猫日和。



今、初夏。
私こと夏刈裕希(なつかり ゆうき)、家出中。
家出中というより、根無し草といったほうがかっこいいかも。
・・・うん、これからは自分のことを根無し草と称することにしよう。
「ゆき?なにしてるのさ」
ゆき、というのは私の愛称。ゆうきを縮めて、ゆき。
「ただいま根無し草中」
・・・・外した。白い目で見られた。
声をかけてきたのは、白井美沙(しらい みさ)。黒髪ストレートでロング、眼鏡の似合うおねぇさん(同い年だけど)だったりする。
私の高校時代の同期、ただいま大学一年生。
「いや、無駄にいろいろ考えてるだけ〜」
足を投げ出し、私は上を向いた。しっかり屋根。屋内だなぁと実感。ちなみにここはアパートで、大学生向けに安めで部屋を貸してくれるようなところ。
私は今家出中。なのに何故屋内にいるのかというと、ひとえにこの美沙ちゃんのおかげだったりしちゃうのだ。
「いいかげん家出やめて、家に帰ったらどうなのよ。いくら私が一人暮らしだからって」
そう、彼女は大学入学を転機に一人暮らしを始めたのだった。そして私がそこに居候を決め込んでいる。
「だってさぁ!」
頬を膨らます。近くにあったクッションを抱き寄せて顔をうずめる。ふかふかで気持ち良い。
「あのバカ両親、私が受験失敗したからって縁談進めようとするんだよ!?何時代の骨董品なんだっつーの!」
事実である。それが理由で逃げ出してきたんだし。けど。
「聞いた。27回くらい聞いた」
冷静に返されてしまった。
「いや、くらいって言うわりには随分数字が具体的なんですケド・・・」
かろうじて反撃してみる。
「そんなことは問題じゃないでしょう」
はぁ〜〜、とため息を疲れてしまった。
「ゆき。大体あなた、浪人生でしょう。少しは真面目に勉強しなくていいの?」
「うぐっ」
痛いところを突かれた。痛すぎて遠くに目を逸らしてしまうぐらい痛いことだよそれは美沙っち。
「全く・・・そんな状況じゃ、予備校にも通ってないんでしょう。いくら浪人生だからって、そろそろ本腰入れなきゃまずいわよ」
そのあと、二浪したくなければね、と付け加えて、美沙ちゃんは奥の部屋に引っ込んでしまった。

・・・・分かってる。
分かってくらい、いる。
けど、私。
さすがにまだ、結婚は早いと思うんだわぁ・・・・
いや、相手の男性のバロメーターは中々のものだったけどさ。
それでも、やっぱり。

難しいこと抜きで。
どうしても、気の進まないことだって、ある。
だって現在の日本の平均結婚年齢は28くらいだった気がするし。
・・・あれ、それは出産年齢だっけ?わかんなくなってきた・・・まぁいいや。
そもそも統計なんてものには意味は無い。ただのデータにはとくに価値もなく、重要なのは自分なのだけど。
問題は親なわけで。じゃあ、私はどうすればいいんろうか。
・・・
・・・・・
・・・・・・・わからん。

そんなこんなで私は、しばらく家には帰っていない。
だいたい、二ヶ月くらいだろうか。
確かに、家が恋しくなることだってある。それでも、私は屈するわけにはいかなかったりするのだっ。
「ゆき〜、朝ご飯食べる?」
「食う食う〜」
思考中断。美沙ちゃんのご飯は美味しい。
キッチンから、食うなんて言葉使いはだめ、と声が聞こえてきたような気がした。
ま、いっか。
ちなみに朝ご飯はベーコン焼いたのと目玉焼きとカップスープとご飯。よく朝っぱらから朝ご飯なんて作ろうと思うもんだなぁ。感心する。ご飯ちゃんと炊いてあるし。



今の時代、生きてこうと思えば何とかなるもんである。
美沙ちゃんは大概午前中から午後しばらくにかけて大学の講義でいなくなる。
さすがの私でも、その間に美沙ちゃん家にいるわけにもいかないので、外に出る。
まだ空蝉の季節には早いが、ちらほらと半袖姿が目に入るようになってくる季節。
日差しが眩しく、私は少し空を見上げる。
―――――――――これから、どうしよっか。
選択肢はいくつもある。
本屋、古本屋、コンビニなどで立ち読み。しばらくしたら電気屋か玩具屋で店頭においてあるゲームをして遊んだり。
おなかがすいたら友達の勤めてるコンビニで賞味期限の切れたお弁当をもらう。
さすがに女の子だしゴミ箱を漁ったりはなしないけど、他にも時間を潰すすべなんていくらでもある。まさに悠悠自適の生活。
そんなこんなで、ひとまず公園に向かうことにした。この公園、この街ではどこに行くにも基点になる。町の中心にあり、この近くにこの町のいろんな物が集っているからなのだ。

