運 命      と           剣
Fate and Sword



【2章】 
《第2話 盗賊の少年と気楽にいこうぜ》


「・・・勝負?突然何だ」
リノは思った。わぁ、速攻猫かぶってる、と。
「うん、勝負。僕、盗賊なんだけどさ、フェアじゃないの嫌いなんだ。
だから決闘して勝ったらあなたの有り金全部貰うってゆーこと!」
シェリクは、少年を眺めた。
リノより低いくらいの背、年は恐らく2,3下。つまり、12,3。
茶色の髪、焦げ茶色の大きく人なつっこい目。
カバンを提げており、なにやら重そうである。
カバンのほかにもガンホルダーみたいなものをつけており、
けれどガンの代わりにナイフが刺さっている。
そう、ナイフ。彼の体には、至る所にナイフが堂々と、もしくは隠されていた。
そして何より最大の特徴は、ごつい金属の首輪をしていることだった。
「と、いうわけで一勝負おねがい。まっさかそんなことないと思うけど
兄ちゃんが勝ったら僕の有り金全部出すってことで。どう?」
「・・・・すごい自信だな」
ため息をつき、そう言う。
「もち!」
嬉しそうに答えた。・・・・・ガキだ。
「遠慮しておく」
シェリクがそう言うと、少年はブーイングを始めた。
「なんでさー!やろうよやろうよ勝負!有り金全部じゃなくて半分で良いから!
ね、おねがい、やろ?ねぇ、勝負しようよ〜、おねがいしますから〜」
なんと言われようと勝負などするつもりはなかった。
「戦う気など無い。失せろ」
少し殺気を出す。
「やだよ、戦ってくれなきゃ〜」
けれど受け流された。・・・うっとおしい。
「行くぞ、リノ」
「あ、は、はい!」
無視して去ろうとするシェリクにリノが小走りで付いていこうとした。
と、そのとき。
リノの首筋に、ナイフが突き出された。
びく、と身を強張らせるリノ。睨み付けるシェリク。
「・・・何のつもりだ」
少年から殺気は出ていない。つまりリノをどうこうするつもりはない。
けれど、それは。明らかにやってはいけない行為だった。
「こういうのは僕も好きじゃないんだよ?」
「・・・・」
「だから、戦ってよ」
ここで一言「嫌だ」と言ってしまえばおそらくリノは無傷で帰ってくる。
けれどそれは、もはやシェリクには許せないことだった。
「吠え面かくなよ」
「そっちこそ」
ゆっくりとシェリクは剣に手を乗せた。

すぐに解放されたリノを放って、試合が始まる。
道の真ん中で。野次馬が集まってくる。
「・・・・一応名前だけ聞いておこう」
「タタ=ハクナマ」
それが、開始の合図だった。
ナイフが三つ飛んでくる。早いな、なかなかの腕だ。
ナイフの攻撃パターンは二つ。投げるか、突くか(斬りでは威力が足りない)。
前者は攻撃力には欠け、後者は射程が短い。
けれども、どちらの間合いでも攻撃が出来るメリットは大きい。
剣の腹で全て払い落とす。キィン、と言う耳障りな音が三つ。
ナイフと同時に走り込んできたタタとか言う名前の少年。
うん、スピードだけなら確かに速い。もしかしたらカインにも匹敵するだろう。
何せ、投げたナイフと同じ速さで走り込んできたのだ。
けれど・・・動きが短絡的だ。
直線で走り込み、上からナイフを突き刺すタタ少年を剣の柄で受け止め、
更に隠してあった(けどバレバレ)左手での斬撃は剣を逸らし刃で受け止める。
左利き・・・サウスポーなのだろう、斬撃が重い。だが、そのおかげで逆に・・・逸らしやすい。
そして両方の斬撃を受け流した後、剣の柄を相手の脇腹に突きつける。
寸止め。
「・・・動きが短絡的すぎる。速いのに直線過ぎて動きを読まれるぞ。
もっと変則的に、流れる動きを身につけろ」
それだけ言うと、シェリクは剣をしまった。
速さは申し分ない。あの速さで更に今アドバイスしたことが出来ていればもう少し苦戦しただろう。
いや、勝てなかったかも知れない。
「・・・・うそ」
タタが、膝をつく。
「・・・素質は良い。せいぜい頑張れ」
「大丈夫でしたか?」
リノが駆け寄ってくる。
「ああ、だいじょぶだいじょぶ。元々腕も完治してたしね」
呆然としている少年に、向き直った。
「金はいらん。さっさといけ」
シェリクはそれだけ言うと、去っていった。
否、去ろうとした。去ろうとしたところ、袖を捕まれた。少年に。
「・・・・兄貴!」
空気が、固まった。

