桜がなんでピンク色なのか知っていますか?
桜は本当は、雪のように真っ白なのです。
では、何故綺麗にうっすらピンク色なんでしょう?
それは。
桜の木の下には、死体が埋まっているからなんですよ。
桜の木が、人の血をちゅーちゅーと吸うから。
桜の花びらはあんなにも綺麗なピンク色なのです。

綺麗な花には棘があるという言葉があります。
この巨木の桜は、町の名所になっています。
この桜は、とても綺麗な紅色をした桜。
通常の桜色ではなく、とても鮮烈な赤色をした桜なのです。
先ほどの話と合わせると、この桜は夥しいほどの血を吸っていることになりますが・・・
さて、真実はこの物語の中に。
ストーリーテラーは私・・・・・、そうですね、物語の中で名前が出てくるまでお待ちになって下さい。
それでは、三夜に渡る桜の話、ただ今より開演です。



櫻華乱舞 〜サクラマイチリ〜


この町は、櫻華町といいます。
この町の中心の丘の公園には巨木とも言えるとても大きな桜の木があります。
先程述べたように桜はとても赤に近い色の花びらを付けることで有名で、
町の観光の収入源ともなっているほどです。
そして、一般には知られていませんが、この町はもう一つ特殊な点があります。
それは、この町の行方不明者率が他の町よりも圧倒的に多いこと。
特に春先にかけて・・・というか、春先に集中しているということです。
さて、そんな話をしているところに、一人の青年が通りかかりました。
彼はこの物語の主人公のようですね。
スポットを当ててみましょう・・・・・。


青年が歩いていた。
20歳前、まだギリギリあどけなさを残す青年は、一人夜の公園を歩いていた。
特に意味など無く、青年は歩いている。
いや、あると言えばある。この桜は忘れられないあまりにも嫌な思い出の場所で、しかし、来なければならなかった。
新聞で、あの地方記事を見たから。
しかし、花見などでにぎわってて酒臭いかなぁ、と彼は家を出た直後に心底後悔した。
あの桜は、一人でゆっくりと見たかった。
実際遠目に、公園は夜だというのに羽目を外してバカ騒ぎする大人で溢れかえっているのが見える。
青年は舌打ちをした。
(・・・静かに桜ぐらい見ろよ)
イライラして地面に少し八つ当たりをした後、帰ろうと後ろを向いた。
しかし、次の瞬間。
無音が、流れた。
「え」
人の声が、一瞬で全て止んだ。
聞こえるのは、風で桜がなびく音だけ。
驚いて、一番大きいあの桜・・・町のシンボルとも言える、公園の中心の桜に走った、
あの桜の思い出が、頭の中でグルグル回る。
まるで、走馬燈のように。
すぐに中心の桜の元に付く。
何故か怖くなって彼は動くことを止めた。
体中にに張り付く恐怖が、彼に動くと伝える。
そのまま逃げ出そうと青年は思った。しかし、次の瞬間彼の肩の力が一気に抜けた。
「はっちゃん!!はっちゃんじゃない?」
・・・確かに彼は葉月という名前だ。
そしてこの名前で青年のことを呼ぶ奴を、彼は他に知らなかった。
ひょっこりと、昔見た顔が桜の木の裏から覗く。
心底驚いた顔。その後、嬉しそうな顔。
首がこんなにガチガチに固まってなければ、青年は絶対に声をあげていた。
懐かしい。それが彼の印象だった。
(声、しゃべり方、雰囲気。みんなあのときのままだ)
「白堀桜花。桜花・・・・まさか、君?」
やっとの事で声が出る。
はっと、息をのむような沈黙。
「・・・うん!覚えててくれたみたいだね。・・・・嬉しい。」
心の奥の本心がのぞけるような声で、白堀と呼ばれた少女は声を出した。
その声は本当に、嬉しそうだった。
彼は足に全体力を集中させた。
何とか体を少し動かす。
その先で見えた物は。
3年前と全く変わらない幼なじみの姿と、美しく舞い散る紅色の桜。
「桜花・・・・」
美しさと懐かしさのあまり、絶句する。
「あ、振り向けたんだ・・・なんか、嬉しいね。」
桜の花びらが、散った。
まるで誰かが、血でも吐いたように紅色の花びらが散る。
「桜花!!!ずっと言いたかった!ゴメン!!!!」
突然青年が叫ぶ。
「ずっと言いたかったんだ!なのにお前、いなくなっちゃって・・・・」
「はっちゃん・・・・」
頭を下げた青年の目から、涙が落ちた。
「別にはっちゃんは悪くないよ。」
遠く、桜の横から彼女の声がする。
「それにあのとき、幸せだったから。」
それが決定打だった。
青年はその場で泣き崩れた。
それは、いなくなった幼なじみに会えたという喜びから来る安心感と。
ずっと言いたかった、伝えたかった思いを伝えたことによる脱力感からだった。