ちなみにこの公園、大きく分けて三つのパートからなる。
一つは子供用遊具の集まったゾーン。子供の声がいつも木霊している。主婦の集会場にもなっているようだ。
一つはグラウンドのゾーン。よく老人達がゲートボールをやっていたり、少年野球が野球の試合をやっていたりする。
もう一つは、桜並木のゾーン。今年の春に何があったかほとんど切り倒されてしまい、見晴らしが良くなって随分と寂しくなった。あの、神秘的な雰囲気がなんとも言えずお気に入りだっただけに、とても残念。
そーいや、ここの桜に関する謎が二つ三つ、『櫻華町七不思議』に関わっていたような気がするけど・・・忘れたからいっか。

ともかく、私はなんとなくこの公園のベンチに座った。
ふぅ、とため息をつき、そういやため息つくと幸せ逃げるんだっけ、いっそどれくらい逃げるか試してみるか、とため息をつきまくってみた。
・・・・なんか息苦しくなった。

幼稚園のバスらしい、異様に黄色いバスが仕切りの向こうの道を通っていく。
なんとなく、目を空に向ける。
空を見てると、随分どうでもいいことで悩んでる気がしてくる。
なんというか、この大宇宙においてお前の悩みなんて些細すぎて目に入るゴミにもならんわー、みたいな。まさに、「目に入れても痛くない」。いや、嘘。意味全然違います。

ガサッ。
なんか音がした気がした。
・・・・茂み?
短い気の茂みから、がさがさという音が聞こえる気がする。
ベンチの、すぐ後ろか。
さっきまで七不思議とか物騒なこと考えていたせいで、なんだか随分空寒く感じた。
「・・・幽霊、とか?」
まぁ、ぶっちゃけ、幽霊とか、にがて。
・・・・あは、はあああああはははは、はは。
うぅ、確かめるのが恐いよぅ。
がさ、がさ。
・・・やっぱり音、してる。うわーんうわーん・・・・
でも。
でも、やっぱり・・・逃げちゃぁいけない気がする!
そう、逃げてはいけない、逃げたら女として、裕希の名が泣く!ならば・・・正体、暴きとってやるまでっ!!
「ママー、変な人がいるー」
「しっ、目を合わせてはいけませんっ」
・・・ガッツポーズとかしてたら、なんか間違われたみたいだけど・・・ま、いっか。
「・・・では」
中木の茂みの中を、ふっと覗くと。
「フシャアアアアアァァァァァァ!!!!」
突然威嚇された。
「っきゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
動転した。変な声が出てしまった。猫だった。いわゆる三毛猫、体系はスレンダー。
しかし、その声に慌てたのか、ビクッと身をすくませ、少し迷った後逃げ出した。
「・・・・あ」
そして、気づく。何故三毛猫が、あんなにすぐに威嚇したかを。
「・・・・子供」
その場には、6匹のチビ猫がいた。生まれてまもなくというほどではない、けれどまだ数日しか生まれてからたっていないのが素人の私にもわかるような、チビ猫が。
「・・・かぁいい」
チビ猫達は親がいなくなったことと、突然変なのがにゅっと顔出したのが恐かったのか、逃げてしまった。・・・・あぁぁ。。。
「・・・・ぉ?」
しかし、一匹、逃げなかった。
・・・・こっちを、じっと見てる。
「じーーーーーっ」
負けじと、こちらも熱視線を送ってみた。
「にゃぁ」
鳴いた。ヤバイ、可愛い。
その子猫は、私の方によってきた。
「にゃあ」
もう一回鳴いた。
・・・・親猫、兄弟たちはもう周りにはいない。
「置いていかれちゃったな、お前」
一瞬、迷って。
私は―――――――手を出した。
抱きかかえる。
「・・・何かの運命かな。よろしく、子猫ちゃん」
抵抗は全くなかった。子猫は、とてもあったかかった。
「にゃ?」
不思議そうに、吐息のように鳴き声を漏らす。
そいつは、ちょっと銀色のかかった三毛猫だった。