とりあえず、食事屋に入った。・・・・タタのおごりで。
リノとシェリクが隣、机を挟んでタタ。
お冷やとおしぼりを持ってきた店員に、タタが大きな声を上げる。
「スライムゼリー三つで!」
「いや、俺はいら」
ない、と言おうとしたところ、リノににっこり睨まれて止まる。目で語ってきた。
何々・・・どんなものか気になるけど怖いから道連れ・・・と、ちょっと待て。
けれど今更オーダーを止めるのも嫌なので、渋々了解した。
「えっと・・・リノ姉(ねぇ、と発音)」
「それ、止めて下さい・・・・」
複雑な顔をするリノ。
「リノ姉こそ敬語、止めて下さいよ。自分はお二人の弟分ですから」
「弟にしたつもりはないが」
「俺が勝手になりました!」
シェリクはため息をついた。もう何を言っても無駄だと悟った。
「シェリク兄(にぃ、と発音)、迷惑ですか?」
「当然」
「でも俺、シェリク兄に惚れたっす。強く、クールで、かっこよくて・・・」
ほー。じぶんはそんなにすごいのかー。やる気のない内心。
「だから俺、お二人についていきたいっす。
ずっと放浪してて、あれだけ完敗したのも初めてですし、
シェリク兄みたいな人にあったのも・・・きっと運命です!」
あー、やなうんめいだよねー。
「ずっと旅してたって・・・
もしかして、スライムゼリーどんなものか知らずに注文しました?」
顔を引きつらせながら聞くリノ。きょとんとしたタタ。
「いけなかったですか?名物だって聞いて・・・」
空気が再度、硬直した。

スライムゼリーが、来た。
なんだか緑色でドロドロしたそれは、確かに荒野で出現したあれを思い出す。
にこやかな顔で持ってきた店員さんに、リノはおそるおそる原材料を聞いた。
「スライム。以上になります」
スライムとは、あのスライム?生き物(かどうか微妙)の、あれ?
・・・・・ほしかった答えはノーなのに、イエスという言葉が聞こえたのだった。
それから、幾ばくかの沈黙が訪れる。
その沈黙は、心理戦だった。お前が食べろ、いや、兄さんこそ、リノはどうだ?
私は遠慮します、どうぞタタ君から、いえ、僕も遠慮したいです、本当に兄さんどうぞ、
おい、俺はそんな弟を持った覚えはないぞ、元々認めてくれなかったじゃないですか・・・
そして、意を決して、リノがスプーンを持った。
3人分の視線が、リノの手の先に集中する。
ガタガタ震える手が事の深刻さを表している。
手が、口に近づいていく・・・・。
・・・・・・・・・・・・・
それが口に入った瞬間。
リノは失神した。白目を剥いて、泡を吹いて。

スライムゼリーがその後どうなったかというと・・・・
手をつけられないまま放置されていた。机の端っこで。
ちなみにメニューを見なかったせいで知らなかったが、売り文句は
『恐怖と絶叫の新感覚ゼリー・一度お試しを』
リノ曰く、二度とお試ししたくないやばい感覚、だそうである。一言で言うと、花畑。
・・・そこまでやばいらしいと、一度食べたくなってくる。
けれど理性が拒否する方が勝った。
こんな化学兵器をリーズナブルに売っていて良いのか?
と言う疑問が沸々とわいたが、無視することにした。
お冷やに、口を付ける。
「ところでお二人はどこまでいった仲ですか?」
水を拭きだしそうになった。隣のリノも動揺したらしく、わてわてしている。
もう嫌だ、この店とっとと出たい・・・・シェリクは願った。

