しんでれら

夏。

私は、待っていた。
ううん、違う。
待ちきれなかったというべきかもしれない。
会えなくなってからほんの2、3ヶ月しかたっていないのに、
約束の季節はまだなのに、私の心は限界寸前になってしまった。
正確には会えなくなってほんの一週間で私はすでに彼に会いたくてたまらなくなっていた。
会いたくて会いたくて会いたくて。
何をしてくれなくてもいい。ただ彼の声が聞きたかった。
「おはよう」
「こんにちは」
「こんばんは」
「おやすみ」
そんな日常的に交わされていた挨拶を、もう一度したい。
そんな想いに突き動かされて、私は再び、舞い降りた。



「拓馬さん」
「え?」
 新藤拓馬は突然声をかけられて振り返った。
もっとも、「今から声をかけますよ〜」と断ってから声をかける人間はいないので、突然なのは当然なのだが。
 まぁ、約束の時間に遅れそうで小走りにかけていたところを呼び止められたので、多少驚いたのは事実である。
 声をかけてきたのは見知らぬ少女だった。
年は自分より2つ3つ下…16,7といったところだろうか。
ストレートの長い髪、少し大きめの瞳が可愛らしい。
しかしながら問題は、拓馬が全くその少女を知らないことだった。
相手は自分の名を呼んでいるのだから知っているはずなのだが…全く心当たりがない。
「えっと…」
 愛想笑いを浮かべながら頭の中では必死に考える。
こんな可愛い女の子に「君、誰だっけ?」とは言いにくい。
いや、男なら言ってもかまわないというわけではないが、その辺は心情の問題である。
「拓馬さん、私です。桜鈴です」
 拓馬が自分のことをわからないと気づいたのか、少女が名乗った。
 桜鈴(おうりん)。
確かにそういった。
拓馬の動きが止まる。
「桜、鈴…?」
「はい」
 名前を呼ばれて少女が嬉しそうに微笑む。
その笑みを見て拓馬の顔にも笑みが浮かんだ。
―――とても、皮肉な笑みが。
「君は僕をからかってるのか?」
「え…」
「桜鈴は君とは全く似てないよ。彼女が僕の知り合いだってなんで君が知ってるのか知らないけど、僕はこういう冗談は好きじゃない」
 笑みを浮かべたまま拓馬は冷たく言い放つ。
「ち、違います、私本当に…!春にもう一度会おうって、あなたと約束した桜鈴なんです。私、どうしてもあなたに会いたくて、それで…!」
 その言葉を聞いて拓馬の中で何かが切れた。
その約束は桜鈴と自分しか知らないはずのものだ。
それなのに目の前の少女はそれを口にした。見られていたに違いない。
「いい加減にしてくれよ!どこで見ていたのか知らないけど僕と彼女の思い出を汚すようなことはやめてくれ!一体何のつもりなんだ!」
「そんな、私は…」
「それ以上続けようって言うなら僕は本当に怒るぞ」
 怒りに震えた声で睨みつける拓馬に、桜鈴は息を飲み、その隙を突いて拓馬はくるりと背を向けるとその場を立ち去った。
途中引き止める声が聞こえたが、もちろん無視だ。
(よりにもよって、桜鈴を名乗るなんてな…)
歩きながらも拓馬の怒りは収まらなかった。
桜鈴。
今年の春、桜の木の下で出会った少女。
自分と同じ年くらいの姿でありながら、同年代の女性にはない儚さと美を併せ持った女性。
一緒にいられたのはわずかな間だったが、彼女と拓馬はつかの間想いをかわした。 そして約束したのだ。
次の年、桜が咲いたらまた会おうと。
その思い出を少女は汚そうとしたのだ。許されるものではない。
だが…自分の憤りがそのためだけではないことを拓馬は自覚もしていた。
そう。桜鈴という名前が自分に与えるのは美しい思い出と、そして…罪悪感だった。
(やっぱり急いでるからってここを通るべきじゃなかったな…)
 自分の決断を呪いながらも拓馬は急いでいたことを思い出し、再び駆け出すのだった。



