17

 魔法の衝撃が合成獣たちの塵を巻き上げ、辺りにもうもうとした煙が立ち込める。
魔導師は煙が晴れるのを待ちながら、アリューズの死体があるはずの場所を悠然と眺める。
 だが…。
「…いない?!」
 魔導師は目を疑った。
そこにはただ塵が広がるばかりで誰もいない。
いくら短呪系最強の魔法とはいえ跡形もなく消し飛ぶような魔法ではない。
仮に死体は消し飛んだのだとしても剣や鎧の残骸ぐらいは残るだろう。
慌てて辺りを見回そうとした魔導師は、喉元に違和感を感じて硬直する。
「おっと動くなよ。こいつ切れ味も最高にいいからな」
 喉元に感じる違和感が、剣を押し当てられているからだということに気づくのにさほど時間はかからなかった。だが、この声は…。
「その声は…まさか?!避けられるタイミングではなかったはずだ!何故!?」
 そう、声はアリューズのものだった。
あるはずのない事態に魔導師は狼狽する。
「斬ったのよ、魔法の刃を…私もまだ信じられないけどね」
 答えたのはリーシャだった。
足止め程度に残されていた合成獣を倒し終えたリーシャたちは、ゆっくりと魔導師に近づいてくるところだった。
「斬った、だと!?魔法を!?そんなことが出来るわけがない!」
 吼える魔導師にリーシャは肩をすくめて見せる。
「事実なんだから仕方ないでしょ。さすがは太陽の聖剣といったところね」
「太陽の、聖剣!?あの伝説の!?…は、はははははは…」
 魔導師はうつろな笑い声を漏らしながら、ガックリと膝をついた。
アリューズは慌てて喉に当てていた剣を引き、座り込んだ魔導師に突きつけなおす。
「観念したんなら、質問に答えてもらう。内容は戦いの前と同じ、フローラを元に戻す方法についてだ。嘘も隠し事もなしにしてもらう」
「私の答えも戦いの前と変わりませんよ。戻す方法などありません。
いや、あるのかもしれないが少なくとも私は知らない。
あなたは人形を作るとき、元の材料に戻すことを考えながら作りますか?
…それと同じことですよ。それよりも…」
 魔導師は不意にうつむいていた顔を上げ、アリューズを見た。
いや、正確にはアリューズが突きつけている剣を。
魔導師はおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせてその刃に手を伸ばし、握り締める。
「な!?」
 予想外の行動にあっけにとられるアリューズ。
魔導師の手が切れ、剣先から血が滴り落ちる。
魔導師は手が切れたことなど気にならない様子で愛しそうに剣をなでる。
「すばらしい輝き…素晴らしい力だ!!この剣があればきっと不老不死の研究もうまくいく。どうです、この剣とともに私の研究に協力しませんか?
上手くいった暁にはあなたも、そちらのお仲間も不老不死にして差し上げますよ?」
「ふざけるな!そんなもの俺はいらない!!」
 アリューズが激昂して剣を振り上げる。
しかし魔導師は動ずることなく続けた。
「何故です?醜く老いることも死ぬこともなく、永遠の時を手にする。
こんなに魅力的な話はないでしょう?」
「永遠の命が魅力的とは…愚かだな」
 レティが小さくつぶやく。
フローラもその言葉に小さくうなずくと、魔導師の前に進み出た。
「そんなに永遠の命が欲しいなら、私があげます」
「フローラ!?」
 突然の発言に、アリューズが驚く。
そんなアリューズには構わずフローラは歩を進め、かがみこんで魔導師に視線を合わせた。
「あなたは永遠の命を求めながら永遠に生きるということの意味を知らない。年をとらないということがどんなことなのかを知らない。
…死ぬということの意味すらも知らない。だから、私が教えてあげます」
 そういうとフローラは、まるで母親のように魔導師を優しく抱きしめた。
「ぐ、ぐぁぁぁぁぁあ?!」
「命が尽きるというのはこういうこと。貴方の命は私が貰います。そんなに永遠に生きたいのなら、私の中で生きればいい」
 ただ静かに。穏やかに目を閉じるフローラ。
苦痛の声を上げる魔導師の顔は見る間にしわだらけになり、ひからび、そしてやがてその声も消えた。