シェリクの願いに反して、タタは一向に店を出ようとしないのであった。

地獄を見た、と言うような顔でげっそりとしているシェリク。
同じく、疲れ切った顔をしているリノ。
タタは元気そうである。
そろそろ夕暮れ、もうこんな時間。宿を探さなくてはいけない。
・・・・それ以前に、この少年をいかにして振りきるか、もしくは説得するかが重要だった。
現状、旅に仲間は必要ない。
リノと二人でもトラブルだらけになることは目に見えている。
そこにこの少年が付け加えられたら・・・・ああ、恐ろしい。
「何度も言うが、連れていくことは出来ない」
無駄だと知りつつ、言い聞かせる。
「大丈夫です!迷惑はかけません!」
存在自体がすでに迷惑なんだってば。
「とりあえず俺達は宿に泊まる。お前を一緒に泊める気はない」
「・・・・」
「どこにでも好きなところに行くんだな」
それだけ言い残すと、手頃なホテルの中に入っていった。
リノが振り返ろうとするのを、手を引っ張ってつれていく。
確かに少し心苦しい。
けれど・・・・旅というものは、出来る限り無駄を省かなくてはいけないものだ。
そもそも、昨日会った盗賊がどれだけ信用できるかも疑問である。

「・・・・」
彼らは、行ってしまった。
「・・・・ちぇ。いい人達なのに」
純粋に、彼らは好きだ。だから、彼らに振り向いてほしい。
「と、言うわけで」
何かをポケットから取り出す。
シェリクの財布。しっかりスッておいたのだ。盗賊だし。
「これがあれば、シェリク兄たちは僕を追わなくてはいけないね」
我ながら巧くやったと思う。ぎっしり詰まった財布を開けてみる。
さてさて、お二人の経済状況は・・・
広げると、中には一枚の紙と、石が入っているだけだった。
紙には一言。
「はずれ」
とだけ書いてあった。
「・・・・・・」
少年は、呆然とするしかなかった。
自分の行動は、読まれていたらしい。そしてこんな小細工を・・・・。
悔しさと、感嘆と、戸惑いと、焦りが、同時に押し寄せてきた。

安宿だった。
大きくない二人部屋。ベットがあり、ソファーがある。けれど両方決して綺麗とは言えない。
リノはソファー、シェリクはベッドに座りながら、それぞれ物思いに耽っていた。
シェリクは自分のマントの中に隠しておいた「はずれ財布」が、
いつの間にか抜かれていたのに驚きを感じた。
相手を予想してつくったトラップだった。
けれど、それが抜かれた瞬間を自分は覚えていない。
・・・・何という、早業なのだろう。
「あれは、ひどいんじゃないですか?」
リノは、心配そうな顔を向ける。
「・・・・・」
「だって、彼、一人旅ですし・・・・」
「だからといって、連れていけないだろ?」
「そうです、けど・・・・」
連れていけないことはない。連れていきたくないのだ。二人は。
今はまだ、二人で旅をしていたい。それは、二人は口にしなかったが共通の思考だった。
「だから下手に情けをかけるより、さっさと諦めて貰った方がいいんだよ・・・
少し残酷でも、ね」
「そうでしょうか・・・・」
リノが、窓の向こうを見た。
「リノは、優しいな。少しやりきれないんだろ?」
「・・・・・はい」
「じゃあ明日、素直に別れの挨拶だけしにいこう。それで良いな?」
「・・・・はい!」
二人は、笑いあった。

