運 命      と           剣
Fate and Sword



【2章】 
《第1話 それぞれの想い/All Peoples Thinking》


僕らは、まだアルトシティにとどまっていた。
彼女が、「私たちが居た孤児院に顔を出したい」
と言ったからだった。
僕もついていく、と言った。けれど彼女は「来ないで」と言った。
なぜだ。僕はそこの出身じゃないからか?
おい、誰か答えてくれよ。
おい・・・おい、だれか・・・おい。
・・・・シェリク、答えてくれよ
。 どうすればいいんだよ、俺。なぁ・・・・

彼女・・・フロディ=ロイヤルは、自分が育った孤児院の前に立っていた。
ここは町がつくった孤児院で、それなりに設備は整っている。
実にここを訪れるのは9年ぶりだった。古くなったレンガの色が懐かしい。
「・・・・・」
ドアノブを触ろうとし、そして引っ込める。
活発なはずの彼女にしては珍しく・・・いや、もうすでに彼女は
こういう性格になっているのかも知れないが・・・
どうしようか、悩んでいるようだ。
(いっそのこと、勝手にこのドアが開けばいいのに・・・そうすれば・・・)
そんな幻想を抱いても仕方がないと分かっていた。
弱気な自分にため息一つ。
「・・・・おじゃま、します」
ドアを、あけた。
チリンと言う、鈴の音。ドアについているらしい。
「はいはい、どちら様ですか・・・・」
保母さん・・・こどもたちに「おばあちゃん」と呼ばれ親しまれている彼女は、
私たちが居たときからすでにおばあさんだった。
まだちゃんと生きていたのか、とホッとする。
同時に、私のことを覚えているのか、不安になる。
顔を出したおばあさんは、昔のまま・・・いや、少し皺が多くなった気がするが、
記憶とほとんど変わっていなかった。
「お久しぶりです、おばあちゃん」
「・・・・・懐かしいねぇ。久しぶりですね、フロディちゃん」
覚えていてくれた。背が高くなって、大人になって、
それでもおばあちゃんは私のことを分かってくれた。
昔のまま、優しい青い目と優しい口調で、私のことを見、名前を呼んでくれた。
「・・・・・っ」
フロディはにっこりと笑おうとすると、それができなくて、顔がくしゃくしゃになった。
「・・・・今日はどうしますか?フロディちゃん。一日くらい、泊まっていけるのかい?
お話、たくさんしたいからねぇ・・・・」
今度こそフロディはにっこり微笑むと、首をゆっくり縦に振った。
けれど、やっぱり顔はくしゃくしゃのままだった。

ここに来た理由は、簡単だった。
シェリクとの思い出を噛み締めるため、である。
彼は、私のことをきっと忘れてしまうだろう。けれど、私は彼のことを忘れられない。
自分と彼の原点に戻り、少しでも苦しい思いを消したかった。
未練がましい自分がそこには居て、嫌な気持ちにもなった。
けれども、それをしないと彼以外の人間と旅をすることなど、出来そうもなかった。
毛布を貰い、子供がはしゃいでいる中、椅子に座ってゆっくりとくつろいだ。
しばらく、ゆっくりとした会話。
けれどおばあちゃんは、話をしているときも何かを聞きたそうにしていた。
おばあちゃんは、恐らく、あのことが聞きたいのだろう。
「一人で、来たのかい。・・・・聞いて、いいのかな?」
ついに、本題に入ろうとする。
・・・当然、おばあちゃんは私のことに気づいているのだろう。
「・・・・どうぞ」
「シェリクくんは、元気にしとるかい?」
おばあちゃんは少しためらった後、聞いた。
「多分・・・私、彼に捨てられちゃいましたし」
寂しそうに微笑んで、フロディが言う。
「私、ずっと彼に付いていましたよね」
「うん・・・」
そう。私は彼が学校に行くことになったから、学校に行きたいと駄々をこねた。
彼が剣士になると言ったので、少しでも一緒にいられるよう剣士になった。
私は、ずっと彼の後ろを追ってきた。
「私、いつでも彼と一緒でした」
「そうだねぇ・・・・」
孤児院の時代から、シェリクはあまり人にたいして心を開かなかった。
一度開くとあんなに無防備なのに、殻がとても固い。まるで貝。
彼のことが気になってフロディは、一生懸命彼に話しかけた。
いつも後ろを付いて回った。初めは同情だった。
彼は、笑うようになった。・・・好きになった。
「私、ずっと彼が好きだったんですよね・・・・」
「うん、うん・・・・」
ずっと後ろを付いて回っていたのも、剣士になったのも、
全ては、シェリクのため。
なのに。なのに、なのに・・・!!!!
「私、パートナーは、彼がよかった・・・!!!」
「・・・・うん」
おばあちゃんは、頷くだけだ。
人の悩みを聞いてくれる。けれども、頷くだけだ。
そして、その暖かい頷きに人は、自分の言いたいことを全て言ってしまう。
そしておばあちゃんは、1時間でも、1日でも、1週間でも人の悩みを聞き続ける。
そして人は、自分の悩みの答えを、自分で出すのである。そして、去っていく。
「・・・・わがままなのは、分かっている。でも・・・・
シェリクが、私が名前も知らない子を連れていたときは、ショックだった・・・・」
いつしかフロディは涙声になり、鼻をグスグスいわせていた。
「そうかい、そうかい・・・・」
「シェリクの、バカやろぅ・・・・・」
「・・・・辛かったねぇ」
ダムが、決壊した。涙声は嗚咽に変わり、奔流が訪れる。
おばあさんの心地よい胸の中で、フロディは泣いた。泣き続けた。

