうかも、しれませんね。でも、それも構わないかもしれない」
「そう…。なら、その通りにしてあげるわ!」
 言ってリフェルは、もう一つのビームソードを抜き放つ。
そして即座に二つを結合し、シンクロさせる。
…そして、再び。神の槍はバルドルの手にその姿を現した――。




次へ。