夢を、見た。
夢は人の願望がカタチになったもの、というけれど。
それはまさしく、私の本懐だった。

「お父さんの…仇っ!!!!」


 高らかに宣言して振りかざす私のナイフは狙い違わずあのヒトの胸に突き刺さる。
頑強なガジュマの体に私のナイフはするすると難なく食い込んで。
「…がっふ、ぁ!?」
 声ともつかない音を上げて、あのヒトの口から、大量の血が吐き出された。





「…ニー…アニー…アニー!!」
「!!!」
 呼ばれる声に、私は我に返って顔を上げた。
「あ…ヒルダ、さん…」
「どうしたの、顔色が悪いわよ?」
 顔を覗きこまれて、私は現状を理解した。
宿屋を立つ前。荷物の整理をしながら、昨日見た夢のことを考えてしまっていたみたいだった。
「…夢を、見たんです」
「夢?」
「…私が…あのヒトを…殺す夢」
「!」
 私の言葉に、ヒルダさんは一瞬、目を見開いた。
当然、だと思う。ヒトを殺す夢、なんて物騒なものを見た、と言われたら。
――でも。
それは、私にとっての、本懐。
大好きだった、父の仇。
尊敬できる最高の医師、そしてたった一人の家族だった最愛の父親を殺した憎きガジュマ。
彼を殺すことこそ、私の目的だったのだから。
 今こうして一緒に旅をしているのは、ただ見極めるため。
マオやヒルダさんたちのことは仲間だと思う。
だけど、あのヒトだけは違う。私にとってのあのヒトは、今でもお父さんの仇でしかない。
「お父さんを殺した」という言葉すら信じられないあのヒトの行動を見極める。
それが終わった時。この旅が終わった時には、きっと。
私はあの夢の通りに彼の命を奪うのだ。
「…そう」
 一瞬の沈黙の後、ヒルダさんは静かにうなずいた。
「それなら、どうして。アンタはそんなに辛そうな顔をしているの…?」
「!そんな、私、つらくなんか…っ!」
「悪いけど。私、なんでもない顔をしている人間をわざわざ心配するほどお人よしじゃないのよね」
 その私が声をかけた理由をどう説明するつもり?とばかりにヒルダさんは私の顔をじっと見つめている。
「…辛くなんかありませんっ!あのヒトはお父さんの仇で、憎い憎いガジュマで、それで…っ」
 私は返す言葉を必死で探していた。
辛くなんか、無い。辛いはずなんか、ない。
…なのに、どうして。
「…アニー」
 そんな私の手のひらに何かを握らせて、ヒルダさんが優しく見つめる。
「これ…は?」
「あげるわ。その香りには精神を落ち着ける効果があるの。
…今のアンタには、必要でしょうから」
「…ありがとう、ございます…」
 手のひらの上の小さな小瓶を見つめて、答える。
ヒルダさんはもう、私に背を向けて部屋を出て行こうとしている。
その背を呆然と眺めていると、不意に、ヒルダさんがその足を止めた。
「もうすぐ出発よ。早く準備なさい。それから…」
「…?」
 振り返らないまま言葉を投げるヒルダさんに、私は小首をかしげる。
「…アンタが嫌っているガジュマ。
…憎らしいことに、私の中にもその血が半分流れているのよね」
「!!」
「角を折って、それを否定し、完全なるヒトの体を私は求めている。
でもね。…それでも正直、アンタにそういわれると…」
「ヒルダさん…」
「…なんてね。先に行ってるわ」
 やはり振り返らないまま、軽く片手を挙げてヒルダさんは部屋を出て行った。
ぱたん。
 乾いた扉が閉まる音だけが、静寂の満ちる室内に響く。
「…だって、あのヒトが…ガジュマがお父さんを殺したんだもの…」
 それで憎しみを抱いて何が悪いの?
ガジュマを憎まないのなら私は一体、誰を憎めばいいの?
 幾度となく繰り返した問いを、私はひたすらに繰り返す。

―――違う、そうじゃないでしょう?
その声を否定する言葉が胸の奥から響いてくる。

 私は必死でその声に耳をふさいだ。
違ったりなんかしない。私は間違ってなんかいない!!
声高に宣言する声に対して、今度はヒルダさんの声が響く。


”それなら、どうして。アンタはそんなに辛そうな顔をしているの…?”


 …そう、どうして。
私は、そこで、夢の続きを思い出す。
 あのヒトの胸を刺し貫いて。
あのヒトが血を吐いて地面に倒れた後、私は…。

『いや…嫌…嫌ぁぁぁぁ!ユージーンッ!!!!』


 どうして、叫んで彼の体にすがって泣いていたのだろう。
どうして、あのヒトの名前を呼んでいたのだろう。

 ユージーン・ガラルド。
父の仇。憎きガジュマ。

仇である自分を殺すために生きろと言い。
砂漠で私が倒れた時には必死で薬を探し。
幾度と無く、私に手を差し伸べてくれた、ヒト…。

彼を殺すのは、本懐ではなかったのだろうか。

「…」
 私は静かに首を振って、荷物をまとめ始めた。
皆が待っている。早く行かなければならない。
「…いい香り」
 ヒルダさんに貰った香水を使う。
優しい香りが鼻腔をくすぐり、少し落ち着いた気がした。
私は手早く荷物をまとめて背負うと、部屋の扉を開け、階下へ続く階段へと足を運ぶ。

「あ…」
 階段の下から上を心配そうに見上げる視線とぶつかって、私は声をあげた。
「…あ、いや…。すまん」
 視線の主…巨躯のガジュマは気まずげに視線をそらして立ち尽くしている。
「…」
 私は彼を視界に入れないよう、何ごともなかったようにその隣を通り過ぎる。
「…」
 胸が、痛い。
私はその痛みを感じながら、考えていた。


本当に見極めなければいけないのは、自分の心かもしれない、と。