此花TrueReport:
狂えるドッペルゲンガー



プロローグ


「なんでこんなことになったんだろう…」
 哲也は訳が分からなかった。
 落ち着いて思考しようにも、心の中は恐怖と嫌悪でいっぱいで、とてもそんな余裕はない。
とにかく今はここから一刻も早く逃げ出したい――その一心だった。
 まさか、『あんなもの』を現実に見ることになろうとは。
『あんなもの』――人間の惨殺死体を。
しかも、1体ではない。この館に宿泊していたおそらくすべての人間が、現在死体となって存在している。昨日までは皆元気だった。なのに…。
 朝、哲也は目を覚ましたあと、朝食を取るために食堂へ向かった。だが、そこには朝食の用意どころか誰の姿も見えなかった。代わりに哲也の意識をとらえたのはあたりに漂う鉄の匂いだった。不審に思いながら厨房を覗くと、そこには血の海が広がっていた。
 慌てて誰かに知らせようと部屋部屋をまわったが、どの部屋も厨房と変わらぬ惨状が広がっていた。全ての部屋を確認したわけではないが、もうどの部屋の扉も開ける気にはならなかった。
またあの光景を目にすることにでもなったら、もうどうしていいかわからないから。
 何故だ?僕が眠っている間に何があったっていうんだ?何故僕だけ無事なんだ?
答えのない問いが哲也の頭の中を駆け巡る。僕はただ病気の療養のためにここに来たのではなかったか。
それなのに、どうしてこんなことになっているんだ――。
 永遠とも思える時間の後、やっと哲也は館の玄関にたどりついた。
「外だ!」
 哲也はドアを開けるのももどかしいほどに急いで外へ出た。外に出たからといって安全だという訳ではないのだが、今はただこの館から出られさえすれば良かった。
 外に出ると、朝日に映える森の緑が目にまぶしかった。館の中での惨劇が嘘のようなすがすがしい朝の景色だ。
「!?」
 哲也は思わず身構えた。朝の陽射しの中、誰かが立っている。
「…あれは…昭生?」
 哲也は赤いシャツを着てたたずむその人影の方へふらふらと近づいていった。近づくにつれて確信をもつ。間違いない、あれは友人の昭生だ!!
 昭生は哲也の従兄弟で、年も近く、たまたま同じ学校に通っていたこともあって、仲が良かった。
血がつながっているせいか、哲也と昭生は双子とまではいかないにしてもよく似ていて、遠目でみればどちらがどちらかわからにほどだった。
「昭生、昭生なのか!?」
哲也は喜び勇んで昭生に駆け寄る。こんな異常な状況の中、頼りに出来る人物に出会えたことが嬉しかった。
 だが、哲也の声に振り向いた昭生の顔にはゾッとするような恐ろしい笑みが浮かんでいた。
「昭生…だって?何を言っているんだい?」
「え…」
「僕は哲也だ。わかっているだろう?」
 昭生だと思っていた男の言葉に、哲也は混乱する。
 昭生じゃない?しかも哲也だって?わかっているって、何が?
「哲也は…僕だ」
「そう。そして僕も」
「何を言ってるんだ!君は一体誰なんだ!君も僕と同じ名前だっていうのか?」
「そうじゃない。僕は君自身だよ」
 そう言って『哲也』は、哲也にそっと何かを握らせる。
 固い…これは、なにかの柄?
哲也が不審に思って視線を落とすと、そこには血染めのナイフが握られていた。
「うわああああ!!!」
 哲也の頭の中が一瞬にして真っ白になる。こいつが、こいつがやったのか、あれを!!
 恐怖にみちた目で哲也は『哲也』をみつめた。と、今まで気づかなかったある匂いに気づく。
これは、館の中でも嗅いだ―――!!
 唐突に、彼は気づいた。
『哲也』が着ているのは赤いシャツなんかじゃない!!
「何を驚いているんだ?わかってるはずだろう?僕は君なんだから」
 笑みさえ浮かべて言うその顔は、確かに哲也自身のものだった。
さっき昭生だと思ったことが信じられないくらいに。
 いくら昭生と自分が似ているといっても、それは遠目で見ればの話だ。近くで見れば違いは一目瞭然のはず。だが、目の前の男はみれば見るほど自分そっくりで、昭夫だなんて、もう到底思えない。
 それに――哲也は思い出した。昭生がここにいるわけがないじゃないか!!
 こいつは僕なのか?じゃあ僕はなんなんだ?こいつが僕なら、僕があれをやったのか?
違う!やってない!……でも。
 目の前にいるコイツは間違いなく哲也自身だ。他の誰でもない。
「お前は…僕なのか?」
「そうだよ。覚えてないのかい?そのナイフを振り上げたのは確かに君――いや、僕たちじゃないか」
 僕が…このナイフを?哲也は呆然としながら手にしたナイフをみつめる。
 ナイフを伝う生々しい感触さえ蘇ってくるように思える。
僕がやったんだ。すべて。いや違う!やってない!何を言ってる?もう忘れたのか、あの感触を?違う、違う!!
「ははは、はははは!僕がやった!でも僕じゃない!はは、ははははは!」
 うつろな笑いが森の中にこだまする。
この瞬間、哲也の心は完全に砕け散っていた………。




