運 命      と           剣
Fate and Sword



【1章】
《第2話 荒野の塔/The first Dungeon!!》


その日は道の途中で野宿をし、朝早くに起き、そして歩き続けた。
そうすると、昼頃には『荒野の塔』についた。
その名の通り、荒野の真ん中にポツンと立っている高い塔。
何もない平地に一つ建っているため、余計に大きく見える。
二人は、勇者試験に挑む。

「・・・・疲れた」
ぼそりと、シェリクは呟いた。
「まだ歩いただけですよ?」
リノが苦笑いしながらシェリクを見る。
「いや・・・この塔を見ただけで、何というか・・・」
そこにあった塔は、いかにも
『魔物が住んでますー』と言わんばかりの古ぼけた赤煉瓦の塔。
先の方が細くなっていて、それはそれはステレオな『塔』の像が見える。
「・・・とりあえず、試験受けるか」
シェリクはため息混じりに呟いた。
「そうですね」
リノの腕が緊張で振るえているのが、マント越しにも見えた。
「そんなに気張る必要はないって。たかがレベル1だし」
そうして入り口へと、二人は向かうのだった。

「いらっしゃいませ!当勇者試験会場をご利用いただき、誠にありがとうございます!」
やたらギィギィうるさい古ぼけた木製の扉の向こうにはカウンターがあり、
そこには一人の女性が佇んでいた。
「・・・・」
あまりに場違いな台詞に、シェリクは硬直した。
「あ、ご丁寧にありがとうございます」
深々とお辞儀をするリノ。いつのまにかフードをかぶっている。猫耳。
「当会場ご説明をするパンフレットは500ルクにて販売いたしております。
簡易の説明だけなら私がさせていただきます。
ちなみに試験を受けるには1パーティーつき1000ルクとなっております」
「あ、はい、わざわざありがとうございます」
・・・・二人とも突っ込みどころは満載だが、
あえて何も言わないことにしようとシェリクは思ったのだった。
ちなみに、ルクというのはお金の単位。
(・・・勇者試験って金取るのかぁ・・・)
しみじみと、思った。

「当試験会場は全五階の構造となっており、
一階はロビー、5階は闘技場のような物になっております。
2〜4階は各階ごとに異なる生物のフロアとなっております。
詳しいフロアごとの説明はパンフレットにてご覧下さい。
五階には試験官が待っており、そこでボスと呼ばれる物と戦っていただき、
それに見事うち勝てば試験合格です。
途中でもの言わぬ屍になってしまった場合は
ちゃんと遺骨を家族の元に届けますのでご安心下さい。
それではここに住所、氏名をご記入下さい」
試験官の説明は丁寧でわかりやすかったが、なんだかすっごいつかれるものだった。
「あぁ、そう言えば。失礼ながら、個人的な質問をいいですか?」
「ええ、どうぞ」
リノが愛想良く答える。
「そちらの男の子が装備しているマントから見て、お二人はアルトシティの卒業生ですか?」
「そうですよ」
「と、言うことは、卒業式が最近おこなわれた、ということですよね?」
それがどうかしたんですか?とリノの目が問いている。
「ええ。あなた方二人が一番乗りだったんですよ。
それにしても・・・またこれから忙しくなります」
にっこりと女性は笑うと、あちらに階段があります、と指をさした。
「それでは、御武運を。無理はしないで下さいね」
「はい、それでは」
二人は階段を上がっていった。

勇者試験会場レベル1・二階。
「何で、だーーーーー!!」
初っぱなからシェリクは叫んだ。
二階に上がってすぐに目に入った物。
鬱蒼と茂る熱帯雨林の森、ジャングル。
「何で怪しげなオウムの鳴き声とか、かさかさという虫の音とか、
川が流れててワニがいたりするんだよ!!?」
シェリクは混乱した!
「ちょっと落ち着いて下さい!」
リノの攻撃、ソーロッドでシェリクを殴った!
シェリクの混乱は解けた。
「・・・少し落ち着こう。いや、何で塔の中の、それも二階にジャングルが生い茂ってるのか」
シェリクはあくまでこだわるようだ。
「気にしない気にしない♪それじゃあ、行きましょう!」
さわやかにシェリクの疑問を受け流すリノ。
「いや、でも、なぜ、ええと・・・」
その時、ぴくん、とリノのフードの猫耳が動いた。
シェリクのその猫耳は動くのか!?まさか本物!?と言う疑問をよそに、リノは叫んだ。
「敵、モンスターです!」
がさがさ、と木々をかき分けてこちらに向かってくる音。
シェリクは今までの疑問を一度思考の片隅に追いやり、集中する。
ガサッ!ひときわ大きな音。緊張が高まる。
木々の間から現れたのは・・・!
「・・・・スライム・・・」
ゲル状の、例の生き物だった。
シェリクは表情を全く変えないまま剣を抜き放ち、緩慢な動きでゲルに剣を突き立てた。
何の抵抗もなく水のように溶けて消えるゲル。
何事もなかったかのようにシェリクは「何でジャングルなんだろう」とぶつぶつ言っていた。
まるで嫌なことを忘れようとしてるみたいに。

