悪魔、という存在がいる。
人の魂を何より好み、常に食らおうと狙っている。
 しかしながら彼らは決して表には現れない。
彼らは直接に人間の魂を狩ることが出来ないからだ。
欲望を持った人間に近づき、願いをかなえる代償に魂を貰うという誓約か、人の闇をついて自ら死を選ばせることによってしか、彼らは魂を得られない。
 直接狙う力がないわけではない。
悪魔にとって、人一人殺すなど造作もないことだ。
それをしないのは、それが人間界という同じエサ場を持つ『天使』たちとの絶対の約束事だからだ。
天使にとっては人間の生命エネルギーが最上の美酒。
生まれ来る生命の躍動こそが彼らに力をもたらす。
悪魔とは正反対の、相容れぬ存在。
 だが、天使と悪魔が争えば、待つのはお互いの消滅のみ。
相反するものだからこそ、その接触は否応なしに消滅をもたらす。
 そこで彼らは一つの約束事を設けた。
悪魔は直接に人の魂を狙わない。
天使は人を直接に導いたり救ったりしない。
それさえ守っている限り、お互いに干渉しない、と。

 ずいぶんと勝手な理屈である。
まぁ世の中って言うのはそんな勝手な理屈で出来てるもんだ。
人間だって、家畜やさまざまな生物を食べ、売り買いし、生活しているのだから。
 だからって、そうそう仲間を狩られるのも面白くない。
かといって天使に助けを求めようなんて思わない。
ヤツらだって人間をエサにしていることにかけてはおんなじだ。
人間を守るのは、人間。
人間が人間を守るために生まれた職業、人知れず闇の世界で戦い続けるもの。
それが、『退魔師』…命を懸けて悪魔と戦うものたちの名だ。



レッツリサイクル!



「ボス。悪魔の存在を感知しました」
 助手席に座った俺の相棒、玲花が携帯型ディスプレイを見ながら言った。
年は26。短くまとめた金髪が理知的な、碧眼のクールビューティだ。
「何?どこだ?どいつについている?」
 俺はブレーキを踏んで速度を落とすと、道の脇に車を止めた。
道に迷ったふりを装い地図を広げながら、そっとあたりに視線を走らせる。
「右斜め前方…学生服の少年です」
 そちらを見れば、確かに少年が一人、道を歩いていた。
背は高くもなく低くもなく、顔も中の上か中の中といったところ。
たいして特徴のないやつだ。おそらくは帰宅途中なのだろう、学生カバンを手に持っている。
「あいつか。よし、玲花。あの少年についての調査を頼む。俺は少年の後を追う」
「了解しました」
 俺は車から降りると、玲花が運転席に移り車を発進させる。
それを見送ると、俺はこっそりと少年の尾行を始めた。