青年の名前は 空森 葉月。少女の名前は 白堀 桜花。
この二人は、幼なじみでした。しかしある事件をきっかけに、白堀さんが行方不明になります。
それが三年前。二人はまだ15歳の時でした。
それ以来白堀さんは帰ってこず、すでにお葬式もあげられてしまっています。
しかし・・・・彼女は、彼の元に返ってきました。
この時、物語は動き始めます。
もう、止まらない。


青年は回想する。
あの日見た桜と、あの日見たつらそうな顔の幼なじみを。
少女は回想する。
あの日見た桜と、あの日見た悔しそうな顔の幼なじみを。
二人は回想する。
二人が別れた日を。


では、「あの日」について、私から説明させていただきます。
あの日、まだ少年だった青年と、今と全く変わらない少女が桜の木の前で待ち合わせていました。
時間は夕方。その日は今日と同じで何故か人がいませんでした。
少年は、少女に桜の木に登ろうと提案しました。
小高い丘の公園にある桜の木の上は、とても見晴らしがよかったからでした。
少女は喜んで少年の後をおって、木に登りました。
そして、木の枝から見た夕焼けは二人の記憶に一生残るだろうと思われるほど綺麗だったのです。
けれども。
少年が何か喋ったときに、少女は足を踏み外しました。
少年が手を掴もうとしたときには遅く、少女は木から落ちたのでした。
しかし幸いなことに大きな外傷はあまりなく、命にも別状はありませんでした。
ところが。
いそいで少年が駆け寄ろうとした瞬間、少女は叫びました。
「来ないで」
と。
少年の最後の記憶は、桜に少し付いた幼なじみの血と、美しく舞い散る紅桜。
少年の記憶は、そこから先がありません。
そして桜の木下で寝ていた少年は家族に保護され、
少女が家に戻ることはありませんでした。


「なあ、なんでいなくなったんだ?」
先ほどまで泣いていた葉月が聞いた。
「・・・秘密。」
葉月と桜花が並んで桜の木の下に座っている。
ゆっくりと舞い散る紅色の桜が、夜に映える。
「・・・・そうなのか。気になるけど、まあいいや。・・・もう、居なくならないんだろ?」
「・・・うんって言いたいけど、ちょっと無理。」
辛そうだがはっきりとした声が響いた。
「・・・・そうなのか。」
そして沈黙が流れる。
気まずい沈黙ではなく、暖かい何かが流れる沈黙。
「たとえばね」
少女が口を開いた。
「ん」
青年が首を傾ける。
「私が化け物になったって言ったら、信じる?」
「・・・・どうだろう。質問の意味もよく分からないしな。」
「そうかもね」
「そういえば人にとって一番怖い化け物の条件ってさ、不死なんだって。」
「ふ〜ん・・・・」
たわいのない話をする。
それは、青年にとって三年ぶりの幸せで。
ずっと噛みしめていたいと思った。
「で、いつまでここにいられるんだ?」
葉月が最も気になっていることを聞く。
「はっきりとは分からないけど、・・・この桜が完全に散るくらいまでかな。」
桜花は苦笑しながら言う。
「そうか・・・短いな。じゃあ、それまでに沢山話をしないとな。」
青年は恥ずかしそうにそう口にすると、腰を上げた。
「さてと。今日は帰るな。お前はどうするの?」
「そうね、私はたぶんここにいるよ。」
「・・・・ふーん。まあ、自分の家ものぞけよ。両親、絶対喜ぶから。じゃあな。」
そういうと葉月は名残惜しそうに背を向けた。
そしてゆっくりと歩いていった。
葉月の姿が見えなくなった頃を見計らって、桜花は桜の木に登った。
そして、ため息をついた。
「ねぇ、はっちゃんは私のことを化け物だって思うかな・・・・」
桜花は、誰にもなく呟いた。
肩がふるふると弱々しく震えている。
「痛い。寒いよ、はっちゃん・・・・・」
桜花は、力も弱く息絶え絶えにそうつぶやいた。