信じてもらえなかった。
そのショックに桜鈴はしばらく立ち尽くしていた。
会うことさえ出来ればまた前のように話せると思っていた。
またあの優しい笑顔を見ることができると思っていたのに。
見ることになったのは、怒りの表情。
かけられたのは否定と恫喝の言葉。
胸が、しめつけられる。
(でも、仕方ないよね…。確かに私の姿はあの時とは違うのだから)
ともすればこぼれそうになる涙を必死でこらえながら、桜鈴は必死で自分に言い聞かせる。
 そうだ。今度ちゃんと説明しよう。
そうすれば、きっと彼はわかってくれる。
自分はここを離れることは出来ないけれど、彼がまたここを通ったら、きっと。
期待で不安を抑えながら、桜鈴は自分の心を納得させていた。



「あの子、またいるな」
 高校からの帰り道、空腹に耐えかねて途中で買ったカレーパンを公園のベンチで頬張りながら、翔は誰にともなくつぶやいた。
 視線は公園の名物でもある桜の木の下で誰かを待つようにたたずむ少女に注がれている。
 彼が彼女を見るのは初めてではなかった。
彼が知る限り、彼女はいつも桜の木の下で誰かを待っていた。
その『誰か』が来たところを見たことはないのだが。
待ち合わせの相手はよほど時間にルーズなのだろうか。
そんなことを思いながらパンと一緒に買った牛乳を喉に流し込む。
(ま、俺には関係ないけどな)
空になった牛乳パックを軽く握りつぶすと、翔は立ち上がった。
そして何気なくまた少女の方を見ると…
(うげ。泣いてるよ)
 いきなりの事態に動揺する。
もともと翔は女性が苦手な方である。ましてや泣いている女性なんてもってのほかだ。
(やっぱりここは見なかったふりをしてやるのが一番だよな、うん)
言い訳がましく自分に言い聞かせ、そのまま立ち去る。
そして…
「なぁ、これ読むか?」
 数秒後、翔は泣いている少女に漫画週刊誌を差し出していた。
(だぁぁ〜何やってんだ、俺!立ち去るんじゃなかったのか!?)
 心の中で思わず自分で自分につっこみを入れる。
「え、ええと…」
 泣いていた少女はさすがにいきなりの事態に目を丸くしている。
それはそうだ。泣いているところにいきなり「これ読むか?」である。
翔は自分を殴りつけたくなってきた。
立ち去ろうとして、結局そのままほっておけなかったのは、まぁ仕方がない。
それにしても他にやりようがなかったのだろうか。
キザだがハンカチでも差し出した方がまだマシだ。
しかも自分が差し出しているのはバリバリの少年誌である。
少年漫画を読む女性は多いとはいえ、目の前の見るからにおしとやかそうな少女が好んで読むとは思えない。
「いや、ほら、そのな。結構面白いぞ、これ」
 勝手に喋るな俺の口っ!何さらに勧めてんだよ!
頭の中で一人ツッコミ大会を繰り広げる翔をよそに、意外なことに少女は素直に漫画を受け取った。
「…読んで、いいんですか?」
「あ?ああ…」
「ありがとうございます」
 少女はそういってそっと涙をぬぐうと、木の根元に腰を下ろして漫画を読み始めた。
成り行き上仕方なく翔も隣に腰を下ろして少女が読み終わるのを待つ。
「あの…」
「ん?」
「人間って、すごいんですね…。空飛んだりこんなすごい力を…」
 感心したように言う少女。
ちなみに少女が見ているのはエネルギー波や気功波なんかを飛ばしまくる少年誌にありがちなオーソドックスな格闘漫画だった。
「そ、それって冗談、だよな?フィクション…なんだからさ」
「ふぃくしょん、ですか?」
「そ。いわば嘘っぱち、空想の産物」
「そうなんですか…私動けないから世界のことあんまり知らなくて」
 感心しながら少女は漫画を読み続ける。
(動けない?今まで病気でもしてて外に出られなかったとか?それにしたって普通常識くらい教えるよなぁ…もしかしてこの子、天然か?)
 なかなか失礼なことを考えつつも、少女が読み終わるのを待ってやる。
「ありがとうございました。とっても面白かったです」
 しばらくの後、少女は翔に笑顔で漫画を差し出した。
「いや…。楽しくなってくれたんならいいさ」
 続けて「泣いてるより笑顔のがずっといい」、なんて恥ずかしい台詞を言いそうになって慌てて思いとどまる。今度は口は言うことを聞いてくれた。
「それじゃあな。俺もう帰んなきゃ」
 余計なことを口走らないうちに、翔はその場を去ることに決めた。
別れの言葉とともに、荷物を持って立ち上がる。
「はい、本当にありがとうございました」
 背後でお礼を言う少女に振り返らないまま軽く手を振ると、翔は家路を急ぐのだった。