第1章:招待


 神道系高校此花学園。市街地の中心部に位置しながら、豊かな緑にあふれる広大な敷地をもつ私立高校である。まるで森のように繁る木立は、施設全体を静かに包んでいる。
 学校創立からの歴史は古く、ほとんどの校舎が木造だ。
そのため、妙に近代的なプールのみが周りから浮いている。
 元は女子校だったのが近年共学化されたのだが、共学になってからの日が浅いため、男子生徒の数は圧倒的に少ない。割合でいえば1対9といったところだ。
 そのため、男子生徒は非常に肩身の狭い思いをしている。ハーレム状態だなどと勘違いして入学してきた不届きものや、近いから、自分の学力で入れるところだったから、などといういい加減な理由で入学した男子生徒はすぐにその選択を後悔することになる。
 男にとって、女子集団ほどこわいものはない。ましてやこの学校ではどこに行っても女子ばかりで逃げ場すらない。女子を敵に回したら生きていけないのである。
 さらに、今まで女子校だったせいで、男子生徒用の施設が異様に少ない。その顕著な例が寮だ。
 校舎と同じ敷地内にある『桜花寮』には、遠方からの生徒や体育会系の部員が練習を円滑に進めるために住んでいるのだが、何と言っても元は女子校の寮。年季の入った木造3階建ての寮に男子トイレは1つだけ。部屋も、1階の隅に申し訳なさそうにいくつかあるだけだ。
 そんなところにこの春、わざわざ転校してきた男子生徒がいた。
桃井恵(ももい めぐる)――それが彼の名だ。線が細く、整った端正な顔立ちが中性的で、いかにも頼りなさそうな印象を受ける。実際、彼は強く言われればうなずいてしますような流されやすい性格をしている。しかし、彼は仮にも進学校である此花学園に転入できるだけの、いやそれ以上の学力を持っている。何しろ彼は父親は政治家、母親は弁護士、兄は東大生というエリート一家の一員なのだ。だが彼自身はそんなことを鼻にかけることもなく、むしろ疎んじている。
 彼は今、自室で大きめのスポーツバッグに荷物を詰めていた。
洗面用具や着替え等々…旅行に必要なものばかりだ。
「やっほー、恵くん!準備できた?」
 突然、能天気な声とともに少女が部屋に入ってきた。
 肩のあたりで切りそろえられた髪はストレートで、目鼻立ちもとても品良く整っている。
意志の強そうな瞳に利発そうな顔立ち――まず美少女と言って間違いない。
町ですれ違う男の10人に5人は振り返るだろう。
「うわあ!」
ちょうど下着をつめようとしていたところだった恵は、慌てて下着ごとバッグの中に手を突っ込んだ。
「ありゃ?まだ終わってないの?行動遅いよ」
「た、橘さん。せめてノックくらいしてよ…」
 ため息をつきながら抗議する恵をいっこうに気にすることなく、少女は部屋の脇につまれたダンボールからポテトチップスの袋を取り出す。
「なに行ってるんだか。新聞部部長が新聞部の部室に入るのになんでノックが必要なのよ?」
 言いながら彼女はポテトチップスの袋を開けてテーブルに置き、座って食べ始める。
「ここ、僕の部屋でもあるんだけど…」
 恵は無駄と思いながらも反論を試みる。が、少女は素知らぬ顔だ。
 彼女の名前は橘美亜子。先ほどの会話からも分かるとおり新聞部の部長だ。と、いっても此花学園に新聞部は存在しない。一応仮承認はされているが、それすらもつい最近のことだ。
 さて、何故その新聞部の部室に恵の部屋が使われているのか。これにはちょっとした事情がある。転校してきたばかりの恵が管理人に空き部屋だったこの部屋をあてがわれ、初めてやってきたときのことだ。当然のことながら、恵はためらうことなくドアを開けた。ところが、中には白いブラウスを1枚羽織っただけの、肌も露な美亜子の姿があった。着替え中だったのである。空き部屋なのをいいことに、美亜子が勝手に新聞部室として使っていたのだ。
 言ってみれば、非は美亜子にあるのだが、不可抗力とはいえ婦女子の着替えをのぞいてしまったのは事実であり、それをネタに美亜子に脅迫されることとなってしまった。このことを記事にしないかわりにこの部屋をそのまま部室としても利用できるようにすること、そして助手として新聞部の設立に手を貸すこと――それが美亜子の出した条件だった。
 普通に考えれば反論の余地は十分あったろう。しかし元来流されやすい性格の恵はその条件を飲んでしまったのである。
 しかも、それとほぼ時を同じくして学園内で死神伝説をなぞった殺人事件が発生。スクープに燃える美亜子にひっぱられ、犯人を見つけるべく捜査をすることになった。最初は仕方なく付き合っていたといった感じの恵だったが、ともに危険を潜り抜け、力を合わせて捜査をするうち、美亜子とも次第に心を通わせるようになり、見事事件を解決した。そしてその功績を認められ、新聞部が仮承認されるにいったのである。
 だが。
だからといって美亜子に対する恵の立場が変わるはずもなく。依然として恵は助手、部屋は部室という扱いなのである。
「はあ…。橘さんはもう準備終わったの?」
「とーぜんよ!…一流のジャーナリストたるもの行動は常に迅速に!基本よ、基本」
 美亜子はビシっと指をさしながら答える。が、指先にポテトチップスのかけらがくっついていて、いまいち決まっていなかった。
「でもさ。本当にいくの?」
「なんで?なんか問題ある?」
 美亜子は不思議そうに首をかしげた。
「そうじゃないけどさ…。いきなり旅行っていっても…」
「いいじゃない。せっかくのゴールデンウィークなんだから、楽しまなきゃ損、損!」
 美亜子は小さくガッツポーズをする。
「楽しめればいいんだけど」
「?どういう意味?」
「何か嫌な予感がするんだ…」
 恵は小さくつぶやいた。ゴールデンウィークに別荘へ。確かに楽しむにはもってこいだ。 だが、恵はどこか不安な気持ちを抱いていた。こう言った嫌な予感に限って今まで外れたことがない。
「あ。休みまで私と一緒じゃロクなことが起きないとか思ってるんでしょ!」
「ええ!?そ、そんな恐ろしいこと思ってないって!」
「恐ろしいって、何よ!」
 恵の言葉に美亜子は声を荒げた。
「あわわわわ」
 しまった!と、恵は慌てて口をおさえたが、時すでに遅し。
「ポテトチップスアターック!」
 美亜子の投げたポテトチップスの袋は見事に恵にクリーンヒットした。