次の日も葉月は桜の木の下に行きました。
ここにくれば、彼女は会えるといいましたから。
葉月はは一晩中、眠れずにずっと彼女のことを考えていました。
彼が予備校に通っている間も頭から抜けませんでした。
今まで、今、これから。
彼女はどこに行っていたのだろうか?
どこに行くのだろうか?
身長も伸びていない。
そんなことを青年は考えていました。
時間は昨日よりも早く、夕方。
今からならかなり話せるだろう。
青年の胸は期待で膨らんでいました。


昨日のように、二人は並んで座った。
たわいのない話、かけがえのない時間。
二人は笑って過ごした。
昨日のように、公園には人が一人もいない。
「なぁ、何で公園に人がいないんだろうな?」
葉月が笑って問いかけた。
しかし桜花は止まった。
まるで何かを隠しているように。
「・・・・どうした?」
止まったことを、不思議、もしくは不審におもった葉月が口を開く。
「うん、何でもない。・・・はぁ、桜が綺麗だね。」
本当になんでもないような言い方に葉月はむっとしたが、二言目には同意した。
「ああ、綺麗だな。」
うれしそうに葉月が返すと、桜花がにやりと笑った。
「確かはっちゃん、怖い話苦手だったでしょ。
そうねぇ、ここの桜にまつわるこわ〜い話、聞かせてあげる・・・」
わざとドスを効かせた声に、葉月の動きが止まった。
「や、止めて・・・・」
心底怖そうに葉月がふるえる。
「ふふふふふ。けどね、そういっても物語は非常に簡単なの。
桜の木の下に死体が埋まってるっていう都市伝説はよくあるでしょ?
それの発展版でね、ここの町の行方不明者はみんな桜の木の下に埋まってるんだって。」
「・・・へぇ。さほど怖くないけどしゃれにならない話だな・・・・」
葉月が、首を傾げると桜花がふふふと笑い声をたてた。
「でね、この話聞いてて思ったんだ。桜ってさあ、吸血鬼みたいじゃない?」
突然桜花の口から漏れた突拍子のない言葉に、葉月は再度固まった。
「・・・なにそれ?」
「うん、何となく思っただけ。」
不意に、桜花が寂しそうな声を出した。
「よくわかんないよ・・・何で私がここにいるのか・・・」
「え?」
「・・・あのね、怖いんだ。私は春になってはここにいて、そして」
つらそうな声を桜花が出す。
「ここにいては、私は人の血を吸って、人を桜の木の下に埋めるんだ。」
「・・・は?」
「桜の木の下には、死体が埋まっている。血を抜き取られた、ミイラの死体が・・・・」
桜花の言っていることは、内容は冗談にしか聞こえなくても
言葉の雰囲気から嘘ではないと葉月は感じ取った。
「・・・うっ」
突然桜花がうめき声のような声を出した。
うつむいた顔の向こうで、ギラリと光る目。よく見えないが、血走って真っ赤のようだった。
次の瞬間、もの凄いスピードで走り出す桜花。
走り去った向こうには、巡回途中の警察らしき人がいた。
目にも留まらぬ早さで警官に走り寄った桜花は、次の瞬間。
その人の喉に噛みついた。
見る見るうちにしぼんでいく警官の体。
声を上げる瞬間すらない早業だった。
紙のようにペラペラになった警官の首をつかんで、桜花は言った。
口から吸った血を垂れ流しながら、葉月に言った。
「ほら、わたしこんなふうになっちゃった」
と。
ぽいっと桜の木の近くに死体を投げる。
ピッと、血が葉月に少しかかった。
死体がズブズブと勝手に地面に埋まっていく。
その様は、地獄のように見えた。
葉月は、動くことも喋ることもかなわず、呼吸することさえ忘れていた。
やっと出た声は、意味のない乾いた笑いだった。
「はは、ははは・・」
「はっちゃんはさ、こんな私をみてどう思う?それでもまだ普通に話してくれる?」
「・・・なんだよ、それ」
絞り出すように葉月が声を出す。
やっとでた言葉らしい言葉だった。
「・・・やっぱり、化け物扱いする?」
悲しそうな声が響く。
そんな声を聞かされては、そんなことできるはずがなかった。少なくとも、彼には。
「・・・まず説明してくれないか?じゃないと、訳が分からなくて気が狂いそうだ。」
やっとの事で絞り出した言葉は少し意味不明気味だった。
ひらりと紅色の桜が数枚舞い散った。