数日後。
かくして少女はまた木の下にいた。
いつもと変わらず、誰かを待つように。
たまたま公園を通っただけの翔ではあったが、この間のこともあるし無視して通り過ぎるのもおかしいだろうと少女に声をかけることにした。
「よぉ」
「あ、この間の…」
 翔を認めて少女が微笑を浮かべる。
「えっと、まぁ元気にしてたか?」
「ええ、まぁ…」
 翔の言葉に少女の微笑に翳りが混じる。
よく考えたらこの間は泣いていたのだ。
誰をまっているのかは知らないが、今日も待ち続けているということは状況は変わっていないのかもしれない。翔は自分の無神経さを呪った。
「と、とにかくだ。また漫画読みたくなったら貸してやるよ」
 慌てて話題をそらす。自分でもかなりわざとらしい。
「本当ですか?嬉しいです。でも、私ああいうのより、『しんでれら』の方が好きです」
「シンデレラって…あのカボチャの馬車とか出てくるやつか?」
 思わず聞き返す。いくらなんでもシンデレラとは…。
「はい、その『しんでれら』です。前にこの木の下で子供たちが聞いているのを私も聞いて」
「ふ〜ん」
 嬉しそうな少女に翔は気のない返事を返す。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、さすがに詳しいわけじゃないけどさ、俺あの話あんまり好きじゃないんだよな」
「何故、ですか?」
「考えても見ろ?シンデレラは王子と言葉を交わしたこともなければ、会ったこともない。もちろん文通だってしていない。何の接点もないんだ。そんな相手と結婚するなんて嬉しいのか?『相手が王子様だからvv』なんて理由だったら蹴るぜ俺」
「……」
「それに、王子が何でシンデレラに目を留めたかわかるか?可愛かったからだろ?綺麗なドレスを着ていてお姫様みたいだったからだろ?一目見ただけでシンデレラの人柄までわかるわけないからな。結局はシンデレラが可愛くなければこの話は成り立たないわけだ。どんなに気立てが良くて優しくても、シンデレラがブスだったら王子はシンデレラに目も留めないだろ。要約するなら『美人は得をする』って話だな。そんな話女性として嬉しいのか?」
「そんな風に考えたことなかったです…。でも私、なんとなく『しんでれら』の気持ちがわかるんです。」
「シンデレラの、気持ち?」
「はい。彼女にはほとんど自由がなくて。…そんな環境の中きっと彼女はずっと王子様のことを見つめていたんですよ。ずっとずっと憧れて。王子様はそんなシンデレラの気持ちに気づいてくれたんです」
「ふ〜ん、そんなもんかね。それにしたってやっぱ俺は気に入らないな。一番はやっぱ王子だよ王子!ガラスの靴なんかなくたって好きな子くらい見つけてみせろってんだ。俺だったら靴なんかなくたって見つけるね」
 自身たっぷりに言う翔に少女は目を丸くし、やがて微笑んだ。
「すごい自信ですね。えっと…」
 そういえば、二人とも名乗っていなかったことに今さらながらに気が付く。
「あ、俺は翔。堤翔だ」
「翔さん、ですか。私は桜鈴です。…翔さんは、どなたか好きな方が?」
「う…。えらそうなことは言ったけど、いない」
 翔はきまり悪そうに頭をかいた。
その様子を見て桜鈴が吹き出す。
「ふふ。でも翔さんなら本当に見つけそう。
…でも私は…私は、いつ見つけてもらえるんだろう…」
 最後の方は、ほとんどつぶやきに近かった。
悲しみに彩られたその瞳はきっと、ここにはいない誰かを見つめているのだろう。
翔はしばらく話しかけることも出来ずにただ沈黙していた…。



 それから後も、翔と桜鈴は度々会うことがあった。
そのたびに他愛もない会話をし、また漫画を読んだりもした。
そのうちに翔は桜鈴とのそんな時間が楽しみになっていったのだが…彼女はある日突然、姿を消した。
胸にぽっかりと明いた穴を抱えながら、翔は「待っていた相手には会えたのかな」と何処か苦い気持ちで思っていた…。