「ようこそいらっしゃいました」
 豪華なクルーザーの前で、初老の男性が美亜子を出迎える。
このクルーザーで恵と美亜子はゴールデンウィークの1週間をすごす予定の別荘がある島へ行くのだ。
 と、いっても別に恋人同士の旅行というわけではない。2人がお互いに対してどういう感情を抱いているかは別として、とにかく今のところそういう関係にはないからだ。
「いえ、こちらこそ。お招きいただいてありがとうございます」
 美亜子が微笑んで会釈する。
そう、2人は別荘の持ち主、藤枝哲雄に招かれたのだった。
「いやいや、突然の誘いに応じてくださって嬉しいですよ。しかし…桃井さんは都合が悪かったのですかな?」
「え?」
 言われて振り返ってみるとそこには恵の姿は無い。
「あれ?」
 首をかしげる美亜子の耳に、かすかに声が聞こえてきた。
「た…橘さ〜〜ん!」
 見れば、はるか遠くからよろよろと歩いてくる恵の姿があった。
「あっ!何やってるのよ恵くん。早く早く!」
「そ、そんなこといったって…もう限界…」
 恵はよろよろとしながらもなんとか美亜子のところまでたどり着き、『2人分』の荷物を降ろしてヘナヘナと座り込んだ。ちなみに美亜子は手ぶらである。
「おやおや。これは気がつきませんで。迎えを出すべきでしたな」



ええっと。コレはここまでです。
元は此花のために考えた話じゃなくて、推理モノを書いてみたくて考えていた話に、此花のキャラを使っただけです。私のパターンどおり、ラストシーンと途中のところどころは考えてあるのですが、つなぎきれませんでした。肝心のトリックが、あんまり(ダメじゃん!)。新キャラとして彼花学園推理研の2人とかも考えてあったんですが。タイトルは結構気にいってました。いつか書き上げたい気もしますね〜。キャラはかわるかもですが(笑)。