桜の木。
紅色桜の木。
美しい紅色の桜の木。
それは。
血を吸い美しい紅色の桜の木。
吸血鬼に血を吸われたものは、死にきれなかったとき
その吸血鬼に使役される吸血鬼になるといわれています。
三年前の事故で、彼女の流した血は桜にかかりました。
そして彼女は桜に使役される吸血鬼になったのです。
彼女の吸った血は、桜に行く。
桜には鬼が住むと言うけれど、この桜にすんでいるのは血を吸う鬼なのです。
そして彼女自身からそのことを伝えられることになる幼なじみ。
この町の行方不明者は、皆この桜の木の下に埋まっているのだと。


悲しそうにそのことを語る桜花を青年は見た。
その今にも泣きそうな顔は、反則的で。
葉月は反論することすら叶わなかった。
まして化け物扱いなど、できるはずがなかった。
一通り語り終わると、桜花は嗚咽を始めた。
グスグス、ヒックという音が響く。
青年はそれを優しく包み込んでやることしかできなかった。
ああ、なんて無力なのだろう。守ってやると、言ったのに。
そんなフレーズが、青年の頭の中ではグルグルと回っていた。
幼少の時の記憶。桜の木の上で、少年は守ってやると言った。
それすら・・・・・。
ぎゅっと、抱きしめた。
桜花の体温は、異常に低くて。冷たいというか、温度がなかった。
そこには、まるで何もないようで。
それでも目の前で泣いている桜花は、化け物でもなんでもなく、一人の少女だった。
「・・・痛いよ」
強く抱きしめすぎたのか、桜花が痛みを訴える。
「いいだろ、こんな時ぐらい・・・・・」
葉月はさらに、力を加えた。


解決策は、ありません。
時の流れに逆行しない限り、一度吸血鬼になった物は人間には戻れません。
桜花はすでに人間には戻れず、ずっとここに居るしかない。
人を殺す事を喜ぶはずのない桜花にとって、それは地獄で。
しかし、存在し続けるしかありません。
だって、彼女自身が言いました。
人間を怖がらせる一番の要素は、不死だと。
それは、化け物然り、成る方も然り。
しかし、彼女はここに存在する限り人の血を吸い続けます。
それは、本能から来る最重要行動なので、理性で介入する隙はありません。
唯一、彼女に救いがあるとすれば。
彼女が存在するのは春だけだということでしょうか。