 そして、秋。
「桜鈴…?」
 あの桜の木の下でたたずむ女性を見かけ、翔は声をかけていた。
「!!」
 振り返ったのは老婆だった。
突然声をかけられて驚いたのだろうか、目が大きく見開かれている。
「あ、えっと。すいません、間違えました」
 慌てて謝る。
いくら桜の木の下にいたからといって、どうして間違えたりなどしたのだろうか。
年も背格好も、髪の色すら違うのに。
なのに。
彼女ではないとわかった今も、何か不思議な気持ちが胸を満たして仕方がなかった。
「…」
 老婆は困惑気味に翔を見つめている。
翔は頭をかきながら弁明をした。
「前に、ここであった女の子の名前なんです。あなたとは歳も背格好も全然違うのに、何故か彼女に見えてしまって…本当に、すいません」
「翔さん…」
 老婆の口から、声が漏れた。
お世辞にも可愛いとはいいがたい、しゃがれた声。
だけど。
「桜鈴、なのか…?」
 そう言わずにはいられなかった。
「…はい」
 老婆はうなずいた。
泣き顔なのか、笑顔なのかわからないほどに顔をくしゃくしゃにして。
目から零れ落ちた液体が頬に刻まれたしわを伝っていく。
「…どういうことか、説明してくれないか?」
 翔の言葉に老婆は今度は黙ってこくんとうなずいた。



 彼女は桜の木そのものだった。
動くことの出来ない彼女は常に世界への憧れに思いを馳せていた。
この風はどこから来るんだろう。
あの雲はどこへ行くんだろう。
そしてとりわけ彼女が興味を抱いたのは人間だった。
通り過ぎ、時には彼女の下で語らっていく人間たち。
泣き、笑い、喜び、苦しむ…そんなさまざまな顔を見せる人間は、桜鈴の憧れの象徴だった。
桜鈴は人間に憧れるあまり、とうとう人間の姿をとる。
桜の花が咲き、力が満ちている間だけに使える魔法、人化の術。
人の姿をとった桜鈴は、一人の青年と出会う。
新藤拓馬。
それが青年の名前だ。
彼は彼女に世界を教え、彼自身は彼女から安らぎを受け取った。
ともに過ごした時間はわずかだったが、二人は確かに、その思いを通わせていた。
そして二人は約束する。
『来年の春、桜が咲いたらまた会おう』と…。