この階での最大の敵は、モンスターなんかではなく血を吸う虫だった。
「バンパイア・フライ」と呼ばれるその虫は、その大層な名前に反してやたらみみっちい。
血を吸うと、患部が腫れて異常なまでにかゆくなるのだ。
おまけに集団で群がってくるためぶくぶくになる。
さらに耳元を飛ばれると羽音の大合唱。
正直、発狂しそうなほどうっとおしい。
二人が長袖の服を着ていなかったら悲惨なことになっていただろう。
「・・・・フードがうらやましい」
シェリクがぼやいた。
密林をかき分けて進むたびに虫が飛び立ち、耳元を掠める。
それがだんだん耐えられなくなってきた。
「勇者には忍耐も必要、と言うことでしょうか・・・・」
「・・・自信なくなってきた・・・」
〜勇者に必要な3箇条〜
勇気・正義・根性(次点・愛)

そんなこんなでやっとの事で階段につく。
結局戦ったのはゲル3体とスライム1体、ゼリー1体。
いずれも剣を突き立てるだけで勝手にやられてくれたので楽勝だったが、
なぜかやたらと体力・精神力を使う階だった。
「そう言えば、建物の中だとリノの魔法は使えないよな」
「そんなことないですよ。天井を突き破ればいいですし」
「・・・・」
「あ、けど、先ほどやってみたんですけど、
2階に届く前に止まってしまったみたいです」
「・・・・」
「・・・・」
虫に所々刺されたお互いの顔を見合わせる。
「・・・・痒い」
「なんかどうでもよくなってきますね・・・」
「いや、だめだろそれは・・・・」
だれた会話が続く。
「・・・・」
「・・・・」
お互いに疲れたのか、無言で階段を上っていった。