グスグスと鼻を鳴らしながら、彼女は必至で語った。
自分の知っている全てのことを、彼に伝えるために。
救いはなくても、救われたい。
それを唯一自分に向かって「好きだ」といってくれた人に向けて。
彼女がここにいるのは桜が咲いている季節だけだということ。
春になると、いつの間にか私はボーっとここにいた。
目の前が真っ白になると、いつの間にか人の血を吸い終わっていること。
血の付いた口とそこに転がるミイラが、自分が何をしたのか教えてくれた。
何より、怖くて寒くて痛くて今にも狂いそうだと言うこと。
寒い、暗い・・・・痛い・・・・怖いよ。
そのゆっくり話される言葉一言一言を、葉月は聞くことしかできなかった。
そして・・・・葉月にあったこと。
はっちゃんを見た瞬間、血を吸うとか全部忘れて、嬉しかった。あなたなら、何とかしてくれる。
「ねぇ、はっちゃん・・・・」
「なんだ?」
「助けて」
その言葉に、一人の青年はどうすればいいのか分からなかった。
YESか、Noか。
どちらにすればいいかなんて、分からなかった。
「ああ。」
肯定の意味にとれる曖昧な言葉が、口から漏れた。
解決策など何もないのに肯定してしまった弱さ。
肯定するにしても曖昧な返事しかできなかった弱さ。
そして・・・己の無力さ。
葉月は、自己嫌悪のあまり自分を呪いそうだった。
「けど・・・・どうすれば・・・いいんだ・・・・」
呻くように声を絞り出す。苦しそうに下を見た。
「簡単だよ」
桜花がぼそりと呟いた。
「何?」
葉月が桜花の顔を見る。
次の瞬間、葉月の体が硬直した。
金縛りにあったように、体が全く動かなくなる。
桜花はそんな葉月を後目に言葉を続ける。
「簡単だよ。はっちゃんも・・・私と同じになってくれればいい。それで、ずっと一緒にいるんだ。」
「え・・・」
「一緒にいてくれるって、はっちゃんは言ったでしょ。
はっちゃんと一緒なら、私なんでも出来る気がする。
いたくても寒くても我慢できるし、人を殺すのだって・・・我慢できる。」
動かない葉月の体に、桜花がすっと近づく。
「だから・・・私に血を吸わせて。そうすればはっちゃんも私と同じ、血を吸う鬼になれる。」
それだけ言うと、桜花は寂しそうに笑った。
「そんな方法しか、私には思いつかないの・・・・。」
葉月は迷った。
桜花はすでに首筋に牙を突き立てて、了解があったらすぐに血を吸うつもりだ。
しかし・・・あんな寂しい顔を見せられたら、どうしようもない。
彼女には、一緒にいてやると言った。
彼女には、守ってやると言った。
彼女には・・・・好きだと、言った。
だから・・・ここで鬼になることを受け入れるのも、いいかも知れない。
それに何より、今自分を最も必要としているのは彼女である。
だから・・・受け入れてやっても、いいかも知れない。
けれども・・・彼は、結末を知っていた。
そして、葉月の口から発された言葉は。
「それでも・・・それは、出来ない」
だった。


そして彼は、否定しました。
人を捨て、吸血鬼となり、彼女と生きるという生き方を。
昔の約束。
昔の契り。
彼は、彼女に、桜の木の上で、誓いました。
「好きだ。だから、一緒にいよう。俺が守ってやる。」
と。その言葉に、彼女は頷こうとした瞬間、足を踏み外し、地面に墜ちました。
そして、その返事が聞けないまま、彼女は彼の元から居なくなりました。
彼は、三日三晩泣き続け、熱にうなされ、悪夢に取り憑かれました。
ずっとこう言っていたそうです。
「俺が悪いんだ、すべて」
そして三年の月日がった今も、彼にはこの事件による心の傷痕が、
とてつもない大きさの風穴が空いていました。
その、契りが、ここに再び。