「でも、私には待てなかったんです。どうしても、彼に会いたかった」
 最初は彼も木の下に来てくれていた。
自分からは語ることは出来なかったけれど、彼は桜鈴に語りかけてくれた。
けれど、月日がたち、2週間、3週間たつうちに、彼は来なくなってしまった。
 会いたかった。
気が狂いそうなほどに、とにかくただ会いたかった。
 だから、桜が散って、花の力がなくなっていたにもかかわらず、無理をしてでも人化の術を使って人の姿をとったのだ。
 けれど、あくまで桜の木である彼女は木から離れることが出来ずにただ待つことしか出来なかった。
 やっと彼にあえても、花の力なしに人の姿をとった桜鈴の姿は当時とは違い、信じてもらえなかった。
そして、花の季節からはほど遠い今の桜鈴はもはや老婆の姿をとることしか出来ない。
「そうか、桜鈴はずっとそいつを待ってたんだな…。でも結局来なかった」
「いいえ、会えましたよ」
 翔の言葉に桜鈴は寂しげに笑った。
そしてそっと視線を翔の背後に送る。
その視線の先には楽しそうに語らいながら歩くカップルの姿があった。
「まさか…」
「はい、あの人が拓馬さんです」
 穏やかに言う桜鈴。
その言葉を聴いた途端翔は駆け出していた。
「あっ、翔さん!?」
 翔はそのまま拓馬に駆け寄ると、思い切り殴りつけた。
「…ッ!?いきなり何をするんだ!」
「あんたどういうつもりだ!?桜鈴と約束したんだろ!彼女はずっと待ってるのに、それなのにあんたは…ッ!」
「!!」
 桜鈴、という名前を聞いて拓馬の顔色が変わる。
そして罪悪感と後悔と追憶と、さまざまなものの入り混じった複雑な表情でうつむく。だがすぐにキッと視線をあげると言った。
「仕方ないだろう…!?最初は僕だって、ずっと彼女を待つつもりだったんだ。だから毎日木の下にも行ったし、語りかけもした。でも彼女は何も言わないんだ。顔を見ることすら出来ない。つらかったよ。…そんな時心配して声をかけてくれたのが彼女なんだ」
 そういって、隣で事態についていけず呆然としている女性に視線を送る。
「彼女はつらいときいつも支えてくれるし、普通に会うことが出来る。そもそも桜の木と人間じゃ違いすぎたんだよ!春に会うことが出来たって、すぐに別れなきゃならないじゃないか。僕が、僕が桜鈴のことを忘れて彼女のことを選んだって、仕方ないだろう…?」
「だからといって…!」
「やめて、翔さん!拓馬さんに手を出さないで!」
 激昂して再び拳を振り上げる翔に、桜鈴から制止の声が飛ぶ。
怒りに震え、痛いほどに拳を握り締めながらも、声を聞いて翔はゆっくりとその腕を下ろした。
「誰だ?あの婆さん…」
 ぽかんと口を開けながら拓馬がつぶやく。
「あんたにはあれが誰だかわからないのか?彼女のこと、知らないっていうのか?」
「知らない。僕にあんな婆さんの知り合いはいないよ」
 責めるかのような翔の口調にむっとした様子で拓馬が答える。
その答えに、翔の拳からふっ、と力が抜けた。
「…もう行けよ」
「え?」
「行けって言ってるんだよ!もうあんたに用はない!」
「ぼ、僕だって君に殴られる筋合いなんてなかったんだ。行かせてもらうさ」
 そういうと拓馬は女性を促して去っていった。
女性が拓馬に事情を聞いているのが聞こえるが、翔には関係のないことだ。
「…ゴメンな、桜鈴」
 桜の木の下に戻ると、翔は苦笑してつぶやいた。
拓馬を殴ったことについて謝っているのか、そのまま行かせてしまったことについて謝っているのか、それとも他のことで謝っているのか自分でもよくわからない。
「いいえ、ありがとうございます。…私も、ほんとは途中からわかっていたんです。もう、あきらめは付いていましたから…」
「けど」
 そうやってまた人の姿をとったということは。
会いたかったんじゃないのか?待っていたんじゃないのか?
そんな言葉が喉元まででかかったとき、先に桜鈴が口を開いた。
「今の私が会いたかったのは…翔さん、あなただったんですよ?」
「え…?」
「どうしてなのかは私にもわからない。でも、あなたに会いたいって思ったんです。そしたらあなたは来てくれた。私を、見つけてくれた…」
 しわだらけの顔にさらにしわを増やして桜鈴が微笑む。
「ね、翔さん。桜がどうして綺麗なのか知ってる?」
 不意に、真顔で桜鈴が問いかけてきた。
「いや。下に死体が埋まっているからとか聞いたことあるけどな」
「死体って…ひどい」
 翔の返答を聞いて桜鈴の顔が曇る。
その様子を見て慌てて翔は強調した。
「お、俺が言ったんじゃねぇって!なんとかっていう作家だよ作家!」
「…桜はね。春に突然綺麗に咲くわけじゃないの。夏から冬の間ずっと、春を夢見て祈り続けるの。綺麗に咲けるように、ずっとずっと全身全霊をもって」
「へぇ。結構努力家なんだな」
 茶化すように言う翔に桜鈴は得意げに笑う。
「そうですよ。桜だって頑張ってるんです♪」
そして…その笑みが、翳る。
「でもね、私はダメ…。その努力を怠ってしまったから」
「どういう…意味だ?」
 胸の中に湧き上がるのは、例えようもない不安。
暗雲が空を埋め尽くすように、急速に翔の心が不安で埋め尽くされていく。
「人化の術はね、花の咲いた春以外では本当はとても力が要るの。なのに私は花が散ってしまってからも、何度も何度もその力を使ってしまった。きっともう、冬は越せない」
「そんな…」
「だからね、最後に見て欲しかったのかもしれない。私の、精一杯を」
「…!!!」
 翔は目を見開いた。
翔の目の前で、木に薄桃色の花が次々と開き、花びらが宙を舞う。
いつの間にか昇った月の明かりに照らされて、花は白く浮かび上がる。
そんな幻想的な光景の中、たたずむ一人の女性。
 長い黒髪、優しげな瞳。
触れれば折れてしまうのではないかと思えるくらい華奢な体をした儚げな姿。
「桜鈴…?」
 翔がつぶやく。
先ほどまでの老婆でもなく、翔が出会ったときの姿とも違う。
だが確かに、目の前にいるのは桜鈴だと感じられた。
桜鈴は黙ったまま翔に近づき、そして…。

