運 命      と           剣
Fate and Sword



【序章】 
《出会うこと・別れること/旅の始まり》


人間の本質は、戦いにある。
どんな世界でも、どんな異世界でも。
人は戦い続けてきた。
そして、戦っている者が『人間』である限り。
彼らは必ず一つの武器を作り上げる。
【剣】
剣とは、人に選ばれた武器。
どんな世界でも、人は剣を造り。
どんな世界でも、人は剣を模し。
どんな世界でも人間は剣を手にし、
戦い、守り、奪い、失い、破れ、散り、そして勝ち。
剣とは、戦いの象徴にして、戦いの本質。
そう、剣は、選ばれし、武器。

校長の、ありがたい(らしい)けど眠くなる、
そんな長話。
ここはアルトシティ・アカデミーの講堂。
古めかしい格風のある講堂で、おもに学校行事に使われる。
木製の長椅子に、四人並んで座らされていて、それが何列も。
ちなみに、男子の制服は深い茶色のロングコート。通称茶マント。
女子は白のロングコートなので微妙に対照的。
退屈で仕方がないので、人数を数えてみたり・・・不毛だ。
学園都市の目玉といえるアカデミーの
『戦士課』『魔法使い課』の卒業式。
ちなみに、それぞれの『課』は、いくつもの『部』に別れている。
アカデミーとは、まぁ普通に考えて学校のこと。
そしてこの学校は、『勇者育成専用』の超名門学校なのである。
大きさは普通の学校を遙かに凌駕し、設備も充実。学生寮も完備。
六歳の時に皆入学し、留年さえしなければ
小学課(三年)、中学課(三年)、高校課(三年)とすすみ、15で卒業する。
そうか〜、自分はもう15なのか、などと思う。年を食ったもんだ。
自分は「戦士課・剣士部」に所属している、勇者の卵である。
自慢じゃないが自分は特待生であり、結構優秀だ。
(うちの学校は上から課につき10人が特待生で、学費免除になる)
ペーパーテスト、実施試験とともにトップクラス。
どうだ、すごいだろう。自分自身に心の中で自慢してみる。
・・・・無意味だ。
と、次の瞬間、隣の席から声がかかる。
「あー、校長の長話、うっとしいよな」
たいして仲の良いわけでもないクラスメイトだ。
外はねの癖毛、少し顔に残ったニキビ。顔の造形はさほど悪くない。名前は忘れた。
「ああ、そうだな」
あくまで外面は冷静に。クールに。
「けどさ、この後は待ちに待ったパートナー探しだよな!う〜ん、楽しみ!」
嬉しそうに、隣の奴がはしゃぐ。
そうなのだ。この学園は卒業式の後、
学園内で動機に卒業となった人からパートナーを捜すイベントがあるのだ。
「ぜってぇかわいい子をゲットしてやる!」
隣の名無し君が、下心丸出しの意見を唱える。
「まぁ、せいぜいがんばってくれ」
ため息をつくと、そいつから顔を背け、遠くの窓を見た。
そして、軽くため息。
(そりゃ、かわいい女の子がいいよな・・・・)
季節は春。卒業の季節、そして出会い、別れの季節である。

自分はシェリク=ロフト。
性別は男、留年することもなくアカデミーを出たので15歳。
金髪に碧眼。まぁ、よくある組み合わせである。
ちなみにこの世界では髪の色は何でもあり、目の色は白眼以外は珍しくない。
髪はめんどくさいので伸ばしっぱなし。まぁ、肩に掛かる程度。
前髪が伸びているのは、他人とのコミニケーションをとるのがめんどくさいから。
人前ではクールに見せている。まぁ、猫かぶりである。
戦士課、剣士部所属。
成績は優秀で、上から5番くらいにはいつもランクインしている。
こと、戦闘訓練では常に2番。
彼は自分のことを『秀才』だと表した。
他人の目から見れば、彼は天才だったに違いない。
けれど、彼は、秀才だといった。
素質もある。努力もした。じゃあ、彼に足りないものは何か。
剣士は何かを守るために戦え、と言われる。
誇りでも、大切な人でも、誓いでも、物でも、何でもいい。
じゃあ、彼は何のために戦うのか。
天才には、なれなかった。