「はっちゃん、好き。いっしょにきて、くれる?」
「それは・・・・出来ない。」
なぜなら。
そうすると、彼女が後悔するのが目に見えているから。
葉月に拒絶され、愕然とした顔をする桜花。
そしていやいやと首を横に降り始めた。
しかし葉月は彼女を拒絶したわけでも何でもなかった。
「おまえは・・・俺が人の血を吸っているところを見たいか?」
はっとしたように、桜花が動くことを止める。
「おまえは・・・俺と一緒に人を殺したいのか?」
「おまえは、それを望むのか?」
「おまえが後悔しないと言い張るなら、俺はおまえの言うとおりにする。
けれど・・・それでは、おまえが後悔するのが目に見えて居るんだ。
おまえのことなら、俺が一番よくわかる。それでもいいなら・・・好きにしろ。」
桜花の目から、大粒なんて言葉では表現しきれないほど大きな水玉が出来た。
「じゃあ・・・じゃあ、私はどうすればいいの!!?はっちゃんのいうとおり、いうとおりだけど・・・・!!!」
葉月の胸をどんどんとたたく 桜花。
その悲痛な叫びは、葉月には痛いほど届いた。
そして、約束を破ったと言うことの事実は葉月には重すぎた。
(一緒に居続けることは出来ない・・・けれど)
「俺は、おまえと一緒にいる。ずっとここにいるよ。最後まで。」
「・・・・最後?」
桜花は、ぴくりと反応した。
「この桜はな、切られるんだ。新聞によると、町が決定した。あまりにもここら辺で行方不明が多いから
花見の名所のここを無くしてしまえと。反対も多かったが、町長が早々と決定印を押してしまった。明後日だ」
「そう・・・なんだ。」
「・・・・いやか?」
「・・・せっかくはっちゃんと再会できたのに、ね。けどね、これでいいと思う。 吸血鬼なんて・・・ホントは居ちゃいけないと思うし。」
「・・・桜花・・・・」
桜花の悲しそうな笑顔に、葉月は耐えられなかった。
ふっと、唇を重ねた。
唇を重ね合うだけの原始的で稚拙なもの。
しかしそれでも気持ちを伝えるには十分だった。
それでも気恥ずかしかったらしく、葉月は顔を赤くして上を向いてしまった。
「・・・ありがとう。」
顔を赤くしながら、桜花はそう呟いた。
紅色の桜の花びらが夜闇に吸い込まれて消えていった。


最後の夜。

葉月は一夜を公園で過ごした。
とりとめのない、くだらない会話を絶えずしていたら、いつの間にか朝が来た。
「ねぇ、桜が切られるのって明日でしょ?今日ははっちゃん、何するの?」
朝日が出る前の最後の質問を、桜花が聞いた。
「・・・やること、やらなきゃな。」
そんな曖昧な返事をすると、桜花はクスリと笑って
「なんだか知らないけど・・・ま、いっか。」
と言い、桜の木の中に入ってしまった。
「さて、と。準備か・・・」
葉月はそういうと一夜座り続けて重くなった腰を無理に上げ、家に戻っていった。

その日の夜。
葉月は、いつも通りの姿に、手提げカバンを持って現れた。
何が入っているのか桜花が聞くと、ノコギリとその替え刃を取り出した。
「・・・・まさか、はっちゃん」
「ああ、恐らく予想通り。この桜だけは・・・他のやつに切られるわけにはいかないからな。」
日曜大工で使うようなサイズのそのノコギリでは、こんな巨木を切るのはとうてい無理である。
しかし、葉月はそれをするつもりだった。
「さて、と。一夜かけて、ゆっくりお喋りでもしながらこの木を切り倒すとしましょうか。」
無理矢理顔に笑顔を作って葉月がそういうと、桜花もにっこりと笑い返してきた。
紅色の桜が常に舞い散る中、葉月はノコギリを突き立てた。

ぎこぎこという音が、夜の公演にこだまする。
「はっちゃんさぁ、私がいつからはっちゃんのこと好きだったか知ってる?」
「そんなん知らないよ。小学校の時からずっと一緒だったからな」
「そう、小学校の低学年の時、一発で一目惚れしたんだ」
「・・・それ凄いナァ・・・」