勇者の塔・三階。
2階より狭くなっているはずのこの階は、煉瓦作りの迷路のようになっていた。
入り組んでいそうだったが、それなりに明るいことが幸いといえた。
「迷路ですね・・・」
「ああ、そうだな」
「迷ったら、どうしましょう・・・・」
「いや、絶対にそれはないよ」
不思議そうなリノに、シェリクは迷路の基本を教えてやることにした。
「右手の法則という物がある。別に左でもかまわないけど。
迷路という物は、どちらか一方の手を壁につけて歩いていれば必ず出口につける、
というものだ。壁だけで見れば、道も一本の線になるから」
「はぁ・・・そうなんですか・・・」
絶対よく分かっていないリノ。
「まぁ、壁にあるスイッチを押してしまってトラップに引っかかったりとか、
気をつけなくてはいけないことが色々あるからね」
「はい、分かりました」
シェリクは右手を壁につけて歩き出した。
煉瓦の冷たい感触が手のひらから伝わってくる。
「・・・・・」
こういう雰囲気のところは、自然と緊張する。
冷たく古くさい空気、カビのにおい、薄暗い通路。
初めてのダンジョンらしいダンジョンである。
かつん、かつんという二人分の足音が静かな通路に木霊する。
「なんだか、少し怖いですね・・・」
リノはシェリクの感じた緊張を、恐怖としてとった。
「ああ・・・気を引き締めないと」
シェリクは後ろについてくるリノには振り返らず、そう言った。
それから、静かに二人は歩いていった。
ピタッ。突然シェリクが歩くのを止める。
「どうしました?」
リノがおそるおそる聞くと。
「・・・・敵だ」
しかし先には何も居ない。
少しほかのところより暗いだけである。
ほかのところより、暗い・・・!?
「危ない!」
シェリクはリノを抱えて横に飛んだ。
先ほどまでリノが居たところを、黒い影が風切り音を伴い通り過ぎていった。
「シャドウ系のモンスター・・・」
シャドウ系のモンスターは、実体が見えない。
影だけが動いているように見えるのでシャドウと呼ばれる。
恐らくそこにいるのはシャドウ系で一番殺傷能力の低いシャドウバグだろう。
全長15センチぐらいの、はさみを持った透明の羽虫である。
それにしても・・・こんなレベル1試験の会場に普通居るモンスターではない。
「結構強いんだぞ、シャドウ系は・・・」
シェリクが、苦い表情をつくる。
「倒せ、ますか?」
リノが後ろから心配そうな声を出す。
シェリクは剣を抜き放ち、青眼に構えた。
「大丈夫。俺はアルトアカデミーの、二位だ」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、シェリクは渾身の力を足に込める。
バグは距離をとろうと背を向けている。
小さいシルエットを、五感を研ぎ巧し把握する。
外したら隙が出来る。そうすると、自分は奴の持つハサミでボロボロになるだろう。
勝負は、一瞬。冷や汗が流れる。
足にためていた力を、解放。
瞬間的にすごい跳躍力を発揮、一気に間合いを詰める。
そして、斬撃。
重い剣を袈裟に切り下ろし、シャドウバグを一刀両断の元、切り捨てた。
「・・・・やった」
シェリクは一連の動作が寸分の狂いもなく
脳内シュミレートと同じことが出来て、ホッとした。
だんだんこの剣の重量も分かってきた。
「すごいです!」
リノが興奮気味に言う。
「まぁまぁだったね」
シェリクはにっこりとそう言った。
しかし彼の頭の中では、なぜここにシャドウバグが居るのか、
と言う疑問がぐるぐる回っていた。
シャドウバグは殺傷能力は低めだが、それはほかのシャドウ系と比べての話。
普通のレベル1パーティーでは歯が立たない相手だ。
その鋭利なハサミは肉をたやすく切り裂き、機動力は並ではない。
さらにはその体の特性上、突然襲われることが多々ある奇襲型モンスター。
おまけに外骨格は結構な高度を持っているため、
スマートナイフ(初期装備のナイフ)ではダメージを与えることすら出来ない。
確か勇者試験ではレベル4で解禁になるモンスターだったはずである。
なぜこんなところにいるのか、そんな疑問が・・・
「わーーー!!シェリクさん、にげましょう!」
シェリクの思考はリノの叫び声によりカットされた。
「どうした!?」
「あ、あそこです!」
通路の方を、指さす。巨大なシルエットが、見えた。
通路の向こうから現れたのは、二つの頭と蝙蝠の羽を持つを持つライオン、
『ツインレオ』だった。ちなみに解禁レベルは11。
「逃げようか♪」
思わず音符マークがついてしまうぐらい、さわやかな返事だった。
バカ野郎、相手になるわけないだろう。

