バルドル戦記
血に染まり行く白神。 不死の体に死の遊戯は繰り返され続ける。 神々の円環、終末の始まり。 その果てにあるものは―――? バルドル戦記第1話、 『Awakening of Baldr −目覚め− 』 宇宙暦127年。 人類が宇宙に進出して早1世紀以上。 人類はテラフォームされた火星や、『ホーム』と呼ばれる巨大な人口宇宙都市にて生活しはじめていた。 始めこそホーム・地球間などでの対立・戦争があったものの、航宙技術の発展につれて外宇宙への可能性が広がったため、無意味な戦争よりも外宇宙探索が活発になり、地球圏は一時的な平穏を取り戻していた。 いわば宇宙における大航海時代である。 前大戦による軍事・宇宙技術以外の技術の成長の停滞による影響で、過ぎた年月のわりには個々の人々の生活に革新的な変化はなく、平凡な日常を送っていたそんな時代。 物語は、その時代の地球…日本から始まる。 リフェルは学校へ向かっていた。 リフェル・セルフィード、17歳。 金髪碧眼、背は165cm程度。 いやみにならない程度に適度に凹凸のあるボディ、すらりと伸びた足。 一見して目を引きそうな美人ではあるが、ややきつめの顔立ちの上、さらにきつさを強調したような眼鏡をかけているため人を遠ざけている印象を受ける。 顔立ちはアジア系に近いものの、髪や目の色からは明らかに日本人には見えない。もっともこの時代、日本人・アメリカ人などといった区別はほとんどない。 宇宙という広い空間で生活するようになった今、そのような小さな区分は意味を持たないからだ。 地球自体が1つの国扱いに近く、さまざまな人種の人間が混在し、生活している。 日本というのはあくまで地球の1地方名に過ぎない。 話はそれたが、彼女は学校へと急いでいた。 不覚にも寝坊をしてしまったのだ。彼女が寝坊するなど1年に1度あるかないか、きわめて珍しい。 「うわ!?」 「…!?」 不覚と言うのは続くものなのだろうか。 十字路へと来た途端、右手からやってきた男と衝突してしまった。 「いてて…」 男がうめきながら腰をさすっている。 リフェルはそれは無視して、飛び散ってしまった自分の荷物を集めていた。 「おいおい、冷たいな。『大丈夫?』とか言えないのか?」 そんなリフェルの様子を見て男があきれたように言う。 リフェルは男に向き直ると、冷たく言い放った。 「確かにぶつかったのは私の不注意に原因があるわ。けど、それはお互い様。あなたの方が気をつけていればぶつかったりしないのだから。責任は50:50。謝ることも気にかけることもないと思うけど?」 「……」 が、男はぽかんと口を開けたままリフェルの言葉を聴いているのかいないのか、じっとリフェルの顔を見ている。 「…何なの?」 「綺麗だ…」 「…は?」 目を輝かせてつぶやく男の言葉を聴いて、リフェルの顔がひきつる。 「なぁなぁ、俺と付き合わないか?」 「イヤよ」 即答。 いきなりな男の発言にひるむこともなく、すっぱりあっさり言ってのける。 だが男もひるまない。 「何でだよ〜。俺って結構いいやつだぜ?」 「自分で言うあたり大問題よ。それに名前も知らないのに」 「ああ、そっか。ほい、これ俺のID」 そういって男は写真入の身分証明IDカードを差し出す。 蒼城飛鳥 17歳 白神高校2年 …どうやらリフェルと同じ高校の生徒らしい。 「そうぎ・あすか?」 「うんにゃ。そうぎ・ひちょうだ」 「…普通『あすか』じゃないの?」 「俺の両親は人の意表をつくのが好きなんだ」 何故か威張って飛鳥が言う。 「迷惑な両親ね」 「楽しい両親だと言ってくれよ」 「私は別に楽しくないもの」 「…。それよか、君の名前は?」 「教える必要、ないと思うけど?」 やはり冷たく言うリフェルだが、飛鳥は足元を見て得意げに言い放った。 「お、IDカードはっけ〜ん♪」 飛鳥はさっきぶつかった時に落としたのであろうリフェルのIDカードを拾っていた。 「…」 リフェルはため息をつく。 「リフェルか。可愛い名前だな♪けど、写真だと眼鏡かけてるんだな。かけないほうが綺麗なのに」 言われてリフェルは眼鏡が外れてしまっていたことに気づく。 慌てて落ちていた眼鏡を拾い、かけなおす。 (不覚だわ…) 寝坊といい、男とぶつかったことといい、本当に不覚続きである。 「眼鏡って不便だろ?コンタクトにすればいいのに」 「余計なお世話よ」 そんなやりとりをしていると、キーンコーンカーンコーンという実にオーソドックスな鐘の音が聞こえてきた。 「!!」 「あっちゃ〜遅刻だよ…」 飛鳥が大して焦っていない様子でつぶやく。 「遅刻…本当に、不覚だわ…」 リフェルはつぶやきながら軽くこめかみを押さえるのだった。 昼休み。 「やっほ〜、リフェル♪」 「…」 リフェルは突如目の前に現われた物体をどうしたものかと考えていた。 目の前の物体…後ろに少しだけ伸びた黒髪を束ねた、鳶色の瞳の男。 要するに、飛鳥である。 「こんなとこにいたのか。屋上は立ち入り禁止だぜ?」 「知ってる。だからいるんじゃない。それより何か用?」 リフェルはいつも昼食を屋上でとっていた。 立ち入り禁止ということで、他の生徒がいることもなく、静かな時間を過ごせるからである。 「一緒にメシ食おうぜ♪」 「嫌」 「照れなくてもいいのに♪」 「…照れてない」 この男の思考回路は一体どうなっているのだろうか。 この調子では断ってもしつこく誘ってくるだろうし、延々飛鳥の相手をするのは疲れる。ここは一緒にでもなんでもさっさと食べ終えて戻った方が早いだろう。 「…わかったわ」 あきらめに満ちた声で答える。と、そのとき。 ”ズズン!!!” 振動が、校舎を揺らした。 「なんだ?!」 声を上げた途端、緊急用の避難サイレンが鳴り響く。 ”避難警報発令。謎の機動兵器出現。破壊活動を行っています。一般市民は速やかに統一政府指定の避難シェルターに避難してください。繰り返します…” 「謎の機動兵器ぃ!?」 飛鳥が素っ頓狂な声を上げる。 それはそうだろう。いきなりそんな事を聞かされて納得できるほうがどうかしている。 だが、屋上から見える風景はそんな不審を見事に吹き飛ばしてくれた。 巨人、といえばいいのだろうか。 ビルほどの大きさもある人型の巨大ロボットが、あろうことかこちらへ向かってきている。 リフェルは素早く荷物をまとめると、屋上から校舎へと戻る扉へ駆ける。 「…開かない!?」 今の振動でゆがんでしまったのだろうか、押しても引いても扉はびくともしない。 「俺がやってみる」 飛鳥が来て扉を開けようとするが、やはりびくともしなかった。 飛鳥は扉から離れると、フェンスから下を覗き込み眼下を逃げていく生徒たちに助けを求めてみた。だが、あまりの事態に皆恐慌状態なのか、我先にと駆けていくばかりで気づいてくれるものはいなかった。 「どうするんだ!?飛び降りるわけにも行かないし、このままじゃ…」 言いかけたとき、例の人型兵器からの砲弾が校舎裏のプールへと着弾した。 衝撃が再び校舎を揺らし、今度はその衝撃で扉が開いた。 「…急ぐわよ」 リフェルはそういうと階段を駆け下りていった。 次へ |