ぎこぎこという音が、絶えずする。
「この桜はさ、結局何だったんだ?」
「これね、血を吸って大きくなったみたいなんだ。で、都市伝説通り血のせいであっかい花咲かすみたい。」
「へー・・・だから、吸血鬼ねぇ・・・・」
「私が落ちたときに血がかかったみたい。だから・・・桜の鬼になっちゃったみたい。私の吸う血の大部分は桜に流れてるんだ。」
「う〜ん・・・よく分からないけどな・・・」

ぎこぎこという音に、突然バキリという音が加わる。一枚、歯が折れたらしい。
「げ、マジかよ。まだ4分の1いってないぞ・・・」
「・・・・がんばって。」
「言われなくても、な。」
また、ぎこぎこという音が木霊する。替え刃により作業を再開した。
「はっちゃんはどっか大学行ったの?」
「うんにゃ。プータローやっとりますよーだ。大学落ちちゃったからな・・・・」
「ありゃ。ごめんね。」
「まぁ、自業自得というか何というか・・・」

ぎこぎこ、音がする。
「イテッ」
葉月が声を挙げた。
「どうしたの!?」
慌てて桜花が聞く。
「あてててて・・・血豆出来た」
そういうと葉月は掌を桜花に見せた。
そこには確かに血豆が二つ、出来ていた。
「・・・大丈夫?」
心配そうに桜花が聞く。
「まあ、これくらいでへこたれてる場合じゃないし。」
葉月は無理に笑うとノコギリを再度持った。
「・・・手伝おうか?」
「いや、これは俺が一人でやりたいんだ。」
そういうと、葉月は弱々しくノコギリを持ち直した。
「・・・・・・・」
桜花が、黙ってしまう。
それは拗ねているようにも見えたし、心配のあまり声が出ないようにも見えた。
「・・・大丈夫だよ。」
葉月がグッと握りなおした。

ぎこぎこという音は、弱くなりながらもしっかりと聞こえてくる。
「ねぇ、私の桜花って名前ってさ、やっぱりこの町の櫻華町からきてるんだよね。」
「たぶん、そうだろうな。」
「だからさ、私、桜に気に入られちゃったんじゃないかな。桜の花、なんて名前だし。」
「・・・なるほど。そうかもな。」

ぎこぎこという音は、止まらない。
「なぁ、本当に切っちゃっていいのか?」
葉月が桜花に聞いた。
「いいよ。どうせ切られるんだし、はっちゃんに切られるなら本望だよ。」
桜花はしみじみとそういった。
「そうか・・・それじゃ、もうひとふんばりかね!」
いつの間にやら、残りは大分少なくなってきている。
ノコギリの替え刃も5本会ったうち残るは一本のみ。
しかし、なんとか足りそうだった。
太陽も、後一時間ほどで昇る。
それまでには何とか終わりそうだった。

ぎこぎこという音が、止まった。
後少し力を入れると、そこの巨木は倒れる。
そうすれば、この桜は枯れ、それと同時に桜花は消える。
「・・・・終わった。」
「お疲れさま。」
二人は顔をもぞきあい、にっこりと笑った。
消える方も、残る方も、妙にすがすがしい気分だった。
「・・・後、10分位か。」
葉月がいった。
空が黄ばみ始めている。もうすぐ夜明けだ。
「太陽が昇る前に、桜を倒すか・・・」
葉月はそういうと、桜に手をかけた。
力を掛けるまでもなく、桜の巨木はメリメリと音を立て、花びらを舞い散らせながら倒れ始める。
「はっちゃん」
「なんだ?」
「ありがとね。だいすき。」
「ああ、おれもだ。」
にっこりとわらうと、どしんというおおきなおと。おとのあと、おうかはかげもかたちもなくきえていた。
キエテ・・・イタ。
最後は、笑っていたような気がした。
桜花は、もう、いない。
そう思うと、どうしようもなく胸が苦しくて。
いたくて、寒くて、怖くて。
ああ、桜花はこんな気持ちを味わっていたのか、などと一人納得しながら、葉月は一人。
夜の公園で泣き崩れた。