もと来た道を逆流しまくった。
余裕の表情で追いかけてくる双頭の百獣の王。
リノがマントの裾を足に引っかけて、こけた。
息が上がって注意力が散漫になっていたのだろう。
ツインレオがリノの喉笛に食らいつこうとする。
「きゃあっ!!!」
リノが、叫ぶ。
「ちっ!」
シェリクは背中の大剣を抜き放ち、リノを喰おうとしたツインレオの口にくわえさせる。
口が切れたらしい、ツインレオの呻き声。
その隙にリノの襟首を引っ張り、離脱させた。
「・・・危なかった・・・・」
何とか5メートルほど距離をとる。
しかし、リノが失神してしまった。これでは逃げることが出来ない。
「仕方がない、一か八か、戦うか!?」
階段まではまだ遠い。シェリクが腹をくくろうとした、その時。
「そうしますか?」
突然の背後からの声。シェリクは驚いて振り返った。
後ろから、少年が歩いてきていた。
パートナーらしき長身の少女も向こうから走ってくる。しかしまだ遠くてよく見えない。
少年は、印象的な白髪。白髪の炎の鬼、そう呼ばれた少年。相変わらずの学校指定の茶マント。
カイン=フリックだった。
手につける小手から剣を生やしたような武器を両手につけている。
あれこそがカインを学年最強としている要因の一つ、
攻防一体、特殊能力付きのOP(オーパーツ)、『双剣フレージュ』である。
カインはシェリクの横に並んだ。
「なぜこんなところにツインレオがいるのでしょうか?」
「・・・しらん。俺が聞きたいくらいだ」
シェリクは自然に口調を変える。
「・・・二人で、倒せますよね?たぶん・・・」
「お前一人で十分なんじゃないのか?」
シェリクはため息をつきながらカインを見る。
こいつが出てきてしまっては、自分の出番はないと思った。
「そんなことありませんよ。私の攻撃では、ツインレオの外装を貫くには威力が足りません。
私が囮になりますので、シェリクさんがとどめを刺して下さい」
それだけ言うと、カインは跳んだ。いや、飛んだ。
人間が立ち幅跳びで、重い武器を装備して、空気抵抗の激しいマントを着て、
5メートルも跳べるはずがない。
しかし、カインはそれを実行した。
ツインレオの左爪と、カインのフレージュがぶつかり合い、金属音をたてる。
「はぁっ!!」
カインのかけ声。
一瞬の体重移動でレオの攻撃を逸らし、爪に一瞬で何発もの斬撃を加える。
ツインレオの左の爪が、ボロボロになって使い物にならなくなる。
そして、炎上。
ツインレオの左腕が、発火した。
これが古代のオーバーテクノロジーの産物『オーパーツ』の一つ、
『フレージュ』の能力、『攻撃対象炎上』。
攻撃対象にたいしてダメージを与えた場合、瞬間的に高熱を発し、
それを燃やす。白髪炎鬼の由来は、そこからである。
それにしなくても恐ろしいまでの戦闘能力。
一瞬で10に近い数の斬撃乱舞。
これが学年最強の力である。
「・・・浅かったようね」
シェリクの隣には、気づけば先ほどのパートナーらしき女性が立っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・まったくシェリクのおばか、魔法使いを走らせるんじゃないわよ!」
ぜぇぜぇと辛そうに息をはき続けるその長身の女性は、
光沢のある腰ほどまでのワインレッドの髪と同じ色の目が綺麗だった。
フロディの物より濃く、艶もある。
いたって普通の冒険者の格好、Tシャツを重ね着した物に、Gパン。
その上にいかにも魔法使いです、というロングのマントを装着している。
やはり冒険者にロングのマントは欠かせない。
「ほら、あんたはよそ見してないの。タイミング良くトドメにはいるのよ」
そうだった。目の前で行われている戦闘に目を移す。
ひらりひらりと敵の攻撃を避けながら斬りつけるカイン。
そこでは、カインが一方的に押しているように見えた。
けれどカインの斬撃は全てレオの強力な外皮に阻まれ、貫通しない。
ダメージを与えなければ燃えないフレージュは、今のところ役立たず。
焦げているのは左腕だけである。
「ここまで、強いとは・・・」
カインも少し困惑している様子である。
「・・・・」
カインが、声を張った。
「シェリクさん!今から5秒後に、敵に隙をつくります!その隙に、一撃で倒して下さい!」
無茶言うな、とシェリクは思う。けれど、拒否権はないらしい。
確かに自分の今装備している大剣ならレオの首をかっ斬れるかも知れない。
足に、力をためる。
カインは両手のフレージュをぶつけ合い、打ち鳴らした。
フレージュから、炎が立ち上がる。炎の剣。対象を燃やすだけではなく、
それ自身を燃やす隠し能力もあったようだ。
その剣でレオに向かって突きを放つ。狙いは、目。
炎を見て一瞬おびえたレオの左目に、燃えたフレージュが突き刺さった。
右は爪で阻止された。
ぎゃぁぁ、と言う、断末魔のような咆吼。とてもライオンとは思えない。
きっかり五秒。
シェリクは地面を蹴った。
首に大剣を打ち付ける。狙いは双頭の両の首。同時に落とす。
斬れろ!
シェリクは念じた。
ガキィン!
刃物と刃物がぶつかるような音がした。
堅い外皮に阻まれ、刃は入っていかなかった。
渾身の力で決めた一撃が無効だったと絶望した、その瞬間・・・・
ミシッ、と言う音がした。
レオの首の骨が、折れていた。
斬撃の衝撃が、ライオンの首の骨を粉々にした。