いつの間にか、校長の話は終わっていた。
知らない誰かが勝手にまとめて受け取ってくれる卒業証書授与、
誰も歌わない校歌斉唱を終えて、ついに卒業式は終わりである。
長かったー・・・。
2時間近い不毛の束縛から、やっと解放される。
これから30分後に特待生は第三アリーナ(体育館内の区分)集合、
特待生専用のパートナー探しがある。
特待生には、特待生をくっつけよう。勇者になれる確率は上げとかなきゃ。
そんな学校側の意図である。
それ以外は第2アリーナでパーティー気分でパートナー探しだ。
ちなみに特待生にはある一定の容姿がないといけない。
学校側曰く、「ある程度見た目が良くないと・・・将来の勇者候補だしね」
だ、そうだ。人権差別だと思うのだが、いかがか。
まぁ、いま敗訴を重ねて上告し、最高裁判所で審議中だが。
外に出ると、卒業証書片手に泣いている女子魔法使いのグループ、
卒業証書でちゃんばらをしている剣士部の男子、
雑談に耽っている親子、その他いろいろ居た。
自分は元々孤児で、素質があるとかで学校に引き取られたため親は居ない。
たまたま友人も発見できず、ここにいても居心地が悪いだけだ。
行く場所もなく、仕方がないので体育館の裏にでも行って時間を潰すことにした。

体育館の裏では、見慣れた顔が二人そこにいた。
一人はトール=フライア。適当に切られた黒髪に白い目が何とも印象的である。
白目は前述の通り珍しいため、目立って仕方がない。
まぁ、悪友と呼ぶのがふさわしい感じの奴。ちなみに男の中の男。
もう一人は幼なじみのフロディ=ロイヤル。
活発そうな赤みのかかった茶色の目、ワインレッドの髪。
腰までのポニーテールになっているその髪が、彼女の騒々しさをにじみ出させていた。
ちなみに、男みたいな女。
二人とも学校指定のマントを羽織っている。
トール、フロディとも戦士課剣士部のクラスメイトだ。
フロディとは学校前からのつき合いだが。・・・そう、孤児院の。
「お、やっぱしきた!ヤッホー!」
「ほらな、ここにくると言っただろう。流石おれ」
・・・・どうやら行動パターン、読まれてるみたいだ。
まぁ、この二人には、なぁ。
「よ。卒業、おめでと」
気軽に話しかけた。この二人にだけは、自分は素を見せる。
「んだな。パーティー別れれば俺たちはもう赤の他人なんだな」
すかさずつっこみを入れる。
「誰が野郎とパーティー組むか」
そんなつっこみは無視され(非常に寂しいんですけど)、感慨深そうにフロディが呟く。
「そーだよね。ここで決められるパートナー、一人だもんね」
・・・・そうなのである。だからこの3人組は、自ずと別れることになる。
「別にもう一人どっかから引っ張ってきて同時行動してもいいけどな」
俺はそうするもんだと思っていた。思った通りに口にした。
「いや、そうもいかない。今年からそういうのは禁止になった」
「げ、マジ?」
・・・・知らなかった。
「バカか。プリント配布されただろが。それやってる奴が多くて、
旅中の出会いが少ない。それが問題になっているからってな」
少し、ショックを受けた。いや、少しなんてもんじゃない。
後頭部に角材で不意打ち、ってかんじだ。
つまり・・・このメンバーは、もう揃うことはないのか。
「そうでなくてもお前は特待生だからな。特待生は、特待生としかパーティーをくめん」
「・・・そうか」
打ちのめされた。思わぬところで。俯く。
「何あんた、知らなかったの!?」
フロディは顔をのぞき込むようにして、聞いてきた。
「あぅ〜、知らなかった・・・」
我ながら、情けない呻き声を上げた。
「まぁ、仕方がないでしょ。あんたはパートナーのあてとかってある?」
がっくりと肩を落としたまま、力無く答える。
「ある分けないだろ・・・俺の普段を知ってるだろーが・・・・」
「ああ、必殺猫かぶり」
トールが余計な横やりを入れる。けれど正解だ。
「あー・・・あのやる気なさそー人格はもてないわよねぇ・・・・」
「いや、そんなこともないぞ」
トールが、援護に回ってくれる。
「こいつ、以外と人気高いぞ。容姿それなり、クール、おまけに特待。
そりゃあもう、結構な人気だった。下駄箱に果たし状入ってるくらいには」
「・・・・ラブレターだろ」
とりあえず、突っ込みは入れておく。
「どっちも内容はかわらん。両方体育館の裏か屋上に呼び出すんだからな」
そんな、たわいもない会話が今日で最後になるなどと、信じたくなかった。
ちなみに。
四歳の時からのつき合いのフロディが、
寂しそうな目で自分のことを見ているのにも気がついた。
けれども、彼女の感情については、理解しないようにした。
理解しても、辛いだけに決まってるから。だから忘れようとした。
どうせ、今日までのつき合いなのだから。
パートナーが決まった人間は。
旅に出るんだと決まっているのだから。