「で、どうだったんだ?」
 俺は玲花の買ってきたハンバーガーを頬張りながら報告を促した。
時間は夜。悪魔が活動しやすい時間帯だ。
悪魔がどう少年に接触するつもりなのか、あるいはすでにしているのかわからないが、危険であることに変わりない。
報告を聞きながらも意識は少年の部屋へと向けておく。
「少年の名前は城之崎遼人(きのさき・りょうと)。近くの中学に通う15歳の3年生です。
部活には入っておらず帰宅部。成績は上の下程度。運動もまぁ並ですね」
 玲花は眼鏡の位置を直しながら資料を読み上げる。
ちなみに普段玲花は眼鏡をかけていない。視力2.0なのだから当然だ。
ついでにいうなら資料も玲花自身が作成したものなので全て頭に入っているだろう。
 …どうも、気分の問題らしい。
彼女の報告を聞くときはいつもこうなのですでに慣れたが。
「ふむ。人間関係はどうだ?いじめにあっているとか」
 この年頃で悪魔に取り入られる場合、一番多いのがいじめにあっている場合だ。
もしくは、失恋、受験、親子関係などの場合もあるが。
「いじめの問題は特にありませんね。親子関係も良好。
ただ交友関係はあまりないようですね。クラスの人間に話しかけられれば返事はしますが特に自分から話題を振ることはなく、親しい友人もいないようです」
「なるほど、な。悪魔が突いてくるとしたら交友関係か…だが、どうにも弱いな。
何故あの少年を狙った?特別に強い理由が見当たらん」
「それは、私にも…。ですが、悪魔が近づいたということは少年に何か強い欲求か死への衝動があることは間違いないでしょう」
「むぅ…ん?」
 頭を悩ませていると、少年が玄関を開けて出てくるところだった。
「遼人、こんな時間にどこ行くの?」
 母親らしい女性の声が家の中から聞こえてくる。
「ちょっとコンビニ。シャーペンの芯切らしてたの忘れててさ。すぐ戻るよ」
「気をつけていくのよー」
「うん」
 遼人は答えると戸を閉めて夜の道へと歩き出す。
だがしかし、その方向は最寄のコンビニとは逆方向だ。
「…悪魔め、動いたか?行くぞ玲花」
「了解」
 俺と玲花は気配を殺して少年の後を追う。
遼人がやってきたのは近くの公園だった。
街中の公園であれば夜でも人がいたりはするが、ここは町外れなので誰もいない。
「…ここなら、誰も来ないかな?」
 遼人はつぶやくとポケットからビンを取り出した。
ビンのふたを開け、数錠の錠剤を手のひらに載せる。
「どれくらい時間かかるのか知らないけどこれ飲んだら死ぬからさ。魂持っていくなら持っていきなよ」
「悪いな、ボウズ。じっくり味あわせてもらうぜ」
 遼人の言葉に、悪魔がその姿を現す。
黒い翼をもった、スキンヘッドのタキシード男だった。
「…趣味悪。ボス、瞬殺してください」
「気持ちはわかるが…まぁ、待て」
 自身も退魔用に特殊加工した銃を構えながら言う玲花をなだめ、俺は悪魔たちの前に姿を現した。
「よぉ、おっさん。悪いがそいつの魂、くれてやるわけにはいかねーな」
「テメェ…退魔師か?」
 悪魔が眼を細めて睨みつけてくる。まるでヤクザだな、おい。
「言っておくが、俺様はこいつから無理矢理魂を奪おうって訳じゃねぇんだ。他人にどうこう言われる筋合いはねーな」
「どうせ願いをかなえてやるとか甘い罠ちらつかせたんだろ?」
「違ぇーよ。なぁ、ボウズ?」
 悪魔はニヤニヤと笑いながら遼人の頭を撫でる。
遼人は無表情のままうなずいていった。
「ああ、本当だよ。魂を渡すのは僕の意思だ」
「…なんで死のうなんて思う?お前のことは調べさせてもらったが、死ぬほどの原因は見つけ出せなかった。友達が欲しいのか?」
「…はぁ。あんたもかよ。別に僕は一人が好きなんだよ。他人に大して興味はない。
一人でいて寂しいと思ったことはないしむしろ気が楽なんだ。ただ、一人でいると勝手に『寂しそうだ』とか決め付けて、恩着せがましく気を使って話しかけてくるやつがいるから、それはうっとーしいけどね」
 こいつ、ひねた餓鬼だな。
「じゃあ何が理由だよ?」
「強いて言うなら理由がないから、かな」
「何?」