「・・・・どういうことですか!怖かったんですよ!」
リノがと〜っても怒っている(けど怖くない)。
とりあえず、全員一階に戻ってロビーで事情を説明した。
「・・・・よくツインレオを剣で倒しましたね・・・・・」
呆れたのか感心したのか、中途半端な返事を返してくる試験官。
けれど証拠にツインレオの牙を持っていったので信じてもらえた。
「この会場に、シャドウバグもツインレオも存在していません。
周りの荒原にも生息してないですし、どこからか召喚されたとしか考えられません」
「・・・・」
「・・・・」
何が原因なのか。それを突き止めなくてはいけない。
「参りましたね・・・あなた方は早めにこの会場を訪れましたが、
今日の夕方にはぼちぼち人が来始めます。明後日あたりがピークです。
出来れば今日中に、問題を解決しなくては・・・・」
そう言うと、試験官は有線通信機に手をやり、五階で待機している試験官に
事情を説明して原因を探るようにいった。
「彼は勇者レベル7の結構な強者です。たぶん大丈夫でしょう」
ため息をしながら試験官は言った。
「バイト?」
まだ名前を聞いていない、カインのパートナーが聞く。
「そうですよ。結構時給いいんです、このバイト。泊まり込み、三食付きですし」
またどうでもいいことを聞いてしまった。
「そんなことはどうでもいい。我々はどうすればいいんだ?」
壁にもたれかかっていたシェリクが口を開く。
「そうですね・・・シャドウバグを倒しただけでも十分合格、
ツインレオにいたってはレベル5くらいまでは飛び級できちゃうんですが・・・
あいにくここはレベル1試験会場なので無理ですね。
それよりも、原因究明のお手伝いをお願いします」
「やっぱりそう来たか・・・」
ため息混じりにシェリクは呟いた。

五階に直通だという階段に案内され、シェリク一行はその階段を上がっていく。
がやがやと雑談なんかをしながら歩いていると、
転がり落ちるようにして男の試験官が降りてきた。
「う、うわぁぁ!!」
恐慌状態に陥っている。これでは話も聞けそうにないので、放置。
リノは心配そうに最後まで見ていたが、シェリクなどはさっさと無視して先に進んでいる。
「・・・ついに最上階か・・・」
踊り場があり、そこに扉が二つある。一つが控え室、一つが会場と書いてある。
恐らくこの先が、最上階のフロア。
全員が揃うまで踊り場で待ち、目配せで確認した後一気に扉を開ける!
そこで、目にした物は。
ホールのようになっている大きなフロアの中心に、
禍々しく歪にゆがんだ紫色の剣が刺さっており、そこからは紫色と黒のオーラが出ている。
魔界の沈殿した汚水のような邪気、障気である。
こんな物を出す剣は、有名な魔剣に違いない。なぜ、こんなところに。
たまにオーラが揺らめき、明らかに凶悪そうなモンスターが召喚される。
フロアは、モンスターであふれ返っていた。数にして、2,30。
おまけにツインレオの比にならないくらい凶悪なモンスターもごろごろ居る。
解禁レベル25が見たところ最高っぽい。
ちなみにそれは「ゼブラキマイラ」。シマウマをベースにしたキマイラ(合成獣)で、
従来の物より素早さが高い。体の黒と白のしましまが特徴。蝙蝠の羽で空を飛ぶ。
ライオンと山羊の首からは炎と冷気を吐き、体はツインレオよりずっと固い。蛇の尻尾は猛毒持ち。
ついでにフロアの右端には、レベルアップ試験用に使われると思われるゴーレムが置いてあった。
とってもおおきいな〜、などと現実逃避がてら観察する。
やらなくてはいけないことは非常に明白。
『邪剣の破壊・モンスターの殲滅』
しかし、やらなくてはいけないこととやれることは必ずしも一致はしない。
考え得る最速の早さで、シェリクは扉を閉めた。

