校舎の中にはすでに誰もいなかった。
衝撃で崩れた壁や天井の瓦礫が散乱し、さながら廃墟だ。
そんな校舎内の様子などかまわず、リフェルたちはとにかく1階へと駆け下りる。
1階にさえ下りれば出口はいくらでもある。
そして数分とかからず1階へとたどり着いた時、再び振動が校舎を襲った。
 振動で階段脇の壁が崩れる。
驚いたことに崩れた壁の向こうに下へと続く階段があった。
「これは…?」
 リフェルは疑問に思いながら階段の方を覗き込む。

コッチ…

(え?)
 声が聞こえた。
思わず辺りを見回す。
が、誰もいない。
「どした?」
訂正。
飛鳥がいた。意識的に無視していたのですっかりその存在を忘れていた。
だがどちらにしろ今のか弱い声が飛鳥のものとは思えない。
「別に」
短く答えて改めて回りを見回す。
やはり飛鳥のほかには誰もいない。

コッチニ…

再び声が聞こえる。
どうやら崩れた壁の中から聞こえているようだ。
と、同時にそちらへ行かなければならないという気持ちが強く湧き上がってくる。
(仕方ないわね…)
リフェルは心の中でそうつぶやくと、小走りに駆け出した。
もちろん出口に向かってである。
今の状況で地下になど行ったら生き埋めになりかねない。
ましてや声が聞こえるなんてどう考えても怪しい。
 よって、無視。
「お、おい、この階段気にならないのか?」
飛鳥がたずねながら追いかけてくる。
「そんなに気になるならいってくれば?好奇心と命を引き換えに出来るなら」
振り返らないままリフェルが言う。
 と。
突然振動が校舎を揺らし、目前の通路が崩れる。
「危ない!」
 飛鳥に手を引かれて、間一髪瓦礫の激突を避けることができた。
「大丈夫か?」
「ありがと。一応お礼は言っておくわ」
「それにしても、これじゃこっちにはもう行けないな。戻って他の道を…」
"ズズン"
 飛鳥が言い終える前に再び振動が校舎を揺らした。
そして背後の通路も崩れ、ふさがれてしまった。
それだけではなく、上への階段も瓦礫でふさがれてしまっている。
「どこにもいけなくなっちまった…」
 呆然として飛鳥がつぶやく。
「仕方ないわね…地下へ行きましょう」
 いいながらリフェルはなんとなく気に入らなかった。
まるであの階段に、あの声に誘い込まれているような気がする。
 そもそも今の2回の振動。
下からのものに思えたのは気のせいだろうか?
 だが、今は下へ行くしかない。
「…結構、暗いわね。それに狭い」
 リフェルは一瞬躊躇した後、眼鏡を外し、髪を後ろで束ねた。
この方が色々と動きやすいと判断したからだ。
「お、おい、眼鏡なしで大丈夫なのか?」
「…伊達なのよ」
 あっさりと答える。
(あなたのような鬱陶しいのが近寄ってこないようかけてたんだけどね)
 と、こっそりひどいことを心の中で付け加えながら。
「もしかしたら前大戦の時に作ったシェルターかもしれないぜ?だったら結構安全なんじゃないかな」
 そんなリフェルの内心の言葉など知るはずもなく、階段を下りながら飛鳥が明るく言う。
「だったらいいけどね」
 答えながらもリフェルはその可能性は低いと判断していた。
まだ使えるシェルターの入り口をわざわざふさぐ必要がどこにあるのか。
そもそも前大戦時にこの学校はあったのだろうか?
  疑問を抱えながらも階段を下りる。
そして、ふいに開けた空間にたどり着いた。
地下だというのにほの明るい、そこには…。
「きょ、巨大ロボットぉ!?」
 飛鳥が声を上げる。
そう、そこには確かに巨大ロボットとしか形容できないものがあった。
白銀に輝くボディをした、人型のメカ。
それが空間の中央に埋まるようにして鎮座していた。
リフェルたちのいるところからは胸の部分から上しか見えないが、大きさは外で見た人型機動兵器よりほんの一回り小さいくらいだろう。
「これは…一体?」
 リフェルはロボットへと続く通路へと近づき、下を覗き込む。
当然のことながらロボットの下半身が見える。そして、瓦礫。
今度は視線を上に移すと、天井が二箇所崩れていた。
「げ。まさかここ崩れるんじゃないだろうな?」
「…」
 飛鳥の呟きを無視して、リフェルは通路を渡り胸部へと近づく。
と、驚いたことにそれを待っていたかのように胸部のハッチが開き、コックピットが露になった。

オネガイ…ワタシヲマモッテ

「またこの声…一体何なの!?」
「声?なんのことだ?」
 飛鳥もリフェルの横に来てコックピットを覗き込む。
と、その途端ハッチが閉まり、二人はコックピットに押し込まれてしまった。
 コックピットの中は広くもないが、狭いというほどでもなく、二人が十分に入れる広さだった。だからといってこのままでいる気はない。
 リフェルはシートに座るとハッチ開閉スイッチを探す。
飛鳥は邪魔にならないようシートの後ろの空間に身をおいた。
 だが、リフェルが開閉スイッチを見つけるよりも早く、変化が起きた。
四方のスクリーンがクリアになってあたりの様子を写し、各種計器に光がともる。
「お、おい、起動させてどうするんだよ〜!」
「知らないわよ。私はまだどこも触ってない」
 言いながらも再び計器に目を走らせるリフェル。
と、再びあの声が響いた。


オネガイ…


ワタシヲ…


私を守って!!!


「!!」
 思わず目を見開く。
無意識のうちに体が動き、リフェルの手が素早くコンソール上を駆ける。

"Baldr is awakened"

 モニターにはっきりとした文字でそう表示される。
「行くわよ…バルドル」
 リフェルはつぶやいて操縦スティックを握った。
それとともに機体がぎこちなく動き始める。
機体まで伸びていた通路は下へと崩れ去り、バルドルの腕が天井へと向けられる。
手首の、鎧に例えるなら篭手の部分に当たるところに白銀の光が収束し、そして――。


光が、弾けた。




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