「僕は別に未来への夢って言うか、やりたい事とかないんだよな。たいした取り柄とかもないし。
毎日をなんとなく過ごして、なんとなく生きていく。
このままただずっと、なんの希望も見出せずに無意味に生きてくの、疲れそうだし。
僕なんかよりずっと生きたいって思ってて、色んなことできるやつが死んでいったりしてるのに僕みたいなのが生きてるなんて不公平だろ?地球の空気とか食べ物の無駄遣いだよな。ウチの生活だってそんなに楽じゃないしさ。死んだ方が色々世の中の役に立つと思わないか?」
 真顔でいいやがった、こいつ。
「甘えてんじゃねーぞ。だったら役に立つ生き方しようとか思えねーのかよ」
「うん、思えない。甘えてるのもわかってるさ。理屈では全部わかってるけどそこまでして自分の価値を見つけたいとも思えないんだよね。駄目なんだよ、僕は…。
人間のくずなんだ、ゴミなんだよ」
「っつーわけだ。お前らの出る幕じゃ…」
 相変わらずのニヤニヤ笑いを浮かべたまま言う悪魔を無視して俺は叫んだ。
こーいうひねたやつを相手にするほど燃えてくる。
「ゴミなんだったら俺がリサイクルしてやるぜっ!!
時代は今!エコロジーーー!!!!」
「『地球に優しく、悪魔に厳しく』がウチのモットーなのvv」
 玲花が極上の笑顔を浮かべて言う。見事な営業スマイルだ。
だが遼人の返事は冷たかった。
「いや、僕埋め立てゴミだから」
 なかなか、手強い。
「だったらますますこんなとこにほっとくわけにはいかねーな。
ちゃんとしたところで処理しねーと」
「安心しろ、俺様は産廃処理業者だ」
 悪魔がにこやかに言う。
「黙れ、この不法無許可業者め」
 言って頭を張り飛ばす。
「へぶっ!!」
「とりあえず遼人の処理は後回しだ。まずはてめーをぶっ飛ばしてやるぜ!」
「すでにぶっ飛ばしているような気がするんですが」
 玲花がぼそりとつっこむ。全く、細かい。
「っていうか悪魔を素手で殴るなっ!非常識なやつめ!」
「悪魔のお前が言うなよな」
「もう許さんぞ…テメェは殺す!!天使との盟約でも命を狙ってくる人間なら殺していいことになってるからな!!」
 悪魔は顔を真っ赤にして激昂しながらその手に鎌を召喚した。
スキンヘッドの頭が真っ赤に…まるでタコだな。
よし、決めた。命名:タコ頭。
「勝手に命名するんじゃねぇっ!!」
 タコ頭が鎌を振りかぶって突進してくる。
「お前はデリカシーってもんがないのか。人の心読むな」
 俺はそれを余裕で避けながら背中に蹴りを食らわしてやる。
だがタコ頭は空中で身をひねると間一髪でその蹴りをかわした。
お。意外にやるな。
俺は続いて肘打ちをタコ頭に放ち、そこからすくい上げるようにあごを殴る。
「ぐがっ…調子に乗るんじゃねぇぞ、人間ッ!!」
タコ頭は魔力を鎌に込めて大きく振りかぶった。
まずい、思ったよりも速い!!!
鎌のリーチから避けるには懐に入りすぎた。
「!?」
 俺は不意に悪寒を感じて体をわずかにひねった。
鎌を避けるには無意味な、ほんのわずかな体の移動。
 だが。
「ぐあああああああああっ!!!!」
 断末魔の悲鳴を上げたのはタコ頭の方だった。
そのまま黒い霧となって、やがてそれも消えた。
「…おい、玲花…」
「なんでしょうか、ボス?」
 この野郎…なんでそんなに冷静なんだ。
「死ぬところだったぞ、今!!俺が避けなかったらどうするつもりだったんだ!?」
 そう。
悪魔を倒したのは玲花の銃弾だった。
聖水で清め、気を込めた銃弾は直撃すれば今のように一撃で悪魔を屠る。
狙い済ました銃弾は一直線にタコ頭に向かい、直撃したわけだ。
その射線上に俺もいたわけだが。
「私は、ボスなら避けてくれると信じていましたからvv」
 ニッコリと笑って言う玲花。
…ほんとかよ。
「まぁいい。今はこいつだ」
 そういって俺はいまだベンチに座ったままの遼人のほうを振り向いた。
さすがのこいつも戦いを目の当たりにして呆然としている。
「よいせっと!」
 俺は問答無用で遼人のみぞおちに当身を食らわせると、気を失わせる。
そして肩に担ぐと玲花にいった。
「んじゃ、帰りますか」