タタは、思った・・・終わった、と。
財布をとれたら、怒りながらでも自分の所に来るしかない。
そこでさっと返して、自分のスキルが役に立つことを見せる、などと考えていた。
とにかく、これでチャンスは潰れた。
「さすが・・・・シェリク兄さんだ・・・・・」
完敗だった。それ以上に、悔しかった。
(もうあの人達には、会えないんだろう・・・・)
そんな思いが去来し、タタは耐えられなくて走った。
夜の町を、走り抜ける。誰かに肩がぶつかった。
ごめんなさいを言う余裕もなかったが、何かを言うタイミングすらなく突然、殴られた。
いつの間にか、繁華街の方に来ていたらしい、と殴られて昏倒した頭で考えた。
何だこのガキ?イッてぇなぁ、などという声。
戦うなら・・・フェアな、勝負を。
タタは願った。
けれど待ち受けていたのは、一対多数のリンチだった。
殴られ、殴られ。4,5人で寄って集って殴られ蹴られた。
そんな中、タタは考えた。自分が何をやったのか、と。

彼は、父親に虐待されて育った。
毎日殴られて過ごした。彼は思った。自分が悪い子だから殴られるのだと。
だからいい子にした。けれど何をやっても殴られ続けた。
名前すら付けてもらえなかった。
母は何もしなかった。否、出来なかった。
暴君の父を前に、止めろと言うことも出来なかった。
ある時、IT(それ)は売られた。サーカスに。
サーカスの団長は、いい人だった。
IT(それ)が虐待されているのを知り、買い取ることを決めたのだった。
彼は言った。
「父を憎んではいけない」
と。IT(それ)は返した。憎んでなどいない、自分が悪い子だからいけなかったのだ、と。
団長は言った。お前は悪くない、悪いのは父親だ。
何があっても一方的な暴力はいけない。フェアでなくてはいけない、と。
そして団長はIT(それ)に名前を付けた。「気楽にいこうぜ」と言う意味の、ハクナマタタ、と。
タタ=ハクナマ。それが、彼の名前となった。
彼は、サーカスで数年ナイフの名手として仕事をした後、独り立ちをした。
団長は何も言わずに送り出してくれた。
そして彼は誓った。フェアに生きると。
首輪は、虐待されていたことを忘れないための証と、団長への誓い。
フェアに、生きよう。彼の、願ったこと・・・・。

翌朝、彼は自分が生きていることに気がついた。
右腕が上がらない。折れているのだろう。
左腕はかろうじて上がるが、電撃のような痛みが走る。
体が鉛のように重く、意識がはっきりしない。視界もぼやける。足が震え、たてない。
数分は、視界と思考をはっきりさせることに務めた。
だんだん、目の前がクリアになっていく。そこで目にしたものは、体をへの字に曲げて
さながらぼろ雑巾のように横たわっている自分だった。
はは、情けないなぁ・・・
悲しくなってきた。
自分は盗賊なんて職業しながらも、フェアな勝負を心がけてきた。
けど、昨日のはなんだ。
肩がぶつかっただけで?一対多数で?殴る蹴る?
・・・・理不尽だ。
もう、フェアだとかフェアじゃないとか関係ない。
彼奴ら、絶対に殺してやる。
未だ幼さの残る半分大人半分子供の不安定な心は、たやすく焼き切れた。
首輪を、引きちぎった。脆くなって錆びかけていた首輪は、すぐに千切れた。

数時間後。
繁華街に、後頭部にナイフの刺さった死体が5つ、できた。
犯人は不明のままだった。

そうして、タタは物語から一度、姿を消した。
再度彼が物語に姿を現すのは、シェリクとリノの知らないところでである。

「タタ君、いませんねぇ・・・」
「ああ、そうだな」
無駄だと言うことも知らず、二人はタタを捜した。
そうして彼らは気づいていない。
幸せなモノの影には、必ず不幸せな人間もいるということ。
そしてそれらが直接関係を持っていなくても、
複雑に絡み合い、いろんなモノを構築していること。
そして、構築されたモノが決して幸せだとは言えないこと、を。



【第2話 終】
三話に続く