 フローラが初めて、自分の意思で人の命を吸った瞬間だった。
フローラはミイラとなった魔導師を床に下ろすと、うつむいたままアリューズたちの方へゆっくりと振り返った。
「これで、いいですよね…」
 言葉とともに光るしずくが床に落ちる。
「あぁ、多分、な」
 レティの言葉にフローラはゆっくりと顔を上げて、問いかける。
「でも、私、どうしたらいいんでしょう。やっぱり元に戻る方法はありませんでした。魔導師にはああいったけれど、私はこのまま、人を犠牲にしながら永遠に孤独に生き続けたくなんかないんです…」
「孤独だなんて…君にはバウルさんがいるじゃないか。今のままの君でも、受け入れてくれる人はいる!俺たちだって君を見捨てないよ」
 バウルは、たった数日のこととはいえフローラと過ごした日々は、森でなくした娘が帰ってきたようだった、いつでも戻ってきて欲しい、と、ここへ来る前に別れた時に言っていた。
 だが、アリューズの言葉にフローラは悲しげに首を横に振った。
「確かに、バウルさんは元に戻れても、戻れなくても待っていてくれるといいました。でも、私はバウルさんに触れることすら出来ないんですよ?目の前でバウルさんが倒れても、手を差し伸べてあげることすら出来ない…」
 アリューズは言葉に詰まる。
愛しい人たちに触れることすら出来ないつらさ。それはアリューズなどの想像が及ぶものではないのだろう。
「それならば、可能性に命をかける覚悟はあるか?」
 悲しい沈黙の中、ポツリと、レティが言葉を発した。
「え?」
「一つだけ、方法がなくもない。ただし、失敗した時の命の保証はない。それでも、いいか?」
「レティちゃん、一体どうするつもりなの?」
「…破邪の魔法を使う」
「破邪の!?いくらなんでも、そんな…!」
 リーシャが驚愕の声を上げる。
『破邪の魔法』とは文字通り、邪を祓い、正常ならざるものを正常な状態へと戻す魔法のことだ。
 この魔法には太陽の精霊力が使われる。
世界に溢れる『火』『水』などの精霊力のうち、もっとも上位に位置するのが『太陽』の精霊力だ。
もっとも強大な力を持ち、邪を払う能力があるといわれている。
 しかしながら、太陽の精霊力は、地上にはわずかしかない。
世界を照らし、各地に溢れていると思われがちな太陽の力だが、太陽の精霊力は文字通り太陽にしかなく、地表に届いているのは太陽の精霊力のほんの余波でしかないのだ。
 それゆえに太陽の精霊力を使って魔法を行使することは事実上不可能に近く、数十名の魔導師が何日にも渡って儀式をしたうえでようやくわずかな破邪の力を使える程度だと言われている。
 だからリーシャが驚くのも無理はない。
だがレティはリーシャには答えず、もう一度フローラに聞いた。
「どうする?破邪の魔法がお前の呪われた力だけを祓うのか、それともお前の存在自体を正常ならざるものとして祓ってしまうのか、私にもわからない。それでもいいのなら…」
「…お願い、します。可能性があるのなら、私はそれに賭けたいです」
「…わかった。リュー、剣を貸せ」
 レティはフローラに向かってうなずくと、アリューズから剣を受け取る。
そして剣を眼前にかざすと目を閉じて精神を集中する。
静寂の中、白銀の光が収斂していく。
 詠唱すらせずに太陽の精霊力を集めていくレティにリーシャが目を見開く。聖剣の力なのだろうか…?
 だとしても、詠唱すらせずに魔法を行使などできるはずがない。
「レティちゃん…あなた、まさか…」
 リーシャがつぶやく。
 ありえない。
ありえるはずがないのだが、他に考えようもない。
「太陽の、精霊…?」




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☆あとがき☆
久々の更新〜。約1ヶ月ぶり?(汗)
現在友龍はV&Bハマリ中ゆえに次回も遅そう(コラ)
う〜ん、20まででフローラの話には決着をつけたかったのに終わりませんでしたね(苦笑)
今回無駄に長いし(汗)
フローラの話は終わらなかったけど、100英雄の伝説は予定通り21に入れます(笑)
 

2003/02/21