外伝

秋桜さんよりのいただきものです。
本編9よりも後にお読みください。




立派な家というよりは、お屋敷と呼ぶにふさわしい建物の一室で一人の青年が本を読んでいた。
部屋の中には、様々な書物が詰まれている・・・
青年が今読んでいるのは、各国を回ってきた旅人の手記だ。
とても、興味深そうに1ページずつ読んでいる。
よく見ると、部屋の中には各国の司法書や少数民族の言語辞典、歴史書、中には各地の名物料理という本まである。
そして青年が読んでいた本を読み終わった・・・すると休む間もなく、また次の本を手に取る。
青年は、こうして一日の大半を読書に費やしてるのだろう・・・
そして、青年が動く度にどこからか澄んだ鈴の音が聞こえる。
しかし、そんな読書好きな青年のイメージとは合わない物が部屋にはあった。
一振りの剣だ・・・・ただの剣ではなく刀身が漆黒なのだ。
その全てを飲み込むような闇の剣の存在が部屋の雰囲気にあってなかった・・・


一人の騎士が街中を慌てて移動していた。
騎士は他の物には見向きもせず、一直線にどこかを目指しているようだった。
しばらく進む内に、少し大きめの屋敷が見えてきた。
騎士は屋敷へ向けて更に速度を上げた。


青年は相変わらず読書を続けている。いつまでも続くと思われる静寂が終わりを告げた。
部屋の戸を誰かがノックしている。しかも、甲冑の音がノックの音に混じって聞こえてくるから自分に用がある騎士だろうと青年は察した。
「お入りなさい」
青年は落ち着き払った声で来訪者にそう告げた。
「失礼します!」
そう言って入ってきたのは青年の予想通り騎士だった。
騎士は青年の前に立って緊張している自分に初めて気がついた。
任務で身分が上の人に報告するということは、よくあることだ。
それに青年は、自分より身分が上といってもそんなに上なわけじゃない。
だが、青年から感じる威圧感ようなものは並々ならぬものだった・・・・。
青年の容姿が特別なわけじゃない。
背は180位で、体型も普通・・・髪の長さは、男性にしては長い方で肩くらいまで伸びていて、色は樹々の葉よりも濃い緑で瞳の色は海を思い出させるような青だった。
年は24,5、顔も街の女性に人気があるのも、あっさり納得できるのが分かるくらい美形だ。
そして、鈴のブレスレットだろうか?青年の右手首に鈴がついていた。
腕を動かすたびに、綺麗な音色が聞こえてくる。
この青年の容姿にはピッタリだと騎士は思った。
だが何度か戦場を経験してる騎士には分かった。
今まで、色んな戦場を渡ってきて生きてきたが、青年の異質な感じは初めてだった。
青年の体つきが常人の人に比べ、すごく引き締まってることだ。
無駄な筋肉をつけず、必要なところを鍛えてあるのが分かった。
この人と戦うと自分はおそらく文字通り手出しできないだろう。
それに、肉体的な面だけではなく青年から発される気のようなものが、とても畏怖を与えるものだった。
騎士が緊張して言葉を無くしていると青年の方から優しく声をかけてきた。
そう言って青年は立ち上がった。動いたことにより、右手からは心地良い鈴の音がする。
「そんなに固くならなくても良いですよ」
青年に声をかけられ、我に返った騎士は報告しなければならないことを思い出し口を開こうとした瞬間
「ガルドが失敗したのでしょう?」
報告すべき事柄を青年に先に言われてしまい、少し混乱したが落ち着きを取り戻して言葉を発した。
「そ、その通りです。セリム王国の王都フィーアで、目標を発見したのですが女剣士の邪魔が入り失敗したということ報告を受けてます」
「そうですか・・・分かりましたよ」
そう言って青年は、騎士に休んでいくように勧めたが騎士はまだ任務の途中ということで急ぎ足で去っていった。
「やれやれ、もっとゆっくりしていけば良いのに・・・」
「ルードヴィヒ様はゆっくりしすぎなのですよ」
開きっぱなしの扉から、女性が入ってきて青年に声をかけた。
女性は輝くような金髪で、年の頃は18、背や体型は平均的。瞳の色は綺麗な黒だった。
ルードヴィヒと呼ばれた青年が女性に向かって言い返した。
「それは、ひどい言われようですね。これでも与えられた任務はしっかりこなしてるんですよ?」
「ふふっ、そして空いた時間で読書されてますものね」
そして、女性は周りに誰もいないことを確認してから扉を閉めた。
「でも、どうしてガルドに任せたのですか?ルードヴィヒ様の部下にはもっと腕の立つ方がいるのに・・・」
女性の質問は、もっともだった。ガルドを知っている人間ならば、皆そう言うだろう。
考えることが姑息な上に、卑怯な手も厭わない。そんな人間なのだ。
「確かにその通りです・・・ですが、この一件でガルドの正騎士への道は、遠くなるでしょうね」
「あっ!」
女性は思わず声を出した。
「そこまで考えて、ガルドを追手に選ばれたのですね」
「今のウォルヴィス騎士団には、ただでさえ志を持たぬ者が多いですしね」
少し悲しい顔をしながら、ルードヴィヒは呟いた。
そして、右手を動かし女性が持ってきてくれた紅茶へと手をかける。
右手を動かすと綺麗な鈴の音が鳴った。
「この命令を私に与えたグリーズ卿にも、このことは言える・・・」
「ルードヴィヒ様、軽率な発言はしない方が宜しいのでは?」
心配そうな顔をしながら、女性は言った。
「大丈夫ですよ、今この屋敷には私とレンナしかないですよ」
見廻って来たわけではないのに、ルードヴィヒは自信満々に言った。
そして、レンナと呼ばれた女性に軽く微笑みかけて言葉を続けた。
「それに、相手はあの”アリューズ”ですよ?誰を追手にしても失敗するのは目に見えています」
「では、ルードヴィヒ様自らが行かれるのですか?」
ルードヴィヒの剣技を知っているレンナは聞いてみた。
その剣技を見た数少ない者は、太陽の7騎士にも勝るとも劣らないという感想を言った人がいるほどだ。
だが、ルードヴィヒはあまり人前で剣を使わない。
だから皆、ルードヴィヒは剣が苦手だと思っている。
「私がですか?いいえ、行きませんよ」
予想通りの答えが返ってきた。
「やっぱりルードヴィヒ様ならば、そう言うと思ってました」
「はは、お見通しですか。私はあなたとこの町の人を守れれば良いと思ってる。家や騎士団の歴史や名誉のために、人を死なせるなど馬鹿なことだ」
ルードヴィヒは、窓から町を感慨深そうに見ながらそう言った。
レンナはその瞬間、彼の腕の鈴が鳴ったような気がした・・・・
そして、ルードヴィヒはレンナとの出会いを思い出していた。


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