と、いうわけで。
友達の勤めてるコンビニに直行。
「さやっぺー、これちょーだい」
「ちょっとーゆき?まだ家出してんの?」
この髪の毛茶色に染めてる女の子は高校一緒、浪人仲間の愛志紀沙耶歌(いとしき さやか)。通称さやっぺである。
そんなさやっぺにこくりと首を振ることで返事をする。ちなみにこの子は毎日この質問をしてくる。毎日通ってる私も相当迷惑なのだが。ま、それをおいといて、返事も毎日一緒だ。
「ゆきはさっさと帰れっ!」
この一言である。はいはい、といつものように流す。
「で、出す物は・・・牛乳?悪いけど賞味期限切れ無いよ」
「げっ」
さやっぺの一言は中々切ない物だった。財布の中身は二ヶ月も家出してればそりゃ寒いぜコンチクショウ。
「・・・・うぅぅぅ」
仕方がなく、財布から130円出す。財布がどんどん薄く軽くなっていく・・・・うぅ。
「なんで牛乳を買わなくちゃいけないのさ・・・胸の大きさ?」
「ダマレッ!」
クヤシクナンカナイサ、ホントウサァー。
「だってそんな・・・あんたって牛乳好きだっけ?」
「んー、嫌いじゃないけど・・・これは別用途」
「だから胸の」
「ちーがーうー」
しつこいよさやっぺ・・・・
「ほら、こいつ」
仕方なく、隠すようにして抱いていた子猫を見せる。
「キャー!キャー!可愛い!可愛い!どこで拾ったのっ!?」
思ったとおりの反応で嬉しいよさやっぺ。
「でも当店はペットの入店は禁止となっております〜♪」
笑顔で怒られた。

「へぇ・・・そんなことあったんだ」
今、店の裏側で子猫にミルクをあげているところ。平たい受け皿から、ぺろぺろと舌を出してミルクを舐める猫がもう何というか愛くるしい。
「そ、そういうこと」
ひとしきり説明を終えた私は、ひたすらミルクを舐めている子猫の姿に没頭していた。
「・・・でも、どうすんのさ」
「ん?」
「あんた、居候してる美沙の家までその子連れてく気じゃないでしょうね」
「うっ」
いや、それくらい気づいてるけど。無理だろうけど。
「・・・でも、ほっとけなかったし・・・・ホントはやっちゃいけないことなんだろうけど・・・・」
さやっぺはあからさまなため息を一つつくと、そのあと悪ガキのような笑顔を私に向けた。多分さやっぺの持つバリエーション豊かな顔の中では、私はこの顔が一番お気に入りである。
「さて、と」
お、なんだろ、わくわく。
「その子の名前きめたいかーーーーーい!!」
・・・・そうきたか。
「はい、この大会ではよりハイセンスで、ビューティフルで、プリチーな名前を考えたほうが勝ちとなりますっ!」
「いや、勝ち負けじゃなくて名前考えようよ・・・」
そんなこんなで名前きめ、かぁ。どうすっかな。

「チュザーレ」
「何人だよ」
「ビスマルク」
「鉄血宰相?」
「アレックスストロングロビンフット13世モドキ」
「意味不明じゃん」
「弥勒菩薩」
「神様?」
「鯖」
「猫だっつーの」
等々。ただいま名前決め難航中。出てくるのは意味の分からない名前ばっか。

「んじゃあ・・・ユズっつーのはどう?」
「ユズかぁ・・・無難なとこだね・・・じゃあ、もうひとひねりするべきじゃない?」
そこで、閃いた。
「アマナツ!」
「おお、良いね。アマナツ、アマナツか。確かに甘夏の季節だね、今は」
カタカナ四文字で呼びやすいし、響きが気に入った。
「よし、お前の名前はアマナツだよ」
たった今アマナツと名づけられた子猫はミルクから顔を離し、にゃ?と不思議そうに鳴いた。それが不思議そうに見えたのは、私の勝手な想像なんだろうか?


それから私はさやっぺにコンビニ弁当をもらい、アマナツがミルクを舐めている隣で食べた。アマナツは時々こちらを見て、こちらがそれに気づくと頭を下げてミルクをもう一度のみ始めるということをしていた。
私はそれに気づくと、アマナツがこちらを見ても顔を向けないでみた。そしたらアマナツは、私のことをずっと見ている。
じーっと。
じーーーーっと。
・・・・チクショウ。
可愛かった。



そろそろ時間だということで、美沙ちゃんの家まで来てみる。
・・・既に美沙ちゃんは帰っているらしい。ドアノブが回った。
「・・・アマナツ、どうしよう」
かなり真剣に困った。
んで、やったこと。

「美沙ちゃーーーーん!!!!」
「どうかしたのか?ゆき」
「じゃーーーーん!!!」
思いっきり見せてみた。
「・・・捨ててきなさい」
「ええっ!?なんでッッ!?」
「猫なんて拾ってきて・・・ちゃんと育てられるわけ無いでしょう!!」
「そんな、ちゃんと世話するよ、ちゃんとしつけもするから!だからっ、だからっ・・・」
・・・先にねを上げたのは美沙ちゃんでした。
「冗談はともかく」
「・・・はい」
けど、負けたのは私って感じだなぁ・・・・
「さすがに居候の身で、猫までって言うのは無理があるわよ」
「うん・・・」
「あなたが猫を飼おうというなら止めはしない。その意味がわからないほどあなたは子供じゃないでしょう」
「まぁ、ね。さすがに」
「でも、やっていいことの常識範囲内というものはあるわ。そもそも、現在も結構ギリギリなんだから」
「うん、それに関してはありがとね、美沙ちゃん」
「礼なら合格してから言いなさい・・・」
あ、ちょっと照れてるな、美沙ちゃん。
「ともかく!」
こほん。咳払いする美沙ちゃん。妙にはまっててカッコイイし。
「猫は無理よ。うちのアパートはペット禁止だし」
「・・・・うん」