パートナー探しというのは、読んで字の如く。
卒業後旅立っていく生徒のために、
一緒に旅をするパートナーを一人選ぶ機会が与えられるわけである。
すでに知り合いだった奴を選ぶもよし、新しい出会いを求めるもよし。
まぁ、基本は魔法使いと戦士がパートナーになること。
ちなみにパートナー探しは一昔前までは男女でなければいけなかった(何故だ)。
おまけに学校側が「男子が女子を迎えに行く形でなくてはいけない」
等と訳の分からないことを言っていたため、
人権擁護団体が動き出し最高裁判までもつれ込んだあげく敗訴。
今となってはパーティー会場みたいな感じにしてくっちゃべってパートナー探しである。
更に付け加えるなら、全ての規制が無くなった今でも男女がくっつく確率の方が高い。
・・・当然の気もするが。

パートナー探しの会場には、すでに人がたくさんいた。
食べ物がたくさん並んでおり、卒業記念立食パーティーもかねている。
人が多いとはいっても、魔法課、戦士課からそれぞれ上10人ずつ。
大した数ではない。ちなみにかなりの数がすでに私服に着替えている。
自分はめんどくさいので学校指定の茶色コートのまま。
きょろきょろと人を見ていると。そんな中で、嫌な顔を発見した。
ことあるごとに自分にたいして敵意を向ける、「戦士課・槍術部」のバカ、
ファイン=クラッドである。
「よう、俺の愛しのライバル、シェリクく〜ん?」
長い灰色の髪をなびかせて、挑発的な黒目をこちらに向ける。
スーツのような正装が、やけに嫌みったらしい。
自分はと言うと・・・・無視した。
「・・・いつものように無視か。ふん、今にほえづらをかかせてやる」
そう言うことを言う奴がたいがいほえづらかくんだよ、と内心思う。
そんな態度が気に入らなかったのか、ファインは鼻息荒くどこかへ行ってしまった。
ちなみにあれは、戦闘訓練この学年で三位の人間。
常に半歩だけ先にいる自分が気にくわないらしい。
ちなみに自分の上にいる一位の少年は、
1歩どころか5歩ぐらい先にいるので相手にならない。
そう言えば、一位のあいつはここには居ないな・・・ときょろきょろ辺りを見回してみる。
周りには、人、人、人。
・・・人混みはあまり気分が良くない。
何人かの女子魔法使いに、「一緒に旅をしませんか?」と聞かれた。
自分は容姿、そんなにいいのだろか?実感はないけど。
「・・・必要ない」
それだけ冷たく言い放つ。寂しそうな目線を向けられる。
端の方へ逃げるようにしていった。
壁にもたれ掛かる。
「・・・・だりぃ」
何ともなしに、呟く。フロディの目を思い出して、更に怠くなる。
「・・・・ろくなこと、ねぇな」
特に意味もなく、そう呟いた、そのとき。
「そうですか?」
突然、声をかけられた。
「!!?」
驚いて横を見ると、壁にもたれ掛かって座っている人がいる。声で少女だと分かる。
ここにいるからには15歳以上のはずだが、そうは見えないくらい小さかった。
ただただ真っ黒な・・・たしか『アルト式魔導外套』という、
魔術回路が織り込まれたマント・・・
一昔前まではすごい高価な品だったが、大量生産されるようになって、
今では何処でも安く買えるマントを装備している少女。
ちなみにこれを装備すると黒いてるてるぼうずに見える。
そしてこのマントの特性としてついているフードで顔を隠しているため顔が分からない。
さらに、そのマントには一カ所普通でない点があった。
フードに、猫耳がついている。(もちろん黒)
「・・・・猫耳マント?」
思わず素に戻って聞いてしまった。
「あ、これですか。ルームメイトがなんだかとても真剣な表情で縫ってくれたんです。
けどこれ・・・恥ずかしいですよぉ」
かわいい声が、マントの下から聞こえる。
それにしても・・・そのルームメイトは何者でしょう。
「その子がしきりに『萌え〜』ってうんですけど・・・どういう意味ですか?」
教えてくれなくって、と付け足した。
シェリクは迷わずこう答えた。
君は知らなくていい、と。