これは、三日で完結する物語。
けれども、この話には続きがあります。
しかし、救いを造るために無理矢理とってつけたような奇跡の話なので、これまでで満足した方は見ないで下さい。
けれども。
私は物語の基本は、ハッピーエンドだと思います。
じゃないと、寂しすぎませんか?
私は・・・絶対に幸せにさせてあげたかったんです。
だって、大切な物語ですから。



最終夜 〜次の年

桜の木下には沢山の白骨死体が埋まっていたとか、桜の木が独りでに切れたとか、そんな話がすでに過去の話になった次の年。
忙しい年末年始を終え、なんとか志望大学にも合格し、しかしどこか心は空っぽだった。
そして、桜がまた舞い散る季節になった。
すでにあの桜の木はなくなり、切り株も除去されて久しいが行ってみることにした。
特に意味はない、感傷ってやつだ。
夜の公園を歩きながら、いろんな事を思い出す。
桜の木は半分くらいは切られ、公園は寂しくなっている。
しかし行方不明者が今年は出ていないとかで、町長は英雄扱いらしい。
良かったような、腹立つような。
そんなこんなで桜の木のあったところに着く。
懐かしいそこで、思いがけない物を目にした。
それは、真っ白な桜の花の咲いた木。
地面から枝だけ生えているような小さな小さな、しかし桜の木。
真っ白な桜は全く汚れていない純白の、ユリの白の純粋さに匹敵する白。
そこから、ぴょっこりと顔を出したのは。
思いがけない、幼なじみの姿。
そして、血を吸うことない白い桜の妖精になった彼女は。
今、僕の胸の中。
「はっちゃん!久しぶりだね!」
涙目になりながら、鼻声で彼女は言う。
「ああ・・・お帰り、桜花。」
やっぱり、彼女は春しかいられないのだけれども。
こうして、抱きしめることが出来る。
また、お喋りして、笑うことが出来る。
だから・・・・これで、良かったと思う。今、嬉しいから。言葉も、表現も見つからないくらいに。



これにて、3夜+αの物語は終幕です。
お楽しみいただけたでしょうか?
え、私ですか?
そういえば物語で名前、出てきませんでしたねぇ。
あ、はい。私は・・・桜の木、ですよ。






Fin。





☆あとがき☆
えっと、作者であるてっちゃんのあとがきではなく、友龍の感想です。
思いもかけず素敵な小説をいただいて感激です。
桜の木の語りが入りながら、終始静かに語られていく二人の切ない物語に感動です。
ハッピーエンド好きの私としては最後のプラスαも嬉しかったです。
この季節に間に合わせるため無理矢理仕上げた…とのことですが、無理矢理とは思えないほど良かったですよ。
ってか、無理矢理仕上げたって言ってる作品にこんなこといったらダメなのかもだけど、今までてっちゃんにいただいた作品の中で一番好きです、個人的に。
個人的に好きな路線(?)が「ほのぼのもの」と「悲劇に満ちたハッピーエンド」なものですから(笑)
さて、背景ですが、てっちゃんにいただいたときは白背景でしたし、ピンクの文字には白背景のほうがあっていた気もしないでもないのですが…赤い桜にこだわったら私の知ってるとこでは黒背景しかなかったのです(笑)。
でも夜のお話だし黒でもいいかな?
そしてMIDIは「薄紅繚乱」
この作品読んですぐ、「あれ使おう!」と即決しました(笑)
怖いほど綺麗な、畏敬さえ感じさせる桜の美しさが出ている曲だと思います。
壁紙やMIDIが作品にあっているかは例によって自信がないので(汗)、またご意見聞かせてくださいね。
ではでは本当にありがとうございました!



MIDI「薄紅繚乱」(ハープver.)
 ex)music by Crossbred(春日まゆみさん作)