「・・・どうする」
シェリクはもうすでにやる気がないようだ。
「どうしようもないです・・・・」
リノも諦めモードに入ってしまった。
リノはがたがた震えている。よっぽど怖かったのだろう。
あのカインですら、傷一つつけられないクラスの魔物がごろごろ居る。
そんなところに行っても瞬殺されるだけだ。
「・・・・」
「・・・・」
「方法は、なくも、ない、ですけど」
カインが、目をそらしながら言う。
「!!??」
カインの方に目を向ける3人。
ただし、パートナーの女だけは、少し違う驚きの目だった。
「メリア、やりますか?」
メリアと呼ばれたカインのパートナーは、
少し迷った後、強い意志を持った目をカインに向けた。
「・・・分かりました。仕方がないです・・・。
すいません、シェリクさん、リノさん。私たち二人で、そこの敵を一掃してきます。
しばらくそこで待っていて下さい」
「・・・了解」
方法は気になった。見せられないような物なのか。
それでも、見るなと言われたら無理して見ようとも思わない。
二人は、ドアの向こうへと行ってしまった。
リノはまだガタガタと震えている。
「どうしたの?」
シェリクはしゃべり方を戻して聞いた。
「・・・・すいません」
リノは、絞り出すようにそう言った。
「あの剣を召喚したの、たぶん私です・・・
二階で言いましたよね、一度召喚してみたけど落ちてこなかった、って・・・・」
そう言えば、そんなことも言っていた。思い出した。
ぶるぶる震えて、必死に耐えている。
何に耐えているのだろうと思った。そして、思い出した。
俺は「ごめんなさいは一度でいい」とリノに言った。それを、リノは必死に守っているのだ。
自分の罪悪感にさいなまれて、今にも潰れそうなのに。
ごめんなさい、と言っていれば楽なのに。
彼女は、ひたすら耐えているのである。
「・・・・バカだな」
「?」
「お前はバカだよ。ほら、カインが何とかしてくれるそうだろ。
大丈夫。別にお前が悪い訳じゃないんだ。
ただ・・・召喚、コントロールできるように、がんばらなきゃな」
シェリクは、笑いながらリノに言った。
「ほら。めそめそするの止めて、しゃきっといこうぜ?反省会は後だ。
今俺たちの重要なのは、いかにして魔剣を破壊するか、だ」
シェリクの精一杯の励ましに、リノはがんばって答えようと、無理に笑顔を作った。
ぎこちないが、綺麗な笑顔が出来た。
壁の向こうで、大きな物音がした。

扉の向こうでは、地獄ができあがっていた。
カインは、傍観しているだけである。
今回の戦いの主役は、メリアである。
(守ると、誓ったのに・・・結局僕は、彼女を戦わせている)
カインは、自分を責めていた。
今、メリアの周りには巨大な赤い蛇が踊っていた。真っ赤な鱗が燃えているようだ。
赤い蛇は、一口で圧倒的な強さを誇るはずの魔物を3匹は飲み込んでいく。
更に逃げ場がないよう炎の壁をつくり、熱さで悶え死ぬ者もいる。
まさに、地獄。
逃げまどう魔物、灼け死ぬ魔物、喰われる魔物。
「ゲルニカ」
メリアが、蛇の名前を呼ぶ。
メリアは全くの無表情、普段の騒々しい彼女からは想像もできない。
氷の鉄仮面が、恐ろしい。
名を呼ばれた炎蛇が、炎弾を吐いた。
地面に炸裂し、煉瓦を焦がし、広がり、数匹のモンスターを巻き込み、焼け死なせる。
それは、まさに戦争の時絨毯爆撃で全てが燃え尽きるようだった。
ゲルニカ。それが、炎蛇の名前。

いつの間にか、剣とゴーレムを残し全ての魔物が焼け死んでいた。
「・・・・」
寂しそうな瞳で、メリアは焼け跡を見た。
死体は一つもない。骨ごと喰われたか、骨まで焼き尽くされたか。
「・・・・相手は、人間じゃないよ」
カインは、メリアに言い聞かせる。
目が、必死だ。
「そう、だけど、さ・・・」
それだけ言うと、メリアは崩れ落ちた。
精神疲労による失神だった。
「・・・・・」
情けない自分に自己嫌悪、寂しい目でメリアを見つめながら、カインはメリアを抱き留めた。
「・・・はいってきていいですよ」
カインは小さく声を上げた。
シェリクとリノが入ってくる。何か聞きたげな顔である。
灰と剣しか残っていないホールを見て、驚く。
「・・・・・」
「私は、下で待っています。その剣の破壊は任せましたよ」
カインはそれだけ言うと、扉の向こうへ行った。
かつん、かつん。一人分の足音が、聞こえた。