少女は、リノと名乗った。
ほかの奴らと違いこの場で浮かれず、冷静にしていたのがポイント1。
けなげで、一生懸命そうに話す姿がかわいいのでポイント2。
顔が見えないのはちょっと心配ではあるけど。
そんなわけで、シェリクはリノと部屋の隅で話をしていた。
「と、いうわけなのです!」
一つのお話に区切りがついた。
何となくこの少女は猫と言うよりもハムスターに似ているな、とかシェリクは考えた。
「ほぅ、なるほど。面白かった」
決して話すのが上手とは言えないが、
相手を楽しませようと言う一生懸命さが伝わってくる。
いい子なんだな、と思った。
「そう言えば、君は専行どこだ?魔法使いだってことは分かるが」
シェリクは何となく聞いてみた。
「あ、召喚術課です」
召喚術とは、呼んで字の如く異世界から何かを呼び出し、様々の使役をすること。
戦わせたり、魔法を使わせたり。
それに総じていえることは、『規模が大きい』ことだ。
召喚術とは、かなり高等な部類の魔法なのである。
「おー!すごいじゃん!!」
いつの間にか素に戻っていることにも気づかず、シェリクは驚いて見せた。
いや、事実驚いた。
けれどリノという名の少女の声のトーンは、寂しそうに落ちた。
「いえ・・・私は、おちこぼれですから」
「え?特待でしょ?なのに落ちこぼれってどういうこと?」
「それは・・・」
言いにくいことでもあるのだろう。もごもごと何か言おうとしては、止めてしまう。
「ま、無理しなくていいよ。いいたくなけりゃいわなきゃいいだけだし」
ホッとしたように、リノはこちらを見て、ありがとうございます、と呟いた。