ついてくるなと言われたが、それは無理だった。
トール=フライアは、孤児院を覗いていた。
フロディの泣いている姿を見て、無力な自分を思い知った。
そしてその感情を、シェリクにぶつけないように必死になった。
全てシェリクのせいにしてしまえば、確かに楽になる。
けれど。奴は友だ。恋敵で、ライバルで、それでも、あいつは親友だ。
あいつが全て悪いんだという理不尽な心を、どうにか押さえ込む。
押さえ込んだ感情は、心に溜まる。抑圧された心は、歪に歪む。
人が、人を殺す理由を知っているかい?
理由、それは・・・・感情が、限界を超えたときだよ。
愛情、友情、憎悪、反発、嫉妬、何でもいい。個人の差はあれ、限界量がある。
規定値を超えたとき・・・人は、人を殺す。覚えておくといい。

次の日、二人は旅に出た。
まずは勇者試験レベル1、「荒野の塔」。
遠距離攻撃が出来る者がいなく、そして飛び抜けて強いわけでもない二人は、
第一の試練で、必要以上に苦戦する羽目となる。
そしてまた、感情が溜まっていく。

「リノ、次はどこ行く?」
「美味しい食べ物があるところがいいです」
「観光じゃないぞ?」
「ついでです」
フロディ達が試験に苦しんでいるころ。
一足先に理不尽なまでの難易度の試験を受けたリノとシェリクは、
次の町に向けて歩いていた。日は傾き初め、空を赤く染めようとしている。
「う〜ん・・・次の町か。ほぼ同じ距離で三つ町があるんだよな。
この塔を中心にして正三角形に。
『シルバレオ』『フルート』『アルト』。どーする?」
ちなみに町の名前は、歴代『伝説の勇者』の名前からとられる。
何らかの偉業を成し遂げた勇者は『伝説の勇者』と呼ばれ、語り継がれる。
更に付け加えられるなら、『フルート』と『アルト』は同じパーティーだったらしい。
四人パーティーで、仲間は『カノン』『シャープ』だったそうだ。
ちなみに皆それなりの大都市名になっているところから、有名さが伺える。
シルバレオは『銀獅子の剣聖』と呼ばれた凄腕剣士で、
『金狼の大魔導』と呼ばれる魔法使いとペアで旅をしていたらしい。
「アルトは元々居た町なので除外ですね。じゃあ『フルート』で」
「理由は?」
「いえ・・・何となく、です」
その何となく、に理由があることを知っている人は、未だ誰もいない。
もちろん、本人さえも。
「じゃ、フルートに」
「行きましょう!」
「塔の時みたいに急ぐ必要はないな。塔、混むの嫌だったからなぁ」
「そうですねぇ」
ほのぼのとした二人の旅はまったり風味。
荒野の塔で貰ったMAPを見ながらゆっくりと歩き出す。
「フルートの名物・・・・スライムゼリー・・・・」
「・・・珍味じゃなくてですか?」