エピローグ

 僕は眼を覚ました。
見慣れたベッド、机。いつもと変わらない僕の部屋…。
いつもと変わらない…?
 僕は微妙な違和感を感じて辺りを見回す。
ベッドも机もタンスも間違いなく僕が使っていたものだが…何かが違う。
「おぃ、いつまで寝てるんだ、とっとと起きろ!」
 突如、乱暴に部屋のドアが開けられた。
ドアを開けたのは20代前半、引き締まった体つきの若い男。
そうだ。そういえば昨日悪魔と戦っていた…
「起きろって言ったらさっさと起きるんだよ!着替えろ、メシ食え、外にでろ!」
 記憶をたどる間もなく無理矢理毛布をはがされると首根っこをつかまれて無理矢理ベッドからひくずり下ろされる。
「何するんだよっ!!」
「あ〜?言っただろうが、俺がリサイクルしてやるって。俺はゴミを放置するような男じゃないからな。安心しろ、親御さんには話を通してある。こうして家具も持ってきてお前の部屋を再現してやったんだからありがたく思えよ」
 話を通してあるって、いったいどうやって通したんだよっ!?
っていうか、勝手に決めるな!
 文句を言おうと口を開きかけると、戸口から女性の声が聞こえた。
「逆らわない方がいいわよ。『地球に優しく、餓鬼に厳しく』がボスのモットーだからvv」
 いや、笑顔でんなこと言われても嬉しくないし。
「お前自分なんか生きてても仕方ないとか言ってたよな?大して世の中の役に立たないって。
安心しろ、俺がバッチリ鍛えなおしてやる」
 頼んでねぇ〜〜〜っ!!
心の中で思い切り叫んでみるが、通じるはずもなく。
僕は男に首をつかまれたまま部屋から引きずられていった。
どうなるんだ、これからの僕の生活…僕はもう抵抗する気力もなくひきずられながらそんなことを思うのだった。


補足:数年後、とある新米少年退魔師が誕生した。
彼のコードネームは”資源ゴミ”。
何故そんなコードネームなのかとたずねた者に少年は一言、「僕は埋め立てゴミじゃなかったらしい」と笑顔で答えたという。



おわり☆



☆あとがき☆
なんか突発的に思いついて書きたくなった話。
最初に思いついたのは「俺がリサイクル…」あたりから「黙れ、この不法無許可業者め」辺りの会話。
悪魔とかそういう設定のはその会話にあわせて作ったようなものだったり(おぃ)
まぁ勢いで書いた話だしこんなもんでしょう。ノリは悪くない…と、思う。
でも…ボスの外見の描写や名前がないや(爆)。主人公なのに(笑)
えっと、彼が悪魔を殴れるのは特殊なグローブをつけて、念をこめて攻撃しているからです。
本来悪魔には人間は普通にはダメージを与えられないという設定です(だから「非常識」といわれた)。
あと退魔師は国家公務員です(笑)
ちなみに駄目人間遼人のモデルは自分自身だったりします(ぇ)

2003/09/26

☆追記☆
そういえばPPPのキャラページにつなげたっけと今更思い出したので追記。
10年以上前に書いた突発SSつなげるとか黒歴史すぎるだろと突っ込まれそうですが、あまりそういうのは気にしない!
割と同じキャラ名とかを色んなゲームや話で使いまわす(同名でも設定は全く違ったりするけど)ので、今回はそれが遼人だったというだけの話。
一応、PPP遼人もエピローグまでと同じ流れでボスに確保され、鍛えられている途中でPPP世界に召喚されたという設定です。
ので、補足の未来遼人にはつながりません。そこから先はPPPでの経験でどうなるのか、不定で不明。
ちなみにエピローグの後すぐではなく、少しだけ時間が経った後に召喚されているので、ここにないエピソードも経験した後、になります。
具体的に言うと、とある人物から、その人物の大切なものであるペンダントをたまたま話の流れで渡されて手に取っていた時に召喚されてしまった為、持ち逃げの形のようになってしまっています。
いつ人生が終わっても良いと思っている遼人ですが、流石に持ち逃げしたままは寝覚めが悪いので、元の世界に戻るまでは死ねないな、と思っています。その辺で依頼に参加する理由とか折り合いつけました(笑)
まぁ、自分の人生に執着はなくても基本お人好しなので、困っている人はなんだかんだ言ってほっとけないタイプなのですが…。
ややコミュニケーションには向かない子ではありますが、一応他PCさんをご不快にはさせないように、とは思っております。
こんなところまで見て下さる人がいるのかはわかりませんが、もしいましたら、どうぞ遼人をよろしくお願いします(ぺこり)

2018/03/23