会話をしているうちに、周りから人が減っていった。
パートナーを見つけ、一人、また一人と居なくなっていく。
シェリクは何ともなしに、これはもうリノをパートナーにするしかないな、と思った。
いや、別にここで無理にパートナーを決める必要はないのではあるけど。
「リノは何が召喚できる?」
何となく、聞いてみる。
「剣が召喚できます!」
リノは力一杯答えた。
「・・・・剣?」
剣というと。あの、ソードの剣でしょうか?
「私が召喚をすると、空から剣が振ってきます。
いろんな異世界から、いろんな剣を召喚できます」
異世界の剣。その言葉にシェリクの胸は躍った。
異世界の剣には、凄まじい破壊力を持つ物、特殊な能力がある物、色々あるらしい。
一撃で惑星一つ木っ端微塵にする剣、斬ると回復する剣、空間が切れる剣、喋る剣、
火が出る、風が起こる、水の力がある、帯電している、エトセトラ・・・・
剣士としては、ドキドキせずにはいられないだろう。
「一度試してみましょうか」
「おお!やってみてやってみて!」
嬉しそうにはしゃいで、シェリクはリノを見た。何の疑問も持たなかった。
よく考えれば(考えなくても)、未だそこには人が居てパーティーをしていて・・・
「分かりました!」
リノは嬉しそうに大きく頷くと、テルテルマントの下から剣を模した木製の杖を出した。
30センチくらいの杖で空中に文様を描く。
青白い光の筋を残してあっという間に魔法陣が出来る。
形的には至ってシンプル、円の中に六亡星が書き込まれ、
更に所々に不規則な模様が書き込まれている。
「今回はショートカットなしでいきますね」
ショートカットというのは、簡単に言えば魔法を短縮すること。
魔法は魔法陣と詠唱によって成り立つが、
どちらか一方だけで魔法の講師を可能にするのがショートカットである。
ちなみにショートカットをすると威力や精度が下がる。
「ドレウス・エハタ・グニノモウス・エポホ・イア・・・・・」
詠唱が木霊する。それほど長くはない。
「ノ・エモク!」
次の瞬間、辺り一帯の空間がゆがむ感触がした。
ぐにゃり、という擬音がぴったりのこの不思議な感覚は、
けれどそこまで不快感を与えることはなかった。
「・・・・?」
一瞬何が起こったか分からないシェリク。
それに対しリノは、しまった、と言う顔をしている。
「あーーーー!!!・・・・逃げましょう!」
リノが叫んだ次の瞬間。
雷が落ちたような音がした。そして、天井に穴が空いた。
何かが、降ってきた。それは・・・・
1, 5メートルはあろうかという、飾り気のない極太の大剣。
飾りと言えば、無色の宝石が埋め込まれているくらい。
無骨な、重厚な剣だった。ご丁寧に鞘までついている。
そんな物が遙か上空から降ってきたのだ。
当然下は無茶苦茶になる。
混乱した人間が、慌てている。
わーだのきゃーだの、うるさい。まぁ、仕方がないことだが。
人によっては魔物の襲撃だとかで戦闘態勢を整えたり、
しっぽを巻いて逃げ出す準備をしていたり、
とにかくすごい騒ぎである。
騒ぎに乗じてリノが急いで逃げようとした。剣のことには目がいっていない。
恐らく一目も見ていないのだろう。
シェリクは少々悩んだあと剣を引き抜き、リノを追いかけた。

そんなこんなで廊下を走り抜ける。
リノが前を走っていたが、すぐに追いついた。自分は大剣を担いでいるのに。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・速い、ですね、さす、がに・・・・」
リノが苦しそうに喋る。黒マントも彼女の機動力をそいでいるようだ。
「無理に喋らないほうがいい。息、辛いだろう?」
そう言うと、彼女はそれきり喋らなくなった。
しばらく走った。コーナーを曲がる。出口が見えた、そのとき。
「ちょっと待て!」
自分たちの副担任だった先生・・・が立ちはだかった。
ちっ、すでに回り込まれていたか!
振り返り、リノを見る。すでに息は完全に上がって、苦しそうの極みだ。
このままだと早くもランナーズハイの領域に達してしまいそうだ。
「・・・・・」
先生を睨めつけるように見た後、渋々シェリクは立ち止まり、手を挙げた。