と、いうわけで、野宿。
シェリクの荷物からテントを出し、それを広げる。
旅をするのにテントは持ち歩かないだろう、と言う突っ込みが来そうではあるが、
このテント、畳むと衣服一枚分くらいの大きさになってしまうと言う
超圧縮可能繊維で出来ている。
結構値段の張る道具である。
鉄パイプ二本で適当に支えて、しあげに荷物やそこらの石で重石をする。
これだけで雨風を結構しのげるものなのである。後、害虫の進入も。
これだけのことにかかった時間はおよそ15分。
「しゅうりょ〜」
重そうに石を運んできてテントにリノが乗せる。
「うし、終わりだな。さて、飯にするか」
「ふはぁ〜・・・あ、そうしましょう」
疲れたため息をリノが出したのに、シェリクは苦笑した。
石を集めて円をつくり、そこに燃えるものをほおりこむ。
一日野宿は確定なので荒野の塔で大量にパンフレットなどを貰ってきた。
マッチで火をつけ、火が全体に回る頃を見計らって
フライパン代わりの浅い鉄ナベを二つ荷物から出す。火にかける。
鉄ナベが温まってきた頃を見計らい、肉を入れ、野菜を入れる。
塩で味付けし、荷物からパンを取り出す。
炒めているその間に、ちゃんともう一つのナベではお湯をつくっておく。
「はい、完成。適当で悪いけどね。お湯もあるから、ティーパック出して使ってもいいよ」
シェリクはそう言いながらお湯のまま飲んだ。煮沸消毒はちゃんとおこなう。
これをしないとお腹を壊して至極困る。
「私もこのままで良いですよ」
お湯に口を付けたあとパンを一囓り、小さい歯形がなんともかわいらしい。
野菜炒め(と呼ぶのかも分からない炒め物)を食べる。
塩だけのシンプルな味。つくるの簡単、不味くはならない。けど、飽きる。
ちなみにこんな旅の中で不味いから食べない、とは言えるわけがない。
『不味い』とは、すなわち『食べられないほど不味い』ということなのだ。
当然塩で味を付けて炒めただけのものなど、美味しいわけがなかった。
それでも、二人は美味そうに食べた。
と言うか、二人にとってはこれでも美味しいものなのだろう。
リノがどんな生活をしてきたなんかなんて知らないが、
孤児院ではたまに食事なしなんてこともあった。
最近は改善されたらしいが、一時町全体が景気がよくなくて物流が止まり、
孤児院にお金をかけている余裕がなかった時期があったのだ。
・・・・思い出した。
その時俺は風引いてて、しかも栄養足りなくて、死にそうだった。
その時、ほとんどないご飯を、フロディが俺に分けてくれた。
けど、俺はそれを吐いちゃって。
それでもフロディはいやな顔一つしなかった。
にっこり笑って『かぜ、早く直さないとね』って。
ああ、懐かしいな。
元気にしてるかな、フロディ。
シェリクは、空を仰いだ。
(フロディか。一生忘れられない『親友』なんだろうな・・・・)

そうして、夜は明けた。
トールとフロディはその時には何とかゴーレムを倒し、満身創痍で荒野の塔を出た後だった。
塔は巨大な剣が突き刺さっていて、造形が変わっていた。
中身の迷路なども道が変わっていて困ったし、
たまに異常に強力なモンスターが出た。
天井から落ちてきたスライムに、肩を溶かされたりもした。
余談だが、スライム系の恐ろしさは天井から突然奇襲をかけられたりするところである。
緩慢な動きに油断すると、不意打ちを食らって重傷、なんてこともある。
レベル1試験でも、死人は出る。
トールとフロディは、死人にならないよう必死だった。
いつの間にか夜は明けていた。試験合格で、ホッとした。正直、眠かった。
リノとシェリクはテントの中で目を覚ました。すっきりした朝だった。
おはようとお互い言い、シェリクはストレッチを開始。日課にしようと心がけているそうだ。
その間にリノは朝ご飯の用意。と言ってもパンを並べてお湯を沸かすだけだ。
「朝ご飯ですよ」
リノが声をかけると、シェリクは動きを止めた。
「何のストレッチですか?今のは」
リノが聞く。
「ラジオ体操第一」
「・・・・・何ですか、それ?」
「いや、冗談だから・・・」
そんな朝の会話。なんだか新婚みたいだ、などとアホな考えがシェリクの頭の中で浮かび、
その考えが恥ずかしかったのか朝っぱらから脳内で悶えた。
こうして、それぞれの朝は始まるのだった。
それぞれ迎えた朝は、対照的だった。