・・・・魔剣と対峙する。
刀身から放出される正気は止まっていて、遠目にはただの剣にも見える。
しかしそのいびつにゆがんだ紫色の刃は、凄まじいプレッシャーを放っていた。
「・・・意志でも、あるのか?」
シェリクは、その邪剣を凝視した。
刀は、喋らない。
「・・・・世の中には喋る剣もあると聞いたけど、これは喋らないようですね」
リノがじりじりと後ろに下がる。
尋常じゃない場の空気に、体が自然に反応したのだろう。
「・・・・・・」
突然、地面に突き刺さっていた剣が爆ぜた。
まるで意志があるように・・・いや、意志があるのだろう。
漠然とした、殺意のみの意志が。
魔剣は、ゴーレムの右手に突き刺さった。
リノとシェリクは、ゴーレムに目をやる。
粘土製の大きなゴーレム。全長は3メートルほど。
額には『emeth』の文字。心理の意である。あれの『e』を消すと、
意味は『死』になりゴーレムは破壊される、と言うのが通説である。
目に、光が宿る。濃紫色の、邪悪な色が。
ゴーレムというハードウエアに、邪剣というソフトウエアが宿ってしまったのだ。
これでゴーレムは、起動する。
ゴーレムの強さは、ソフトに比例する。
「・・・・」
「・・・・」
粘土で出来たそれは、ゆっくりと起動した。
「・・・・」
「・・・・解禁レベルはどれくらいでしょうか?」
「・・・測定、不可」
ゴーレムが右手を掲げる。
突き刺さった剣を、そのまま振り下ろした。
大地が裂けるような轟音の後、五階に大穴があいた。
「・・・当たったら、粉々だよな」
シェリクは、大剣を鞘から抜く。
「リノは端で待機。こいつは俺がどうにかする!」
額のemethの文字に斬り込んでいく。ジャンプからの斬撃。巧くいけば、これで倒せる。
しかし、左手に阻まれる。ゴーレムの手だけで、
シェリクの胴以上の大きさがある。
弾き飛ばされ、シェリクは背中をしたたかに打った。
「・・・くっ!」
追い打ちをかけるように、剣のでの斬撃。
シェリクは間一髪、転がって回避する。
「・・・・」
emethの文字が、ゴーレムの弱点である。
けれどもゴーレム自身それをよく知っているらしく、左手で常に防御している。
(・・・分が悪い)
シェリクは一人ごちた。

リノは、悩んだ。
自分には、どうすることもできない。
シェリクは必死で戦っている。
なのに自分と来たら、それを見ることしかできない。
自分には、何か出来ないのか。
パートナー失格だ。
シェリクが弾き飛ばされ、ビクッとする。
大丈夫。シェリクはちゃんと立ち上がった。
私にできること。私にできること。私にできること・・・!!!
リノは悩んだ。
そして、唱えることにした。
私の、オリジナルの魔法を。
この魔法を使うのは、世界で私だけ。
さあ、剣を召還しよう。
あの敵を貫くことが出来る、剣を!

シェリクははっとした。
リノが何かを唱えている。
剣を召喚するつもりだろうか。
しかしよそ見をしている暇はなかった。
緩慢そうな見た目よりもずっと早い斬撃が、シェリクを襲う。
こちらの攻撃はことごとく跳ね返され、装甲も貫けない。
逆に細かく傷つけられ、体力がなくなっていく。
斬撃を、とっさに回避する。
けれど避けきれず、肩から血が噴き出した。
「・・・ちっ!」
薬草を買っておけば良かったと、強く後悔する。
戦闘に置いての無駄な思考は、生死を左右する。
そんなことを考えてしまったのが。運の尽きだった。
今まで守ることに専念していた左腕が、
轟音をたてながらシェリクに殴りかかってきていた。
虚をつかれた。
回避は間に合わず、とっさにガードする。
ベキリ、と言う嫌な音を骨が立て、後ろに吹っ飛ばされた。

リノはその光景を見た。
シェリクは吹っ飛ばされた。
壁にぶち当たり、腕から血をだらだら流している。
変な方向に曲がった腕が痛々しい。
悲鳴を上げそうになった。
それでも、詠唱をつづけた。
ゴーレムが、止めを刺そうと、シェリクに近づいていく。
まだシェリクの息はあるようだ。
させるか。
させるか。
させてたまるか!
リノは、強く望んだ。
あのゴーレムを倒すことが出来る、強力な剣の召喚を!

