凍れる心に温もりを。






「……参ったな」
 あたしは今日何度目になるかわからない台詞をもう一度呟いた。
「……」
 隣には戦闘中に助けることになった少女・イルイがいる。
二人して医務室のベッドに並んで腰掛けながら無言のまま早10分。
こんな状況に追い込んだツグミやベラ艦長たちに恨み言を言いたくなってくる。

「幸いなことに、ここには彼女が心を許せる人もいるようだし……」
「そうですね……。大勢で周りを取り囲むよりも、その人に任せる方が得策かもしれませんね」
「ちょっと待ってよ…!その心を許している相手って…」
「そんなの決まってるじゃない。あなた以外に誰がいるって言うの?」

 ツグミ、ベラ艦長、比瑪対あたしの3対1。
おまけにベラ艦長の「あの時…私はあなたにこの子を助けるようお願いしたはずよ。もう忘れたのかしら?」というトドメの一言により、あたしは一方的にこの子をまかされて医務室に取り残されてしまったのだった。
 お互いに自己紹介をしてなんとか和んだのはいいけれど。
そこからの会話は一向に進まなかった。
 と、いうか。この子は戦闘中のショックでうまく喋れないのだから、会話を成立させるにはあたしが一方的に話題を振らなければいけないわけで。
もちろんあたしに、そんな話題なんてあるわけがない。
 ベラ艦長は絶対に、人選ミスをしたと思う。
マザーバンガードにはこういう事に向いている人間が大勢いるはずだ。
少なくとも、他の誰でもあたしなんかより何倍もマシな対応が出来るだろう。
「……参ったな」
 そして悩んだ末に出てくるのは結局この台詞。
「……」
 イルイはただ黙って隣に座っている。
時折、何か話しかけようとはしているようだけど、やっぱりうまくは喋れないらしい。
 ひたすらの沈黙。
不思議と気まずくはないことだけが、救いと言えば救いかもしれない。
 けど、今のこの子にとって人との触れ合いが重要だと言うのなら、あたしといるのはかえってマイナスになるような気がしてならない。
 そもそも、あたしは子供相手に話をするなんてことはほとんどなかったんだから。
昔は生きることだけに必死で周りを見る余裕すらなかったし、フィリオに出会ってからは宇宙を飛ぶことだけを夢見ていた。そして、あの事故の後は……。
(……っ!)
 思わず思考をそこへ至らせてしまったことに舌打ちする。
けれど、もう遅い。
 事故の恐怖と飛べなくなった絶望、皆の夢を打ち砕き、その上逃げ出した罪悪感は。
ちらりと掠めただけでも即座にあたしの胸を鷲掴みにしてしまう。
『あんたはもう飛べないんだよ、アイビス……』
 心の中で、もう一人のあたしが冷たい笑いを投げかける。
(やめてよ……)
『あんたはフィリオの夢を壊した上に、フィリオはそのまま死んでしまった』
(聞きたくない……っ)
『スレイに無残に負けておいて、それでもまだアルテリオンは自分のものだと言い張るの?
スレイの元へ帰った方が、アルテリオンだって幸せよ』
(だってアルテリオンは……あたしは……っ)
 責め苦のように続けられるもう一人のあたしからの言葉の刃。
けれど、その意識は不意に、現実に引き戻された。
 くいくいと、自分の袖を引く力をその腕に感じて。
「……何よっ!?」
 けれどあたしの心は荒れたまま。すさまじい形相で相手を睨み返す。
「……って、あ……」
 睨んでから、気が付いた。
今ここには、あたしとイルイしかいないことに。
「……あ……」
 イルイは、小さく口を開いて声にならない声をあげた。

―――泣き出すかと、思った。

 自分で言うのもなんだけど、ヒステリーを起こしたときのあたしの顔はものすごいらしい。
あのツグミでさえも、一瞬ひるむんだから。なのに。
 イルイはひるむことなくあたしの手にその小さな手をそっと伸ばして両手で包み込んだ。
「……あ……げ…んき、だして……アイビス……」
「……!!」
 たどたどしく、必死で言葉を喉から搾り出しながら。
あたしを見上げる瞳には恐怖など一欠片もなく。
深い優しさだけが、あたしの胸を射抜く。
 …………この子は…………。
あの戦闘の最中、この子を見たときには。
恐怖と絶望で身がすくみ、動けなくなっているのを見たときには。
あたしと同じだと思ったのに。守ってあげなければと思ったのに。
……もしかしたらこの子は、あたしなんかよりずっと強いのかもしれない。
「ありがと……もう、大丈夫だから、さ。優しいんだね、イルイは」
「?!」
 あたしの言葉にイルイはびっくりしたように目を見開き、それから照れたようにふるふると首を横に振った。
そして、それからまた、不安そうにあたしの顔を見上げる。
「そんな顔しなくても大丈夫。本当にもう平気だから。イルイの、おかげだよ」
 そういって微笑みかけると、イルイはほっとしたように表情を緩めた。
そんなイルイを見て、あたしの胸に温かい何かが広がっていく。
 あたしは、久しぶりに……本当に、久しぶりに。
『過去の全てから逃げ出して、この悪夢から抜け出したい』
そんな暗い願いではない、別の願いを抱いていた。


「早く普通に喋れるようになるといいね」
「……うん」


 小さな願いを込めたあたしの言葉に、イルイはまるで花がほころぶかのような笑顔で、笑った。






END




☆あとがき☆

ごめんなさい、今回も長くなりました(笑)
またも絵と共に絵板に投稿したもの。
っていっても自サイトですが。他でこんな駄文晒せません(苦笑)
17話冒頭の、自己紹介して笑顔になった二人のその後を書いてみましたー。あの後いきなり会話が進むというのも考えにくいのでこんな感じで。
でもこの後も結局話すすまなそうな気も(笑)
……ところでイルイちゃんの上手く喋れないって言う症状、ガオガイガー出た後唐突に治ってるのは何だかなぁと思ったのは私だけ?(笑)
小さい手、とか書いておきながらイルイちゃんの手がアイビスの手より大きく見えるのは気にしない♪(おい(笑)
そして『アイビスにイルイをお願いした』というネタを最終回まで引っ張るベラ艦長が素敵に大好きです。絶対あの時そこまで考えてなかったくせにー(笑)

2005/03/25