シェリクとリノはフルートに向けて歩き始めていた。
荒野は次第に緑を増し、草原っぽくなった。
「・・・気持ちいいなぁ・・・」
草原の中を歩きながら、フルートに向かう。
「同意ですぅ・・・・」
リノの髪が風邪でさらさらとたなびく。ああ、良い絵だと思った。
と、そこに、真っ白黒目のウサギが通りかかった。一匹だ。
「あ、うさぎさん」
リノは忘れていた。草原にはいる前に、『ウサギ注意』という謎の看板があったことを。
リノが近づくのをシェリクが止めようとしたときには、遅かった。
ウサギが、もの凄い勢いで、手に持っていたニンジンでリノに殴りかかった!
あぶない!シェリクが叫んだ。
ウサギの足から繰り出される瞬発力はすごい。
リノにニンジンで殴りかからんとした、その時・・・・!!!
リノは、自分の胸にウサギが飛び込んできたと勘違いして、ウサギを抱き留めた。
真っ黒のはずの目を白黒させて、すんざましく驚くウサギ。
嬉しそうに頬ずりするリノ。
・・・・・・・
ナンデスカコレハ?
シェリクは誰かに答えてほしかった。
しばらくして。
結局ウサギはリノにおそれをなして逃げていった。
ちなみにあのウサギはモンスター指定をされている殺人ウサギ種。
名前は「キラーラビット」。そのまんま。可愛い外見にだまされて近づくと、
超硬質ニンジンで撲殺されるらしい。恐ろしいウサギだ。その話をリノにすると、
「可愛いウサギさんがそんなことするわけありません!」と言って引かなかった。

そんなどうでもいい事件があったり無かったりで、二人は『フルート』に着いた。
入国審査では身分証明書として勇者認定書レベル1を見せる。
入国審査の係のおっちゃんは、
「おお、君たち新米勇者か!がんばってくれよぉ!」
とひととおり激励した後、「おれのわかかったときゃ・・・・」
などと昔の自分自慢を始めたので、さっさと逃げた。
「そういえば・・・勇者って言うお仕事は何をするんですか?」
道々、リノが聞いてきた。
「授業で習ったじゃん?」
「・・・・・・忘れました」
真っ赤になって呟くように言うリノ。
「もしかして、寝た?」
「・・・・はい」
真っ赤な部分が広がって、耳まで真っ赤。
面白いけど、これ以上つつくと沸騰しそうなので止める。
「元々、勇者の由来は昔世界を征服しようとしたり崩壊させようとしたり
した『魔王』を打ち倒したものに送られる称号だった。
けれど時は流れ、魔王はなかなか現れなくなった。
今の勇者の仕事は賞金首のモンスターを倒したりすること。
それと困っている人を助けたり、まぁ、後はある一種のブランド品、かな」
「ブランド、ですか?」
「うん。数ある職種の中、人々が求めてやまない偶像性を持つ、強く気高い職業。
アイドルなんかと同じ、そこに居るだけで意味がある、って感じかな」
はぁ、そうですか・・・なんて言う気の抜けた返事。
きっとそんな職業だと思わなかったのだろう。
ちなみに・・・噂であまりよいとは言えないことも聞いた。ただ、これは黙っておく。
そんなこんなで、メインストリートに二人はついた。
「ここがフルートシティかぁ・・・・」
カラフルな配色の町だった。
基調は空色、薄緑、淡い黄色。そして白。
真っ白な家の外壁にはカラフルにペイントで装飾が施され、
町の雰囲気をにぎやかにしている。
それをおいてもにぎやかな町の喧噪は、活気のある町であることを如実に物語っていた。
「さすがは草原の中の町、ってか・・・」
シェリクが目を丸くして呟いた。
「うさぎさんは可愛かったですしねぇ」
・・・・まだ言うか。
にしても、こんな町だと何か良いことでもありそうだ。
気分もうきうきしてくる。少しかったるい、と言う意見もあり。
「ん・・・さて、どうするか」
シェリクが、呟くと。
自分より頭一つくらい小さい男の子が、自分に話しかけてきた。
「勝負して下さい」
「・・・・・は?」
うきうきの気分が全て消え、かったるい気分が瞬時に増幅した。



【第1話、終】
第2話に続く