「馬鹿者がぁ!」
先生の檄が飛ぶ。
リノは縮こまって恐々としている。
シェリクはと言えば、フードをとったリノの顔が可愛かったことで頭が一杯であった。
オレンジ色の目と髪。ショートカットで切りそろえられている髪は、フワフワしている。
体がちっちゃいだけあって顔つきもどこか幼く、ほっぺたなどはぷにぷにしていそうだ。
・・・・どこか、小動物的に可愛い。
今の叱られてちっちゃくなっている姿は本当にハムスターって感じである。
「だいたいお前はなぜ特待生のクラスにいた!」
先生の怒鳴り声。シェリクは我に返った。
「お前は普通課でもおちこぼれだっただろう!
特待生に紛れ込んだかと思えば、あんな騒ぎまで起こしおって・・・・!!」
リノは今に泣き出しそうだ。けれど、必死で耐えている。
シェリクとしても見ていられなくなってくる。
「だいたい、特待部屋にいって何がしたかったんだ?
パートナーが見つかるとでも思ったか?落ちこぼれ!?」
そこまで言われても、リノは泣かなかった。今にも泣きそうなのに、歯を食いしばっていた。
「ルームメイトの、子が、私の、代わりに、特待に、いってくれ、って」
途切れ途切れに、必死にリノが言う。
「あいつか・・・いくら普通科に恋人が居るから等と言っても・・・
なぜ止めなかった、お前はなぁ、あそこにいても仕方がないんだよ!」
怒鳴りつけるバカ熱血。全部リノのせいにする気か。もう、耐えられない。
「・・・先生、その子はあそこにいてもいいと思いますよ」
シェリクの一言に反応する。
「そんなことをいってもだなぁ、こいつは出来損ないなんだぞ?」
反応をすぐに変える。これが特待と普通の扱いの差なのかと思うと、
シェリクは胃がむかむかした。そして、先ほどから決心していた一言を言い放つことにした。
こいつがどんな顔をするか、楽しみでもある。
「俺、こいつパートナーにします」
「!?」
先生の顔が、引きつった。狐につままれた顔というのはこういう顔のことを指すのだろう。
「そもそも、僕はパートナーを求める気はありませんでした。
特待の女の中に、俺の興味を引く奴は居ませんでしたから。
けれど・・・彼女ならいいです。彼女は俺のパートナーに足る存在だと認識しました」
断言しよう。僕は彼女以外をパートナーにする気はない。
数分間のうちに、彼女は僕をたのしませ、心を開かせた。
こう言うのも、一目惚れなのかも知れない。
その彼女の方を見てみた。
この序は意外そうな顔をして惚けていた。けれど目が合うと、にっこりと笑い返してきた。
そのときに、自分が笑っていたことに気づく。
彼女の目には、先生の怒られても流れなかった涙が一筋、零れていた。
「考え直した方が、いいと、思うが?」
先生が、聞いてくる。
「落ちこぼれだとか、そんなことはどうでもいいんですよ」
「しかし、だな・・・やはり、考え直すのがいいと」
うっとおしくなってきた。ならば、やることは一つ。
「必要ないっ!」
そう叫ぶと、彼女の手を取って、僕は走り出した。後ろで先生が何か叫んだ。無視。
出口に向かって走ると、勢いよく大きなドアを開け放ち、外に飛び出した。
もう一度、リノを見てみる。
そこには涙の後もなく、嬉しそうにニコニコしながら
自分に手を引かれているリノが居た。これで良かったな、と思った。

その出口から出ていく瞬間。
それを目撃したトール、フロディ。
トールはシェリクにたいして憤りを覚えた。
お前は何でフロディを放っておいて見覚えもない女にうつつを抜かしているのだ、と。
フロディは、落胆を覚えた。
シェリクは私よりも、別の女を選んだのね、と。
彼女の10年近くに渡る恋は、ここで幕を閉じた、とそのときは思った。
二人は、お互いをパートナーとした。
けれど二人は剣士。それは、暗黙の了解でタブーになっていること。
同じ物理攻撃、同じ射程。それは、常に死と隣り合わせの冒険において絶望を意味する。
せめて、武器が違えば。
それでも、二人は。
それ以外にパートナーを選ぶことは出来なかった。
そしてその二人に、シェリクが気づくことはなかった。

そうして、二つの二人の旅は始まるのだった。



【序章・終】
一章に続く