大気が、揺らめいた。
空間が裂ける。
時空の扉が開き、上空から何かが落ちてくる。
ゴーレムが、邪剣を振りかざした。
シェリクを殺そうという、そのための動き。
轟音をたて、空から何かが落ちてくる。
・・・・・・・
ゴーレムがその手を振り下ろそうとした、そのとき。
雷鳴のような破壊音。
『何か』が、ゴーレムを粉砕した。
神様が使うような、巨大な剣が落ちてきたのだった。
その剣は塔に直接突き刺さるほど大きくて、20メートルはありそうだった。
神聖な雰囲気を出す、白っぽい色の、綺麗な装飾の施された石剣。
それが、『何か』の正体だった。
それは、天井を突き破り、三回まで貫通し、ゴーレムを貫いた。
『死』を刻む必要もないくらい、完膚無きまでに、ゴーレムは破壊された。

シェリクは、意識を失っていた。
試験官の腕を借り、シェリクを一回ロビーに運ぶ。
巨剣を見て、試験官は「今年の子は凄いなぁ・・・」と唖然としていた。
今シェリクは応急処置を施され、ベッドで寝ている。
別の部屋ではメリアも寝かされているらしい。
一回には医務室まであるのだった。
リノは、側でたたずんでいる。心配そうな顔。
「・・・・・うぅ」
シェリクの意識が戻る。
「!!」
リノの顔が、一気に明度をます。
「・・・・あれ?ここは・・・?」
「・・・・・」
リノが、泣き出した。
「・・・えぇ?い、え、あれ?」
状況が把握できないのに、側のリノは突然泣き出してしまった。
「・・・・だって、だって、死んじゃうかと思ったんだもん!
心配で、怖くて、寂しかったんだから!
しんじゃだめ、しんじゃだめって・・・目・・・さましたから・・・」
シェリクは、だいたいの内容を思い出した。
ゴーレムに飛ばされ。朦朧とする意識の中。空から降ってきた大きな剣。
「リノに、守られちゃったね・・・」
眠いときの頭は、なにも考えずに思ったことを喋る。
「あの剣を、見て・・・・」
シェリクが使っていた、大剣を指さす。
「あれ・・・・?」
リノが、剣を見る。
「あれはね、リノが僕の前で最初に召喚した剣なんだ・・・・」
「そうなん・・・・ですか・・・」
「うん・・・でね、僕は、あの剣に誓ったんだ・・・・
リノって言う女の子は、僕が守るって・・・・」
「そう、です、か・・・」
「けど、リノは強いね。僕なんかが、守らなくても大丈夫なのかもね・・・」
「そんなこと、ないです!」
「・・・・・」
「守ってください!守って守って、守り抜いてください!
私を、私の居場所を・・・・
シェリクさんが死んじゃったら、私はどうすれば良いんですか・・・
守って、ください・・・・私を・・・・」
「・・・・・分かったよ」
寝たまま、シェリクはほほえんだ。
リノは、涙で目を真っ赤に腫らしながら、照れたように笑った。
そうして、この試験は終了したのだった。

「レベル1試験でこんなに苦労することになるとは・・・・」
試験官に回復魔法をかけて貰い、腕の調子はだいぶ良くなった。
「凄いなぁ、ヒーリング系の魔法って・・・・」
シェリクは、つぶやいた。
「何はともあれ、これで勇者レベル1ですよ!」
リノは、嬉しそうに言った。
「ああ、そうだね」
シェリクは空を見上げた。
これからも、リノを守っていこう。
それが、戦士として俺が選んだ道だ。
勇者として、俺が守るものは、世界でもない、誇りでもない。
こんな小さな少女だと言うことを。
・・・同い年なんだけどもね。
「・・・・なにゆっくり歩いてるんですか?早く行きましょうよー!」
どうやら少し歩くのを遅くしすぎたようだ。リノの背中のフードが揺れている。
「ああ、ちょっと待て!今行く!」
シェリクは、走り出した。



【第一章・終】
2章に続く・・・かも。
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