 唇が、触れた。

ほんの一瞬の、風のようなキス。
何が起こったのか理解するまでに数秒、そして理解した途端頭が真っ白になって数秒。
翔が硬直している間に桜鈴は翔から離れると、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「なななななな、なんだ!?」
 ようやく翔が声を上げる。
自分でも、何を言っているのかわからない。
「なんだ、なんてひどいです。これでもファーストキスなんですよ?」
「………」
 すねてみせる桜鈴に翔は赤面して声をなくす。
「…そして、最後のキス」
「…え?」
「これが最後です、翔さん。あなたに会えたおかげで最後に楽しい思い出が出来ました。本当にありがとう」
「ふざけるな!何か方法はないのか!?これで最後なんて…!」
 叫ぶ翔に、桜鈴は遠い目をして、
「…一つだけ、可能性があります」
「それは…?」
「神様がね、一つだけチャンスをくれたの。ずっと人間に憧れて、とうとう身を滅ぼしてしまった私の愚かさを哀れんで」
 そこまでいって桜鈴は自嘲気味に笑うと、先を続けた。
「今から3年のうち、私はあなたの前に1度だけ現われます。でも私にはあなたの記憶はないし、いつ、どこにいるのか、どんな姿をしているかすらわからない。それでもあなたが私を見つけることが出来たら。そうしたら、私は『人間』としてあなたの側にいることが出来る」
「それ、本当か…?」
「はい」
「わかった。絶対見つけてやる」
「ガラスの靴は、残せませんよ?」
 少し寂しげに笑いながら桜鈴がいう。
翔の言葉は嬉しい。だがそれが不可能に近いことだとわかっているから。
だがあくまでも翔は自信たっぷりに言う。
「当たり前だ。そんなもんなくても見つけてやる。俺は軟弱王子じゃないんだからな」
「ふふふ。そうでしたね」
 桜鈴が笑う。今度は寂しげではなく、花のような笑顔だった。
「だから、さよならは言わないぞ。見送りもしない。いくならさっさと行けよ」
 そういって翔は桜の木と桜鈴に背を向ける。
「はい、それじゃ…」
 言葉とともに、気配が消えていく。
舞い散っていた花びらもその姿を消し、辺りに静寂が満ちる。
そうしてしばらくたってからも、翔は振り返らなかった。
そのままたたずみ、動かない。
やがて、そんな翔の足元にぽつりぽつりと暖かい液体が零れ落ちた。
「ったく、俺も結構軟弱だよな…」
 自嘲気味につぶやく。
翔は泣いていた。
涙を見せたくなかったから、背を向けるしかなかった。
けど…。
「絶対、見つけてやるからな」
 つぶやいて涙をぬぐう。
それは誓いだ。絶対に果たしてみせる。



そして彼が桜鈴を見つけ出せたのかどうか。
そのお話は、また別の機会に譲るとしましょう。


おしまい☆




☆あとがき☆
いっぺん死んで来い!
って感じですね(爆)
大苦手なくせに「恋愛モノかいてみよう!」なんて思うんじゃなかった(^^;
大体書いてる本人が恋も愛もわかってないのに(笑)
まぁ感じとしては80年代少女漫画ってことで(笑)
ああああ〜それにしても普通の駄文以上に恥ずかしいです、こういうのって(恥)
もし読んでしまった人がいたら「あまりの駄目さに途中で読む気なくしたぞ!」とかいうのでもいいので感想ください(爆)
ただ読まれただけってのが、一番恥ずかしいです(^^;
ヘタにフォロー入れなくていいんで正直なとこを言ってくださいね(^^;
 ちなみに桜の木で染物をする場合、花が咲いているときよりも、冬花が咲く前の方が鮮やかなピンク色に染まるんだそうです。
もっとも桜はデリケートなんで皮なんか剥いで染物したら枯れてしまうんですけど(^^:
ま、結構前にきいた話なんで真偽の程は保障できないですけどね(笑)
それでは〜☆


2003/06/04