美沙ちゃんの家を出て、私はアマナツと顔を合わせた。
・・・・可愛い。
じゃなくて。
「どうすっか・・・・」
なんか、いろんなことがぐるぐるして。
なんか、いろんなことが、どうでもよくなって。
けど、それは決して悪い感じのことじゃなくて。
結果、一つの答えが、頭の中に浮かんだ。

「アマナツ―――――――帰ろっか」
もう一回、しっかりとアマナツを抱く。
「にゃ」
アマナツが短く鳴いた。
ま、そろそろ親の頭も冷えてるだろう。そろそろ美沙ちゃんにもさやっぺにも迷惑かけられないし。楽観的かもしれないけど、今思えば家もそう悪いもんじゃない気もするし。ちょっとくらい真剣に話をしてもいい気もする。アマナツは可愛いし。
大きな目が、くりくりと動いて。あくびをするとき、小さな口が大きく開いて。それで、こぼれたように、にゃ、ともう一回鳴いた。
それで、私はもう一回、言う。

「・・・・帰ろっか」






Fin











■あとがき(という名の言い訳)■
はい、すごく短い「猫日和。」でした。
まぁ、なんというか・・・・アマナツ出番すくねぇよ。
友ちゃんからのお題が「猫と一日」だったのに・・・ぉぃぉぃ。
ちなみに最初に書こうと思ったのが、
「イリオモテヤマネコをついに撮影したっ!!」とかいうわけのわからない話。
おう、友ちゃんの裏を書くためだけに作ったプロットだが何か?(ぉぃ
・・・なんつーか、すいませんでした・・・・他にやることあるからとかいろいろ言い訳してとにかく時間が無い。ぅぅ。
エースコンバット5やったりする時間も無いです。せっかくPS2ソフト買ったの1人以上ぶりなのに(泣)。

今回は恐ろしく日常というか平凡な話。やっぱり友ちゃんの今回のお題にはこういうニュアンスが一番合うかな、と。なんの言うか・・・日向ぼっこというか、あったか系の。
最後のとこだけちょっと補足しておくと、
なんか可愛い猫見てたら妙な意地はってる自分が馬鹿馬鹿しく見えてきて、帰ること決めたら胸に突っかかってた何かがすっとした、って感じです。
もっと細かく描写することもできたんですけど、それするとこの雰囲気壊すかなーとか素人が愚考しましたので。雰囲気伝わってるといいでス。それにしてももう少しやりようはあったんでしょうねぇ・・・ああヘタレ。
ちなみに季節設定を初夏にしたのは猫の名前をアマナツにしたかった一心でです(笑)
アマナツにはモチーフになった猫がいるのですよ。


それでは、こんなしょうもないものですが4万HITのお祝いということで一生懸命書かせていただきました。友ちゃんにプレゼントさせていただきますね。


それでは、良い夢を。


☆あとがき☆
ここからは友龍のあとがきです。
え〜と、上のてっちゃんのあとがきで大体わかると思いますが、この小説は4万HIT祝いにてっちゃんがリクを聞いてくれて「猫と少女のとある一日」でリクさせていただいたものです。
え?なんで管理人がリクを聞くんじゃなくてリクをしてるのかって?
それがLicense!!のいいと・こ・ろ☆(笑)
ここはとっても地球に優しく管理人に優しい構造になっているのです(待てい(笑)
まずはてっちゃん、リク聞いてくれてありがとうございました〜!
アマナツかぁいいよ〜〜〜〜〜〜〜vvvvvv(叫)
即興で仕上げた、とのことだけど、ノリが凄い好きで何箇所も笑わせてもらいました(笑)
特に名前決めるところでの「鉄血宰相」とか「アームストロング」とか(爆笑)
てっちゃんの言うとおりほのぼのをイメージしてリクしたので、すっごい嬉しかったです。…イリオモテヤマネコもちょっと詠んで見たかったけど(ぇ(笑)
ただ猫好きとして一点だけこだわりを述べるならばっ!!
子猫なアマナツの鳴き声は「みー」とか「にぁ」とか「みゅー」とかそんな感じだろうと!!(力説(笑)
あとアマナツのモデル凄い気になります(笑)
それでは本当にありがとうございました!!


2004/11/05